動具の登録は高い

「じゃあ、やりましょっか。ラウレンス様」


 応接用テーブルに、大量に炭が入った籠をドサッと置く。


「……ハァ。そんなに持って来ても、それほどすぐに描けるようにはならないよ」


 ラウレンス様が、呆れたようにこめかみに指先を当ててため息を吐く。


「いえ、これはわたしがやらなきゃいけない分です」

「……全部ここで描くつもりかい?」

「はい。わたしが描いてるのを見ていれば早く覚えるかも知れないでしょう?」

「それは他の神呪師たちに見せてやってくれ」

「大丈夫です。今まで散々見せましたらから。でも、見ただけで描けるようになった人、いないんですよね」

「…………なるほど。では、見せてくれ」


 わたしの言葉に眉毛をピクッと動かして、ちょっと前のめりに座り直す。何かがラウレンス様の闘志に火を付けたらしい。


 しばらく二人で黙々と神呪を描く。いや、黙々と描いているのはわたしで、ラウレンス様は熱心に見ている。視線の強さが、開発室の他の神呪師のみんなとは違うなと感じる。吸収しようとする意識が強いのだろう。ラウレンス様の優秀さはこういうところに現れているのだなと思う。


「ああ、そういえば」


 一息ついたところでラウレンス様が思い出したように言う。


「アーシュさんが来るらしいよ」

「え? アーシュさん?」


 思いがけない名前に目をぱちくりさせる。


「マティルダが神呪を描けるようになったからね。様子を見に来るのと、今後のことを話し合いに来るんだろう」

「いつですか?」

「7日だということだよ。君も呼ばれるんじゃないかな」

「野の日の午後はお茶会なのですが……」

「さすがに、来客がある時には免除されるだろう」


 ラウレンス様の言葉にホッとする。野の日のお茶会はフレーチェ様の厳しいチェックが入るので、わたしもドキドキするが、アリーサ先生の緊張が朝から漏れ出ていて怖いのだ。妊婦さんには良くないのではないだろうか。


 そんな話をしながら、ラウレンス様が試しに描いてみる。

 スラスラと描くし、ラウレンス様の性格から、これまでにも練習はしていたんだと思うが、それでも、自分だけの力でちゃんと力が流れるものが描けるところが、やっぱりみんなと違うと思う。ラウレンス様は王都の研究所にいてもおかしくない人なのだ。腕も、性格も。


 ……あ、でも、なんか研究所にライバル心みたいなの持ってるよね。


 ラウレンス様の年齢を考えると、もしかしたらわたしの両親も知っているのではないかと思うのだが、そういうことを聞ける雰囲気にならないのが残念だ。






「やあ、アキちゃん。久しぶり」


 アーシュさんと会うのは4ヶ月ぶりだ。いつもなら、冬の間の4ヶ月なんて、特に大きな思い出はないはずなのに、今回はいろいろなことがありすぎて、すごく懐かしい気がする。


