レヴァダ・イェンナでお食事

「アキちゃん、お待たせ」


 ペトラと並んで立っていると、アーシュさんが軽やかに微笑みながら近付いてきた。


「やぁ、君がアキちゃんのお友達のペトラさん? いつもアキちゃんがお世話になってるね」

「い、いえ……、こちらこそ、アキ……様にはすごくお世話になってて…………」


 偉い人に直接話しかけられるのに慣れていないペトラが、時々つっかえながら答える。


「うん。今日は宿までの案内、よろしくね。一日がかりで申し訳ないけど」

「は、はい。よろしくお願いします」

「あと、僕はともかく、アキちゃんには普段通りの口調でいいからね」


 アキ様という言葉が、すごく言い慣れてない感が滲み出ていたのだが、本人も自覚しているのだろう。ペトラが赤くなって俯く。


 今日は都の日で、わたしはお休みだ。そして、アーシュさんは、夕べは本邸の客室に泊まったけれど、今日は領都の宿に泊まるという。そこで、ペトラをお送りと案内に付けると言えば、ペトラをリット・フィルガに連れて行けるのではないかと考えたのだ。


 今日は朝早くから境光が出ていたので、比較的空気が温んでいて気持ちいい。長い階段を降りながら、久しぶりにアーシュさんとゆっくり話す。


「森林領の官僚って、この階段登る近道があるんだって」

「ああ、どうやら岩の中に何か仕掛けがあるみたいだよ。官僚はいちいち階段を使わないで、その仕掛けを使うらしい」

「仕掛け?」

「うん。僕もよくは知らないんだけどね。特殊な動具を使ってて、あっという間に登れちゃうみたいだよ」


 ……なにそれ。動具なんて聞いてない!


「わたしは、それ、もらえないの?」

「どうだろう? まぁ、アキちゃんは正式に森林領の官僚になったわけじゃないからね。難しいのかもしれないね」


 なるほど。たしかに、条件が官僚ということなら、わたしには無理だ。


「この中を通るのかな」

「そうみたいだね」


 薄茶色の壁面に、灰茶色のシンプルなドアが埋まっている。なんの装飾もない殺風景なドアで、少し壁の中にめり込んでいるため、注意していないと見過ごしてしまう。もしかして、目立たないようにと意識されて作られたのだろうか。それならば、余所者のわたしに使わせないのも分かる。


「……ここ、崩れたりしないの? 大雨とかで」


 以前、ヒューベルトさんとリニュスさんに投げかけた質問をアーシュさんにも聞いてみる。


「ああ、大昔に山を移動させた時に特殊な神呪で覆ったんだって聞いたよ。時代が古すぎて神呪を直接確認はできないみたいだけどね。だから、この山は何百年経っても形が変わることがないんだよ」

「へぇ~」


 感心しながら後ろをチラリと振り返ると、ヒューベルトさんとリニュスさんも納得顔で感心したように岩壁を眺めている。穀倉領では一般的な知識ではなさそうだ。

 ちなみに、ペトラの方を見ると、こちらも「へぇ~」と驚いたように周囲をぐるりと見回している。


 ……森林領でも一般的じゃないのに、アーシュさんは当然のように知ってたんだね。






 リット・フィルガに着くと、カレルヴォおじさんが快く迎えてくれた。まだお昼の時間ではないため、ペトラの練習成果を見てくれるらしい。ついでに、実際に仕事をするところを見たいとペトラが言うので、わたしとアーシュさんは二人で調理器具を扱うお店に向かう。まぁ、少し離れたところにヒューベルトさんとリニュスさんがいるし、たぶん他にも護衛がいるだろうから、厳密には二人ではないんだけどね。


