街灯の基礎ができそうです
あれから、特にタユ様の訪れはなく、マリアンヌ様に絡まれることもなく、2週間の滞在を終えてタユ様は帰って行った。
「あ、この部分が途切れてます。これ、光の出先を決めるとこだから、これが原因だと思います」
マティルダさんが神呪を描けるようになったので、わたしは新しい班に光の神呪を教えている。と言っても、これまでの5ヶ月の間に彼らも独自に勉強を進めていたので、わたしは彼らが描いた神呪が何故光らないのかを分析して修正してもらうだけだ。
マティルダさんの他に、サウリさんとマルックさんも描けるようになったことで、ランプの神呪を描く要因も増えて、わたしの仕事は大幅に減った。その浮いた分の全ての時間と労力を、街灯を開発することに集中している。
「へぇ……これ、そういう意味なのか」
「いや、これ……何をしてたらこんなの思いつくんだ?」
「あ、オレも! オレもそれ聞きたい!」
違う班のはずなのにいつの間にかやって来ていたサウリさんが話に参加する。
「あ、オレも聞きたい。これ、あんたが作り出したんだろ?」
マルックさんまで遠くから参加してくる。そしてマルックさんの大きな声に反応してみんなの注目の的だ。
……これ、何て答えたらいいんだっけ?
わたしが作ったということは言ってもいいけれど、あの境膜の記憶については隠さなければならない。
「ええと、両親の研究を以前見ていたことがあって……偶然……」
「えっ! アキちゃんの両親って神呪師なの!?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ?」
サウリさんの驚いたような声に、こちらも驚く。
「聞いてねぇよ! 何それ、両親が神呪師って。そんなんあるのかよ?」
「え……つうことは、神呪師同士……職場結婚!?」
「あり!? そんなことありなわけ!?」
「職・場・恋・愛! なんつートキメキワード!」
なんだかわたしの両親の話で盛り上がっている。いや、両親の話ではないかな?
……職場恋愛って、トキメキワードなんだ。男の人って恋愛の話が好きなのかな。
なんとなくサウリさんの向こうを見ると、我関せずのラウナさんとマティルダさんが目に入った。そしてそのことを気にする人もいない。
……職場恋愛には縁がない部署なんだろうな。
「あれ? でも、研究を見てたって……」
「え……研究って……研究所……?」
「……で? 次は誰が描けるようになったから騒いでいるんだい?」
「ヒィッ……!」
ひんやりとしたラウレンス様の登場に、みなさんが散り散りになっていくのをしみじみと見つめる。
……蜘蛛の子を散らすって言うんだよね。たしか。
ちゃんと仕事やってましたアピールは今更だと思うけど、ラウレンス様が何も言わないので、そういう関係がちゃんと成り立っているんだなと感心する。ラウレンス様は怖がられているけれど、嫌われてはいない。
「で? 光の神呪はどうなってるのかな?」
「光る方はあまり進んでませんけど、消す方は何とかなりそうですよ」
「……それは良いことだが、そもそも光る方の神呪が描けなければ消す方の使い道もないだろう」
「うーん……そうなんですけど、なんか、わたしと皆さんとでは神呪を描くときの考え方というか、捉え方が違うみたいで教えにくいんですよ。ラウレンス様も描けるようになったんだから、ラウレンス様が教えてみてくださいよ」
「………………」
聞いていないふりをしつつ聞き耳を立てていた開発室の面々が、わたしの言葉にピキーンと凍り付く。
……でも、しょうがないよね。
「ほら、これイストさんが描いたんですけど、この部分が途切れてるんです。あと、たぶんここも薄いです。これ、ラウレンス様だったらどうやって描きますか?」
「……ふむ。僕の場合は筆を使って練習するね」
「筆?」
「ふで?」
「え、なに?」
周囲がざわつく。もしかしたら筆を知らない人もいるかもしれない。
「穀倉領の……ですよね」
「ああ。あれは、含んだインクが出る量を細かく調節できる。あの感覚を神呪を描くのに応用すれば太さの調整なんかは分かりやすくなるね」
「ああ……」
後ろで護衛の2人が納得の声を出す。彼らは穀倉領の出身なので、筆と聞いてピンと来たらしい。もっとも、わたしはあれも農家でしか見たことがなかったから上手くは使えないのだけれど。