「アーシュさん、久しぶり!」


 応接室のソファから振り返ったアーシュさんに駆け寄ると、正面に座るアンドレアス様に礼をして、アーシュさんの隣に座る。


「ずいぶん活躍しているみたいだね?」

「うっ…………」


 フフッと笑うアーシュさんの笑顔に黒い何かを感じて、思わず言葉に詰まる。


「え、えーっと、…………どれのこと?」

「プッ……! 心当たりがありすぎるわけだ、相変わらずだね、アキちゃん。でも、自覚がある辺り、少しは成長したかな?」


 アーシュさんが吹き出しながら言う。その穏やかな口調にホッとする。


「成長……してるかな…………」

「ん? ……うーん…………明日は都の日だし、領都で美味しいもの食べながら話でもしようか?」


 ポツリと落とした呟きを拾って、アーシュさんが小首を傾げる。


「うん」


 ただ、話をしようって言われただけなのに、妙に安心できるのが、さすがだ。


「挨拶は終わったかな?」


 わたしが頷くのを見て、アンドレアス様が苦笑する。


「さて、マティルダが光の神呪を描けるようになったそうだが、どうだ?」

「はい。描けました。ただ、描くものが毎回成功するわけではありません。だいたい、5回に1回成功するかどうかといったところです」

「……そんなもんか」

「あと、この神呪は今までと同じようには消すことができません」

「消すことができない?」


 アンドレアス様が怪訝そうに眉を顰める。この辺りは、神呪に詳しくない人にはよく分からないだろう。


「神呪を消す神呪にはパターンがあって、消そうとしている神呪がどれに該当するのかと、どの部分から消すのかが重要なんです。それを間違うと暴発してしまったりします」

「……新しい神呪だから、これまでのパターンが使えないということか?」


 アンドレアス様の言葉に後ろの文官たちがざわつく。


「……後始末ができないということか」

「あ、消す神呪はもうあります」

「……は?」

「もう作ってます。ただ、それを覚えなきゃいけないのと、どの部分から消すのかを咄嗟に判断できる人が、まだいないんです」


 わたしの言葉にアンドレアス様が頭を抱える。


「……アキちゃんは、その問題をどうしようと思ってる?」


 アーシュさんが首を傾げながら聞いてくる。どうにかしようと思っていることが前提の聞き方に、信頼されているのかなとちょっと嬉しくなる。


「光の神呪を描ける人と、消す神呪を描ける人とで担当を分けたらいいかなって思ってる」

「担当を分けるの? 全員が描けるようにはしないの?」

「うん。なんか、みんなの様子を見てると、全員が光の神呪を描けるようにはならなそうなんだよね。少なくとも1年やそこらで全員は無理だと思う。なんか、感覚が掴めないらしいんだよね」


 この辺りの理由はわたしにはよく分からない。感覚を掴むとか掴めないとか考えたこともないのだ。


「消す神呪の方が簡単そうだから、光の神呪が描けない人にはこちらを担当してもらったらいいと思う」

「なるほど。それならば現実的だな。開発室はそもそも数人で一つの仕事を担当するからな。班の中に光を担当するものと消すものを担当する者がいれば困ることはないか」

「はい」


 アンドレアス様の言葉に頷く。班で仕事をするからこそ可能な方法だ。


「では、ランプはどうにかなりそうですね。あとは……他にもアキちゃんが発明した動具、あるよね?」

「うん? えーっと、鍋とか鉄板とか?」

「そうそう。それも契約に含まれますね、アンドレアス様」

「あー……、まぁ、そうだな」


 アンドレアス様が苦い顔で仕方なさそうに肯定する。


「待て、それらはその娘が開発したとは言え、確認したのは当方の神呪師だ。その娘だけの功績とは言えまい」

「へぇ……。確認しただけ、なのですか。開発室の人間なのに」


 後ろの文官が声を上げると、元々笑顔だったアーシュさんが、更にいい笑顔で涼し気な声を出す。おかしいな。暖炉はアーシュさん側にあるはずなのに、そっちから冷気が……。


「で、その確認と言うのはその神呪師しかできないことなんですか?」

「いや、それは…………」

「アキちゃん。どう? その人にしかできない?」


 まるで、相手の答えなんてどうでもいいとでも言うように、口ごもる文官から目線をこちらに移す。


「うーん、研究所に入れるくらいの実力がある人なら誰でもできるんじゃないかな?」

「……だ、そうですよ。つまり、たまたまそこにいただけの人、ですね」

「あ、でも、荷車とおたまはラウレンス様と一緒に考えたよ?」

「なるほど。ではその二つは別の契約が必要ですね」


 何か、わたしが考えた動具についての契約を取り交わす話らしいが、なんでアーシュさんがいるのかがよく分からない。わたしはまだ、ナリタカ様の傘下に入ってはいないはずなのだ。