「鉄板は分かりやすいから少しくらい高くても売れそうだけど、鍋の方は見せ方が問題になるだろうね」

「見せ方?」

「うん。これだけ見せられて焦げ付きにくいんだと言われても、ちょっと想像し辛いでしょ? だから目の前で実践して見せるとかしないと、お客さんは飛びつかないと思うよ」


 そう言われてみれば、わたしが神呪を描いた鍋は、普通の鍋に神呪を描いただけだ。パッと見何が違うのかわからないだろう。


「うーん……、じゃあ、逆にうんと安くしちゃった方がいいかもね」

「安くするの?」

「そう。普通の鍋を買うよりはこっちにしようかなって思えるくらい」

「なるほど。数で勝負か。それはいいかもね」


 それから、リット・フィルガに戻ってペトラを連れて食事処に行く。


「え? アキちゃん、レヴァダ・イェンナには行ったことないの? でも、商品卸してるんだよね?」

「うん。だって高いでしょ? 納品はリット・フィルガに行くから用事がないんだもん」

「プッ……、アキちゃんらしいね」


 アーシュさんは吹き出しているけれど、本当に、レヴァダ・イェンナは高いのだ。リッキ・グランゼルムほどではないのだが、それでも庶民が気軽に入るお店ではない。ましてや、わたしは子どもなのだ。一人でフラッと立ち入るわけにはいかない。


「いらっしゃい。アキさん。レヴァダ・イェンナへようこそ」


 レヴァダ・イェンナで一押しの、鳥肉のハチミツ味噌漬けを堪能していると、トピアスさんがやって来た。


「あ、トピアスさん。こんにちは」

「いらっしゃいませ、アーシュ様。店主のトピアスでございます」


 わたしに軽く挨拶した後、アーシュさんに向き直って丁寧に挨拶をする。


「僕らの情報は宿の方から?」

「はい。ご宿泊いただけるそうで。ありがとうございます」

「そう」


 アーシュさんが微笑みながら軽く頷く。

 なるほど。アルヴィンさんから逐一報告が行くようになっているらしい。さすが、お兄ちゃん大好きアルヴィンさんだ。


「そちらのお嬢さんも。カレルヴォが熱心なお嬢さんだと感心していましたよ」

「え、ええっ、あ、あたし!? ……あ、ありがとうございます!」


 ペトラが縮こまってお礼を言う。さすがに生まれた時からお城に住んでいるだけあって、食事の仕方はとてもキレイで作法もきちんと守られているのに、こういう時はどう返事したら良いのかは教わらないらしい。使用人は基本的には人前に出ない前提で躾けられるのだろう。


「このお肉、美味しいね」

「ええ。とても評判が良いですよ。調味料がもう少し安く手に入れば、もっとメニューの幅が広がるのですがね」

「うーん……、たしか、大豆がどうとか聞いたけど……。穀倉領でしか作ってないのかな?」


 そう言ってアーシュさんを見ると。アーシュさんが難しい顔をして首を傾げる。


「そうだね。しかも農家でも一部みたいだよ。というか、農家でも地域ごとに調味料が微妙に違うみたいでね。糠漬けも、作っていないところもあったよ」

「え、そうなんだ。米を作っていればブランは必ず出るのにね」

「うん。でも、アキちゃん。今はそれは農家さんの大事な商売道具になって来てるからね。これ以上は内緒にしとこうか」


 アーシュさんがにっこりを笑う。

 そうだった。穀倉領では糠漬けを特産品として売り出そうとしていたのだった。


「……まぁ、ある程度は耳に入っていますが……、ここで再現するのはむずかしそうですね」


 トピアスさんが難しい顔をする。


「保存があまり効かないから入手が難しいのですよ」

「保存かぁ……」

「何か思いつきましたか?」


 トピアスさんに促されて、がんばって思い出す。


「うーん……、すっごく前に、塩動具をちょっといじっってた時に……」

「うんうん。アキちゃん。その話題はこれくらいにしておこうか? 僕、これ以上仕事、増やせないよ?」


 アーシュさんの言葉にハッとする。


 ……そうだった。わたしが神呪師だってことは、まだトピアスさんには言ってないんだった。


「…………そうする」


 アーシュさんの笑顔がとても爽やかだ。


「アキちゃん、何か思いついたら、一旦僕に言ってね?」

「はい…………」


 アーシュさんの笑顔が限界までキラキラしているので、大人しく従うことにする。そして、隣を見ると、こちらもトピアスさんの笑顔がキラキラしている。みんな輝きすぎだと思う。