「じゃあ、早速取り寄せてみましょう!」
「……まぁ、いいけどね。僕が教えるよりは」
ラウレンス様は肩を竦めてそう言うが、やっぱりラウレンス様の方がわたしよりずっと的確なアドバイスができるんだろうと思う。
……こうやって、時々巻き込んで進める方が効率がいいかも。
そんなことを考えながら室内を眺めている中、部屋に向かうラウレンス様がちょっとブルブルッと震えて「悪寒が……」と言いながら周囲に視線を投げ、周囲に悪寒をまき散らしながら戻って行った。
更に数日が経ち、ペッレルヴォ様の辞書がだいぶ厚みを増した。ちなみに、神物の件をアーシュさんに問い合わせたが、なんだか難しい問題らしく、すぐに調べることはできないと言われた。こちらは気長に待つしかない。
「あ……見つけた…………」
以前、火事を起こした時に思い出した記憶を、頭がおかしくなりそうになりながら拾い上げ、水管から水を引き上げる神呪、そして、ペッレルヴォ様から借りた本を手掛かりに、水を引き上げる神呪が周囲の土から神力を集めている部分を見つけ出した。いや、正確にはそれらしい部分を見つけ出した。
「ここだ…………」
都の日で仕事はお休みなので、朝から床に撒き散らした紙の中から白紙を探し出し、今見つけた部分を描き出してみる。
「これ……この中のどこかが水で、どこかが土なんだ…………」
どちらの神呪も描き慣れている。多少形が違っていたとしても、見つけるのはそれほど難しくない。
「……アキ様。そろそろお片付けなさいませ」
「もう少し…………」
「床に座り込んで書き物をするなど、作法として正しい形ではありませんよ」
アリーサ先生が何かうるさく言ってくるが、今しがた見つけた神呪に夢中のわたしにとっては些細なことは気にならない。
「……この方がやり易いんだよ」
「アキ様。言葉遣い」
「うん。ごめんごめん」
上の空で適当に答えるわたしに、ついに愛想をつかしたのかアリーサ先生が部屋を出て行く音がする。代わりにヒューベルトさんが入って来て、描き散らした紙以外のものを片付け始める。
最近は本当に神呪ばかりで、部屋はいろんなもので散らかしっぱなしになっている。汚れ物などはかろうじてないが、洗濯が終わった服などは仕舞わずにその辺に置きっぱなしだ。
「ヒューベルトさん、ありがとう」
「……邪魔しないように言われているからな」
「うん。アーシュさん、ありがとう」
わたしの面倒を一番見てくれる人がアーシュさんで良かったとつくづく思う。
「あとは、光らせるための神力を流し込めれば……」
一段落して、神呪具を置いて丸めていた背中を伸ばす。
ふと周りを見ると、散らかっていたものがきちんと片づけられ、部屋に撒き散らされているのは神呪を描いた紙だけになっていた。
こうやって、周りの理解と協力の上に、わたしの神呪の開発は成り立っているのだなと最近特に思う。ヒューベルトさんがお母さんじゃなければ、きっとわたしの部屋は生活できないことになっていただろうし、わたしがヒューベルトさんや他の人の理解に気付くこともなかっただろう。
「ヒューベルトさんがお母さんな人でホントに良かったよ」
「誰が母だ、誰が!」
わたしのしみじみとした誉め言葉に、何故かヒューベルトさんが真っ赤になって怒鳴り返してきたが、個人的には、護衛ができるくらい強いお母さんなんて最強じゃないかと思っている。
「ヒューベルトさん、これ、地面で試してみたいんだけど、森林領の他の人にはまだ知られたくないんだよ。どうしたらいいかなぁ」
「もう完成したのか?」
「ううん。地面でいろいろ実験しなくちゃいけないの。だからまだ出来上がらない」
形として出来上がる時には、きっとまたアーシュさんが立ち会いたいと言ってくるだろうから、その時は声をかけようと思うが、とりあえず、まだそういう段階にはない。
「アンドレアス様に相談してみようかなぁ……」
「護衛をむやみに遠ざけるのは危険だ」
「だよねぇ……」
遠巻きに森林領の護衛の人が張り付いているので隠すことが難しいし、周囲を天幕とかで覆うとそれはそれで護衛の仕事が成立しなくなって迷惑だろう。
「……水の膜で覆うのはどうだろう?」
「ん? 水の膜は透明だよ?」
「元は水なのだろう? それに色を付けておけば、影は見えるが細かい動きは見えなくなるのではないか?」