「何の契約をするの?」

「領地同士の関税の話とか、アキちゃんの取り分の契約だよ」

「わたしの取り分?」

「そう。ランプについては以前粗方決めていたからそう変わらないんだけど、他の動具についてはまだ話していなかったからね。だからアキちゃんを呼んだんだよ」


 なるほど。わたしの話については、アーシュさんが擁護してくれるということらしい。


「アキちゃんは、これからいろんな経験をしたいと考えているわけだよね?」

「うん」

「だったら、お金はたくさん必要だよ。生きていくだけで精いっぱいの収入しかなかったら、それ以外の経験はできないからね」

「そっか」


 アーシュさんの言葉に頷く。たしかに、いろんな経験というからには、ただ生きていく以外にもいろいろ活動しなければならないだろう。少なくとも、機会があった時にお金がないから動けないということになったら元も子もない。


「うん。じゃあ、鉄板からだね。きちんと商品化するためには王都の研究所の承認が必要なんだ。神呪についてはラウレンス様が確認してくださったようだから、すぐにできると思うけど、商品としての登録料が必要になる。これが結構高い」

「登録料?」

「そう。今回は生活に使うものだからそれほどではないだろうけど、それでもたぶん、穴開金貨1枚分くらいは取られるよ」

「き、金貨!? 穴開金貨1枚って……100万ウェイン!?」


 金貨なんて、穀倉領を出た時に革袋に入っていたのをチラッと見ただけで、普段は見たこともない。というか、金貨と言う単語すら耳にしたことがない。


「たぶんね。鍋もあるから結構な金額になるけど……どうする?」

「どうするって……」

「この金額を自分一人でポンと払える神呪師はそうそういない。だから神呪師はみんな、どこかの組織に属してるんだ。せっかく作っても登録できなければ使ってもらうこともできないし、もちろん収入にもならないからね」

「………………」

「アキちゃんについては、ダンさんがいるからね。たぶん、ダンさんに言えば払ってくれると思うよ。もちろん、僕やナリタカ様が立て替えてもいいし」


 アーシュさんの言葉にじっと考える。


「……アーシュさん、今すぐにはわたし、決められない。ダンに出してもらうならそれでいいけど、もし、アーシュさんに借りるのなら、ちゃんと考えなきゃいけないし」

「分かった。じゃあ、明日また話そうか」


 アーシュさんの言葉に頷く。今夜中にダンに相談しなければならないと思うと、憂鬱になる。


「じゃあ、えーと、荷車とおたま……だっけ?」

「うん。わたしが大まかに作ってみたのに、ラウレンス様が改良を加えてくれてたの」

「では、ラウレンス様がおられなければできなかったのだな」

「そうだね。わたし一人だともっと大雑把な感じになってたよ」


 文官が身を乗り出して問いかけるのに答える。


「では、技術料の取り分はアキちゃんが7で森林領が3くらいかな?」

「え?」

「は?」


 わたしと文官が同時に声を上げる。


「ラウレンス様と半分半分でいいよ?」

「いや、こちらは確認してやった分もあるのだ。こちらが7だ」


 取り分の主張はバラバラだった。まぁ、別にわたしが3でもいいんだけどね。


「最初に必要性を認めて形にする部分が一番難しいのですよ。しかも、そちらはアドバイスをしただけで、実際に神呪を描く作業のほとんどはアキちゃんが行っているはずです。7対3でも少ないくらいですよ」

「ああ、そういえば、ラウレンス様は神呪はほとんど描かなかったなぁ……。なんでだろ?」

「どうも研究所にコンプレックスがあるみたいだね。アキちゃんの前で描くのは嫌なじゃないかな?」

「コンプレックス?」


 でも、わたしから見ると、ラウレンス様は研究所にいてもおかしくないくらいの技術を持っている。


「まぁ、詳しくは知らないんだけどね。でも、本人にいきなり聞いたりしちゃダメだよ?」

「それくらい、分かってるよ」

「ん? ハハ。そうだね。アキちゃんも成長したね」


 口を尖らせて言うと、アーシュさんが笑った。さっきから、アーシュさんが随分成長したと言ってくるけど、そうなのだろうか? 4ヶ月ぶりに見ると、成長しているだろうか? 


 その後、アーシュさんとアンドレアス様の緩い会話の合間に、文官が余計な口出しをしてはアーシュさんに言いくるめられるということを繰り返して、わたしに関する話は終わった。





 

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