「なるほど。では、アーシュ様、今後ともよろしくお見知り置きください」

「ええ。リット・フィルガのことはいろいろと聞き及んでいますからね。今後は贔屓にさせていただきますよ」


 大人たちのむやみにキラキラした会話にちょっとうんざりして反対隣を見ると、ペトラがキラキラした目で大人2人を見ている。


「……どうしてペトラまでキラキラしてるの?」

「だって、いかにも上流の人たちって感じじゃない!? あたし、ああいうの初めて見るの。話には聞いてたけど、ホントに後ろに竜とか虎が見えるのねぇ~」

「…………いや、わたしには見えないけどね?」


 ……ペトラ、目は大丈夫かな。


 トピアスさんが奥に戻って行った途端、アーシュさんのキラキラが引っ込む。なんだか、ちょっと疲れてるみたいだ。


「……ハァ。アキちゃんて、ホントいろんな人引っ掛けるよねぇ。もう人材ホイホイって呼んでいいんじゃないかな」

「え、ヤだよ。そんな名前」


 ……ホイホイってなに。ホイホイって。


「アキちゃんのことはもうちょっとこまめに様子見に来なきゃダメだね。いろいろ聞いてはいたけど、やっぱり報告書だけではよく掴めないや」

「そんなに報告が行ってるの?」

「うん。もうね、すごい量だよ、毎回毎回。ヒューベルトには特別手当とか出さなきゃいけないかなと本気で思うよ」


 アーシュさんがちょっと呆れたように肩を竦める。


「ヒューベルトさんは本当にいろいろ手伝ってくれるんだよ。リニュスさんもだよ。もう護衛の範囲を超えてるんじゃないかと思うよ」

「まぁね。その辺りは織り込み済みだけどね。アキちゃんが助かってるなら良かったよ」


 織り込み済みってことは、今いろいろ起こってることはある程度読めてたってことかな。ダンといいアーシュさんといい、いろいろ先を読んでるんだなと感心する。


「…………アーシュ様って、偉い人なの?」


 感心していると、ペトラが小声で聞いたきた。


「あ、言ってなかったっけ? アーシュさんは王族の従者なんだよ」

「ええっ!? 従者って……従者!? 直属の!?」

「そうだよ。苗字持ちなんだって」

「改めて、アーシュ・ネフェル・ザン・ファン・トゥルムツェルグ・ディナールです。よろしく」


 にっこり笑うアーシュさんに、ペトラが真っ赤になってオロオロしだす。


「えっ、あの、あ、あた、あたしは……ペ、ペトラです……。あの、お城で家女中をしています」

「うん。聞いてるよ。アキちゃんのメニュー作りを手伝ってくれてるんでしょ? 僕からもお礼を言うよ。いろいろ相談にも乗ってもらってるみたいだしね」

「あ…………」


 そうか。あの場にはヒューベルトさんもいたのだから、ペトラに話したことはアーシュさんにも筒抜けなのだ。


 ……だから、ダンにお金を出してもらうか聞いてきたのか。


 以前だったら、聞くまでもなくダンに出してもらっていたはずだ。


「あの……、アーシュさん…………」

「うん。まぁ、アキちゃんが嫌なら、僕からは何も言わないよ。でも、何かやって欲しいことがあったら言ってね。すぐにとはいかないけど、できるだけのことはするよ」

「うん……ありがとう」

「………………」


 隣でペトラが複雑そうな顔をして視線を下げたのが、少し気になった。


 


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