コスティの助言

「あ、そうだ。コスティにこれあげようと思ってたんだ」


 持って来ていた籠からハチミツ飴を作る動具を取り出す。


「これね、今のところ、わたししか作れないの」


 実は、今日に備えて改良してきた。改良か改悪か迷うところだけど、わたしにとっては改良だ。


「神呪を結構複雑に分けて描いてるから、少なくとも開発室のみんなにはそう簡単に再現できないと思う」


 もしかしたら、ダンでも簡単じゃないかも知れない。ということは、研究所の人でも難しいだろうか。


「は? え? 開発室でも再現できないって……そんなものもらっていいのか? ていうかお前、そんなのホイホイ人にあげていいのか……?」


 再現できないと聞いてコスティがギョッとする。


「ラウレンス様が保証したものはあげちゃダメだって言われたけど、ラウレンス様が保証したものじゃなければ、お城じゃないところで使う分にはいいって言われたの」


 ……厳密にはいいとは言ってなかったかもしれないけどね。


 お城ではダメだとしか言われていないんだから、お城以外ならいいだろうと勝手に解釈する。


「だからね、ハチミツ飴を作れるのは、世界にわたしとコスティだけなんだよ。ハチミツ飴、開発室のみんながすごく気に入ってくれてるから、コスティの独占販売だね」

「……独占って…………」


 コスティが戸惑うように視線を揺らす。


「それでね、このハチミツ飴なんだけど、どうにかして行商さんにも卸してほしいんだ」

「行商に?」


 コスティが怪訝に思うのは当然だ。ハチミツ飴は高い。行商が持ち歩く荷物は庶民の市場向けがほとんどなので、そんな高価なものを仕入れたがる行商はそうそういないだろう。でも、何とかして欲しい。


「うん。わたしも、ハチミツを手に入れることができたら作ってなんとか行商さんに売りつけるようにするから」

「…………なんでだ?」


 更に怪訝そうに問われる。でも、即答で無理だって言われない部分に、コスティとの信頼関係を感じる。


 ……出会ってすぐの頃だったら、絶対話も聞いてくれなかったよね。


 懐かしく思い出して少し笑いが零れる。


「わたしね、きっとこれからも落ち着かないと思うんだ。最終的には王都に行くんだろうと思うんだけど、何があるか、これからどうなるのか、今の時点では全然予測がつかないの」


 ハチミツ飴生成動具を、コスティの手に押し込む。


「だけど、もしかして、どこかで行商さんがハチミツ飴を扱ってるのを見かけたら、ああ元気でやってるんだなって、お互いに分るでしょう?」


 わたしの言葉にコスティがハッと視線を上げる。


「どこかで元気にやってるんだって分れば、きっと安心するし、元気になるよ」


 ……ペトラ。わたしたちで考えたクレープメニュー、見つけてね。


「だから、コスティがもしこの先もずっと養蜂の仕事をするのなら、ハチミツ飴を広げて?」

「…………分かった」


 そう言って、コスティが動具を握りしめる。これからは、どこに行ってもまずはハチミツを入手する手段を探さなければならない。


「……ところで」


 コスティが顔を上げて首をかしげる。


「どこかで見かけたものが、どっちが作ったものかって、どうやって見分けるんだ?」

「ハッ。そうだった!」


 ……どこかで見かけて安心しようにも、それが自分のか相手のかが分からないんじゃどうしようもないよね。


「ちょっと貸して!」


 急遽、コスティにあげた動具を回収して、コスティマークが入るように作り替える。


「えーっと、コスティマークって何がいいかなぁ? コスティの横顔とか? あ、でも誰の顔か分かんなくなりそう。正面顔がいいかなぁ……」

「いや……普通に花とかにしとけよ」


 コスティがどうしても顔は嫌だと言うので、それぞれ別の花の模様を入れることにした。






「ここを出るのは、お前とダンさんだけか?」

「うん……そのつもりなんだけど…………」

「……つもり?」


 コスティが怪訝そうに聞いてくる。わたしにとってはダンが親のようなものなので、普通に考えれば一緒に行くのは当然のことなのだろう。


「……ヴィルヘルミナさんが…………」

「ああ」


 ヴィルヘルミナさんという一言に、何故かコスティが何かを察したようだ。


「結婚するのか?」

「……え、え? ……は?」

「え? そういう話しじゃないのか?」


 わたしが目を丸くして戸惑うと、コスティも驚いたように聞いてくる。


「え……コスティから見たら、そういうことなの?」

「え、いや……、オレが勝手にそうだと思ってただけなんだけど……」

「え、ええっ? そうなの!? みんなそうなの!? わたしだけ知らなかったの!?」


 ……え、いつから!? なんか、もしかしてわたしだけ鈍いみたいだけど、そうなの!? 


「あ、いや……。ダンさんの方は分からないけど、ヴィルヘルミナさんの方は……割と分かりやすかったと思うけど……」

「え……分かりやすかったの? いつから?」

「え? いや、オレ、ヴィルヘルミナさんと会ったことってあんまりなくて、お前が城に行ってから何度か納品に行ったときとかに会っただけだから……」


 わたしが身を乗り出すのと同じ距離、コスティが身を引いて答える。


「……じゃあ、最近のこと?」

「いや……あの様子だと、結構前からなんじゃないかと思うけど……」

「……コスティって、恋愛の達人だったんだね…………」


 乗り出していた体を引いて愕然とするわたしの呟きに、コスティが嫌な顔をする。恋愛の達人という称号は気に入らなかったみたいだ。でも、わたしは全然、これっぽっちも気づいていなかったので、やっぱりコスティは達人だと思う。


「……お前が鈍すぎるんだよ」


 ぶすっとしてコスティが呟くが、そんなことはない。わたしだって、アルヴィンさんがお兄さんのことを大好きだっていうのはすぐに分かったのだ。愛については割と鋭い方だと思う。


「で? ヴィルヘルミナさんも一緒に行くのか?」

「ううん……。行かないと思う」

「…………そうか。まぁ、難しいかもな」


 耳のことがなくても、ただでさえわたしは狙われて危険だから逃げ出すのだ。ヴィルヘルミナさんを巻き込むわけにはいかない。


「でも、クリストフさんが……」

「ん?」

「…………クリストフさんは、ダンにヴィルヘルミナさんと結婚して欲しいみたいなの」

「ああ……」


 コスティには何か心当たりがあるようだ。兄の思いにまで気が付くなんて、つくづく愛の達人だなと思う。


「わたし、本当は嫌だったの」

「何が?」

「……ヴィルヘルミナさんのこと」

「嫌いだったのか?」


 コスティが意外そうに聞く。


「ううん。ヴィルヘルミナさんのことは……好き、だった。でも……あの、えっと、……ダンを取られるっていうか……」

「ああ、……そうか。そうだよな」


 我ながら恥ずかしくてしどろもどろになってしまったが、コスティは分かってくれたみたいだ。軽く頷くだけでバカにしたり軽蔑したりする雰囲気は全くない。


「でも……わたしももう大きくなったんだし……クリストフさんの話を聞いてると、なんだかそんなこと言えなくなっちゃって……」

「………………」


 家族に関しては、コスティもなんだか複雑な事情があるようで、わたしの話を聞きながらも視線を落として何か考え込んでいる。


「…………アンドレアス様も、もう親離れしろって言うの」

「……領主様が?」


 コスティが視線を上げる。領主様がわざわざ庶民の親離れ事情にまで口を出すというのは普通じゃないのだろう。


 ……まぁ、普通じゃないだろうね。


 こうやって話すと、改めて自分の特異さが浮き彫りになる気がする。


「うん。ダンと一緒にいるってあっちこっちで知られてるから、一緒にいると危険だって…………」

「ああ、まぁ、それはあるのかもな」

「でも、全然知らないところに行くのに、ダンもいなくて1人なのは……」


 知っているところでも、お城と家でたったこれだけの距離でも不安だったのだ。それなのに、いきなり他領に1人で住んで暮らせと言われても、正直どうすればいいのか分からない。家から出られなくなるんじゃないだろうか。


「……1人なのか?」


 だんだん鬱々としてくるわたしに、コスティが小首を傾げる。


「え?」

「ヒューベルトさんとかリニュスさんとか、他に一緒に行く人、いるんじゃないか?」

「……え?」


 思ってもいなかった言葉にびっくりして目をパチパチする。ダン以外の人なんて、正直思いつきもしなかった。


「まぁ、養父はダンさんなんだから、保護者って意味ではダンさん以外はいないんだろうけど。でも、少なくとも、知ってる人が誰もいなくて1人って状況にはならないんじゃないか?」

「…………そ、そうか……」


 1人ではないという言葉に、なんだかふっと心が軽くなる。

 言われてみればそうだ。危険だと言われているのに1人で放り出されるなんて、あるはずがない。あの気配り上手なアーシュさんが、わたしが全然知らない人を突然護衛につけるなんてことも考え辛い。


「たしかに、親と遠く離れるのは不安だろうけどな。でも、オレたちはもう12歳だ。そういう状況にいる人は他にも大勢いる。お前の場合、問題は心配事が身の危険だってことだと思う。もし離れている間に何かあったら、お互いに辛い思いをするだろうからな」

「…………あ……そうか」

「他領に行くと手紙も届きにくかったりするから、気軽に相談したり、お互いの安否が分かりにくいのも問題だろうな」

「あ………………」


 コスティに問題を整理してもらって出てきた結論に唖然とする。


「………………コスティ」


 わたしが作った通信機は、たしかにアーシュさんが言った通り、世界中の人に喜ばれるものなのかもしれない。


「…………わたし、相談とか安否確認の方法については、もう解決手段、持ってる…………」

「………………は?」


 ポツリと零れたわたしの言葉に、コスティが一瞬ポカンとして脱力する。


「………………お前……そんなにいろいろ手札があったら、それは狙われもするだろ……?」


 通信機のことは一言も話していないのに何となく察してくれるあたり、さすがはコスティだ。


「…………ハァ。……お前さ、目標とかないのか?」


 しばらく脱力していたコスティが、顔を上げてこちらに視線を向ける。


「え……、目標?」

「そう。やりたいこととか」

「……えっと……ここに戻って来る?」


 今のところ、それが当面の目標だと思う。


「じゃなくて。それは気持ちを落ち着かせるとかそういうことだろ? どっちかというと目標じゃなくて手段じゃないか。そうじゃなくて、あー……、じゃあ、ここに自由に戻って来れるようになったとして、その後、お前はどうしたいんだ?」

「……え?」


 コスティの問いかけに、頭が真っ白になる。パニックになるとかいうことではなく、本当に真っ白だ。コスティの質問に答えられるような言葉が何も浮かばない。


「……そうだな。例えば人の役に立つ仕事に就きたいとか、お前の場合なら何かこういう動具を作りたいとか……自由に選べるようになった先に、自由に選び取るものって、何だ?」

「………………」


 口を半開きにしたままコスティを見詰める。そんなこと、考えたこともなかった。


「目標がないとさ、どうしたって人に振り回されたり流されたりするだろう? 別に一生同じ目標ってわけじゃなくて途中で変えたり考え直したりすることはあったとしてもさ、その時その時で自分の目標をしっかり確認するって大事だと思うぞ」

「………………」

「ダンさんが近くにいなくなったら、一つ一つを自分で考えなきゃいけなくなるだろ? そういうときに、自分がその後どうしたいと思ってるのかってすごく重要になると思うぞ。そういう、何か固く決まったことがないと、その時々で流されてしまったりするんだ」


 コスティの口調には迷いがない。そういう考えを、誰かの受け売りではなくて、ちゃんと自分で考えて口にしているのだと分る。


「…………コスティは、そういうのあるの?」

「オレは今のところは養蜂だな。だから、クレープとかは単純に養蜂のための資金集めだと思ってる。疎かにするつもりはないけど、養蜂の方に良くない影響が出るんなら、縮小するのはクレープの方だと思ってる」


 ……ああ、そうか。それで蜜蝋にも挑戦しようとしているんだ。


 クレープが資金集めのための手段なら、その手段はいろいろあった方がいいに決まっている。


「まぁ、でも、オレたちはまだ未成年だからな。一生のことを今決めてしまわなくてもいいかもしれないけど……何か一つの軸があった方が、他のことも考えやすいと思う。親離れって、そういうところからスタートするものだとオレは思う」


 ……コスティって、やっぱりすごい。頭がいいし大人だ。


 そんなこと考えたこともなかった自分が恥ずかしくなる。アンドレアス様にあまりに幼いと言われてちょっとムッとしたけど、これは言われても仕方ないと思う。


「……そっか。……そうだね。ちょっと一度冷静に考えてみる」


 ……ちゃんと考えてみよう。感情的にならずに、少し外側から自分を見てみよう。


「コスティに相談できて良かったよ」

「まぁ、オレにできることは他にないからな」


 コスティは苦笑するが、こんな風に、同じ子どもの目線で話を聞いて、その上で大人みたいなアドバイスができるなんてコスティは本当にすごいと思う。


「そんなことないよ。コスティは賢いから本当にためになる助言が多いんだよ。コスティのその賢さをみんなのために使えたらいいのにってちょっと思っちゃったよ」

「そうか?」

「うん。養蜂しながら誰かの家庭教師とかやってもいいんじゃない? アーシュさんみたいに」

「…………そうだな」


 コスティの返事は曖昧だったけど、適当ではなくて何かすごく考えながらの返事だった。コスティだって、もう真剣に将来のことを考える年だし、わたしと同じで、お父さんの元を離れてどこかに手伝いに入ってもおかしくない。わたしの場合はちょっと特殊だけど、みんなもやっぱり悩んでるんだと思うと、自分だけおかしいわけじゃないと分って、少し気が楽になった。


 ……コスティには官僚は向いてると思うんだけどね。





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