「なるほどっ!ヒューベルトさん、賢い!」
わたしの大絶賛に、ヒューベルトさんが得意げな顔をする。もっとも、パッと見は無表情なので、一瞬ピクッと動いた口元を見落としていたら気付かなかっただろうが。
「じゃあ、色インクを混ぜた水を持って行こう!」
部屋の外で待機していたリニュスさんに声をかけて、色水を用意し、城の端の一画に向かう。
ゴミ置き場とは反対側の隅だ。あれ以来、なんとなく洗濯場には近づきたくないと思ってしまう。ペトラを失くした傷は、まだ全然癒えてはいない。生活をするために、見ないふりをしているだけだ。
「よし、じゃあ神呪描くから、どっちかが維持してくれる?」
「では、私が中で維持する。リニュスは膜の外側で見張ってくれ」
「了解」
そうして、わたしが描いた神呪をヒューベルトさんが作動させる。色水を使う膜なんて初めてなので、実はかなりワクワクしている。
「う、わぁー……」
木々に囲まれた周囲が薄赤い膜に覆われる。境光の光が膜を通して入って来て、地面が普通の部分と赤っぽい部分に分かれておもしろい。光が当たるヒューベルトさんもなんだか赤っぽくてなんだか作り物っぽくなる。
「外が全部赤いね! リニュスさん、どう? 中、見える?」
「うん。見える。でも赤いからハッキリはしないね。何かしてるのは分かるけど、細かいところが判別しにくい感じ。いいんじゃない?」
こんな風に世界の色が変わるなんて思わなかった。
……もしかして、空の色が変わっても、世界の色が変わっちゃったりするのかな?
覚えてる限りでは、世界全体が青くなってる印象はなかった。ただ、世界がとても色鮮やかに見えたのは、もしかしたらそのせいもあるのかなと思った。
そこからは、相変わらずの神呪三昧。
わたしが昼食も取ろうとしないので、探しに来たハンナにお願いしてクレープを作ってきてもらった。片手にクレープ片手に神呪具という夢のようなシチュエーションだ。
ヒューベルトさんは相変わらずお母さん状態で、わたしに飲み物を飲ませたり塩分を取らせたりと大忙しみたいだった。あんまり覚えていないけれど。
「アキ殿! いくらなんでも手洗いを我慢するのは容認できんぞ! 早く行って来い!!」
そう言って、モジモジしながらも神呪具を離さないわたしの襟首をヒューベルトさんがズリズリと引きずって行き、リニュスさんが呆れた顔で付いてきた部分だけは鮮明に覚えている。
今日も火の日で仕事はお休みだ。
これ幸いと、昨日と全く同じ状態で神呪の実験を繰り返している。アリーサ先生はもう諦めたみたいで、朝食の後は好きにさせてくれている。
「できた…………!」
神呪をビッシリ描いた脚の部分が腕の長さ程ある、漏斗のような形の金属の皿の部分に、光る神呪を描いた炭を乗せる。そして、漏斗の底から飛び出した部分を土に埋め、作動させる。
……金属部分から神力を流す作動は問題ない。
炭が光っているのを確認して、そっと手を離す。これまでのランプだと、神力の流れが止まると光はすぐに収束して消えてしまっていたのだが。
「……消えない、よね」
手を離したまま、光る炭をしばらく見つめる。
「…………ヒューベルトさん。このまま鐘一つ分放置したいんだけど」
「今更だろう」
たしかに、わたしはここで丸2日間、ずっと作業しっぱなしなのだ。今更かもしれない。
……だって、今まではずっと光ってるなんて状況はなかったんだよ!?
わたしとしてはかなり大きな違いなのだが、わたしが何をやっているのか分からない人たちにとっては今までと同じらしい。
それから鐘一つ分の時間が過ぎる。
「……消えない」
……できた。
なんだか胸が詰まる。
後は細かい部分を詰めるだけだ。隣り合う街灯を連動させる神呪を描いておけば、一つ作動させるだけで次々と光らせることができるようになるだろう。連動の神呪は描く範囲が大きいのがネックだが、距離が近ければ何とか街灯に描くことが可能な規模まで縮小できるはずだ。
「……ヒューベルトさん。アーシュさん呼んでくれる?」
少し震える声で、ヒューベルトさんにお願いする。
複数の街灯を、最初の1つを作動させるだけで付けることができれば、それで街灯の基礎が完成する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます