ちっちゃい街灯ができました

 アーシュさんは、それから4日後にやってきた。

 王都から来たはずなので、日数から考えると報せを受けてすぐにやって来てくれたことが分かる。


「やれやれ。アキちゃんが本気になると世界がひっくり返っちゃいそうだね」


 アーシュさんが頭をポンポン撫でてくれながら苦笑する。でも、今回はホントに笑えないかもしれない。


「……うん。もしかしたら大変になるかもしれない」

「…………えーと。じゃあ人払いしてゆっくり聞こうかな」


 アーシュさんが、笑顔で一瞬固まった後、数回瞬きして更に深い笑みになる。


 ……なんか、ごめんなさい。


 わたしとアーシュさん以外全員部屋から出てもらって、新しく作った神呪について説明する。


「……つまり、人以外のものから力を流し込んで作動させる動具ができたっていうことだね?」

「うん。今まであった連動させる神呪は、最初に作動させた力が周囲に影響する力を元にするものだから、似てるけど全然違うの」

「………………」


 アーシュさんが考え込む。


「……それ、誰かに言った?」

「ううん。ヒューベルトさんはずっとそばにいたけど、仕組みは分かってないと思う」

「そう……」


 アーシュさんがまた考え込む。


 アーシュさんはいつも、わたしが何を話してもスラスラ答えてくれていたので、そのアーシュさんがこれほど考え込んでいるという状況が、自分の立ち位置の難しさを表しているように見えて不安になる。


「……作らない方が良かった?」

「……え?」


 小さく呟いた声は小さすぎて、アーシュさんには届かなかったようだ。


「なに?」

「…………わたし、神呪作り過ぎ?」

「え?」


 アーシュさんが心底驚いたように目を見開いてパチクリする。


「ただでさえ目立って狙われちゃったのに……」

「……ぇぇええっ!?」


 俯いて、小さく呟くわたしの言葉に、アーシュさんがひどい声を上げて驚く。予想外の頓狂な声に、こちらまで驚いてしまう。


 ……え? なんかこれ、反応違わない? 


 わたしの発言のどこがどうしてこういう反応になるのか分からずに戸惑って見詰めると、口と目を大きく開けていたアーシュさんが急いで表情を取り繕う。


 ……もう遅いよっ。呆気にとられてるの見ちゃったよ!


「ん、んんっコホッコホッ………………プッ、ククッ……」


 わざとらしい咳払いに動じず見つめ続けていたら、たまらずといったようにアーシュさんが吹き出す。


「なんで!? わたし、べつに笑われるようなこと言ってないよね!?」

「アハハ。ごめんごめん。なんかアキちゃんが随分成長してるなって思ったら……」

「成長してたら普通、笑われなくなるんじゃないの!?」


 思わず詰め寄るわたしから顔を背けて、まだ楽しそうにしている。


「いや、だって……。アキちゃんもいろいろ考えるようになったんだねぇ」


 まだ顔に笑いを残しながら、アーシュさんがしみじみと頷く。


「……そりゃ、考えるよ。わたし、もう11歳なんだよ?」

「そうだね。ごめんごめん、拗ねないで。だって、でも、後先考えずにランプを作り出したのって、つい去年のことだよ? それはびっくりするでしょ?」

「……うっ…………だからって……、そんなに笑う?」


 言われてみればその通りで、ちょっと赤面してしまう。


「うん。いや、ごめんごめん。でも、頼もしいなって感心しての笑いだからね?」


 ……感心で、普通そんなに笑わないと思う。


「僕、アキちゃんには行く行くは一緒にナリタカ様に仕えて欲しいって思ってるんだけどさ」

「………………うん」


 それは、以前から聞いていたことだ。たぶん、それが一番丸く収まる方法なんだろうなとも思っている。


「でもやっぱり、一緒にいてあまりに手がかかるような人だと、さすがにちょっと困っちゃうわけなんだよね」

「……うっ…………」

「フフッ。いろいろ思い当たるところがあるかな?」


 そっと視線をはずしてみる。アーシュさんのあまりにという言葉がどれくらいあまりになのかが気にかかる。


 ……たぶん、わたし、そのあまりの中に該当するんだよね。


「まぁ、だからさ。小さい頃から目をかけていたアキちゃんがこうも急激に成長してくれると、僕としても助かるわけなんだよ」

「…………ホント?」


 アーシュさんには特に面倒をかけることが多い。半端なく多い。ダンはもう枠外に飛び出しちゃってるから別物として、アーシュさんはたぶん、次点のヒューベルトさんを圧倒的に引き離して面倒かけるランキング1位に輝いている。


 ……迷惑をかけたいわけじゃないんだけどね。


「うん。今回だって、ちゃんと先々の影響まで見越したうえで、僕の判断を待ってくれたわけでしょ? これはホントにホントに助かるんだよ」


 からかう口調ではなく、真摯に穏やかにアーシュさんが続ける。


 ……ホントにって2回言ったのがちょっと刺さったけどね。いろいろごめんなさい。


「…‥でも、そもそもわたしがあまり突拍子もないことをしなければいいわけでしょ?」

「うーん……、まぁ、時期を見てくれるようになると更に助かるかな。でも、それが難しいなら、今のまま突き進んでくれた方がいいよ。存在するものを消し去ることはできても、存在しないものを求めることはできないからね」

「………………」


 ……存在するものを消し去ることなんて、本当にできるだろうか。


「あの通信機だって、特定の人だけしか使えない現状では、さすがに影響力が大きすぎるからまだ秘匿してるけど、誰もが自由に使えるようになれば、世界中の人がすごく助かるようになると思うよ? 遠くに住んでる家族に、いつでもすぐに連絡できるようになるし、王都にいる間に補佐領で困ったことが起こったらすぐに対処できるようになる。数え上げればキリがないよ」

「…………うん」


 それはそうだろうなと頷く。わたし自身が、必要があって作った物なのだ。同じような状況の人には、同じように助かることだろう。


「アキちゃんが作るものは、補佐領の神呪師たちが民に寄り添って作るものと同じくらい、人々の暮らしに寄り添ってる。それを研究所レベルの能力で作るんだから、みんなが助かるのは当然なんだよ。研究所の人たちは、腕はすごいけど人々の生活に寄り添ってるとは言い難いからね」

「……うん」

「街灯だってそうだよ。実際にあの暗闇の中で、光があるということの意義を強く感じたからこそ作ったものでしょ? それは、同じような状況に陥ったことがある人にとっては命が救われるくらい有難いことだと思うよ」

「うん」


 みんなが喜ぶものが作りたい。目の前の人の困っていることを、少しでも緩和したい。それは、わたしが小さい頃からいつも目指してきたことだ。

 事態が大きくなり過ぎて、どうしたらいいのか、そのまま進んでいいのかと竦んでしまうわたしの背中を、アーシュさんは相変わらず穏やかに押してくれる。


「さて。じゃあ、できたものを見せてもらおうかな。ただ、正直言って僕もどうしたらいいのかすぐに答えが出せる自信がないんだ。一度現物を見て、必要なら王都まで相談に戻るかもしれない。それで大丈夫?」

「うん」


 わたしだって、ちょっとマズイもの作っちゃったかなと思うくらいにはマズイものだという認識がある。問題なく使える物ならば早く使って欲しいと思うが、本当に問題がないのか、誰かに判断して欲しいとも思う。


 ……世界がひっくり返る、か。


 人じゃないものから神力を調達して動かすことができるということになれば、戸籍という制度にも引っかかってくるかも知れない。たしかに、今、目の前に漫然と広がる世界を、根本からきちんと見直さなければならなくなる。






「これはいいね! これはすごいよ、アキちゃん」


 アーシュさんが目を見開いて輝かせる。


「これ、欲しいと思うのは森林領だけじゃないね。世界中の町や道路に欲しいくらいだ」


 アーシュさんの絶賛にホッと息を吐く。見せた結果ダメだと言われる可能性も捨てきれていなかったので、認めてもらえたことでやっと肩の力が抜ける。


「だけど、そうすると利害の規模も大きくなるなぁ……どうしようかなぁ……」

「……世界は分からないけど、森林領には欲しいと思う。少なくともわたしは」

「うん。そうだね。だけど、これを森林領に設置すると当然他の領地にも噂が広がるからね。先にちゃんと考えとかないと。順番にちゃんと教えるよって言っとかないとまたアキちゃんが狙われちゃうかもしれないんだよ」

「そっか。それは嫌だね」


 また誘拐されたらたまらないので、アーシュさんの言う通り、最初にちゃんと考えておこうと思う。


「何が問題なの?」

「正に、順番だよね。お金はもうどうにでもなっちゃうからね、これ」


 小さい街灯をコツンと小突きながらアーシュさんがため息交じりに言う。


「どうにでもなっちゃうの?」

「どの領だっていくらでも出すと思うよ? これ。あとは、全領共通の事業として王宮で主導するってパターンもあるからね。そうなると、単価は安いけどもう開発者にはガンガンお金が入ってきちゃうよね」

「………………」


 ほぇーと他人事のようにポカンと口を開けて聞いていると、アーシュさんが苦笑して頭をポンポンしてくる。


「ちゃんと分かってる? アキちゃんの話だよ?」

「…………へ?」

「しかも、当の開発者はこれだからね。お金のこととか全然考えてないよね」

「……あー……、うーん…………?」


 ポカンとするわたしを覗き込むアーシュさんの言葉に、思わず目を逸らす。神呪で入るお金の話は、いつも高額過ぎてピンと来ない。ハチミツに比べて桁が3つ4つ違うのだ。


「そうなると、やっぱりアキちゃんの身の安全のためにも王宮の方で取りまとめた方がいいんだよね……」

「……じゃあ、そっちでお願いします」


 とりあえず、わたしの安全を最優先で考えて欲しいと思う。


「そうだよねぇ。うーん……、でも、王宮の誰が主導するかがまた問題なんだよねぇ」

「ナリタカ様じゃダメなの?」


 ここは、わたしの将来の主だからと気張って欲しいところだ。


「そうなんだよねぇ……。ただ、目立ち過ぎる気がするしなぁ……」


 アーシュさんの呟きがだんだん独り言の様相を呈してきた。


「うーん……うん。やっぱり一旦持ち帰っていい?」


 やっぱり時間がかかるらしい。当然のことなので、それは特に構わない。が、恐らく、構う人がいる。


「いいけど、やっぱりラウレンス様には報告したいな。ラウレンス様がたぶん一番待ち望んでるんだよ。このお城の中で」

「うーん、じゃあいっそ関係者を集めていっぺんに報告にしようかな。僕が勝手にやっちゃっていい? 他に話し合わなきゃいけないことも多いし」

「うん」

「そうなると、アンドレアス様もってことになるなぁ」


 ……あ、面倒臭い気がしてきた。


 アンドレアス様自体はそれほどでもないけど、アンドレアス様に知られたら絶対マリアンヌ様にも知られると思う。正直、マリアンヌ様は何を考えているのか分かりにくくて苦手だ。


「いつまで隠し果せるかが問題になってくるかな。その辺りもアンドレアス様にはきちんと言い含めておかないとね」


 ……アンドレアス様大丈夫かな。


 別にアンドレアス様だけの話ではないけど、あのマリアンヌ様に隠し事ができる人がどれだけいるのかと思うと、ちょっと遠い目をしてしまった。




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