ペトラとお出かけ②

 この避難所は、森林領に着いて最初に確認しに行った避難所で、初めて木登りネズミ肉を食べた出店があって、街灯のすごさに見惚れた広場だ。


「ペトラは出店でお肉とか食べたことある?」

「ないわ。境光が落ちている時に領都に出たりしないから、避難所に行く用事がないもの」


 なるほど。言われてみればそうだろう。忘れがちだが、出店を出している広場は元々避難所なのだ。


「いろんな種類のお肉があるんだよ。わたし、初めて森林領に来た時にビックリしちゃった。今でも、木登りネズミが結局どんな動物なのか分かってないんだけどね」


 なんとなく予想は付いているのだけれど、怖くて確認できないでいる。


 ……だって、たぶん、かわいい動物なんだよ……。


「……ネズミの肉を食べるの?」

「お城では食べないの?」

「聞いたことがないわ」


 眉を顰めてちょっと気持ち悪そうな顔でペトラが言う。木登りネズミはどうやら庶民の味だったようだ。


「じゃあ、なおさら食べてみた方がいいね。出店では一般的だし美味しいんだよ」

「……わたし、お金はあまり持ってないの」


 ペトラの言葉にハッとする。


 ……そうだ。普通は成人前にお金を稼ぐなんてしない。


「ペトラは家女中として手伝いをやってるよね。そのお給料は?」

「母さんに預けてるから……。あ、今日はちゃんとお小遣い貰ってきたのよ。でも、あんまり多くはないから……」


 そういえば、森林領では手伝いのお給料は親に払われるのだ。家庭によっては、そのまま親が管理することもあるだろう。


「出店のお肉はだいたい200ウェインくらいだけど……足りる?」

「ああ、それなら足りるわ。一応、銅貨を何枚か持って来たの」


 銅貨1枚で1,000ウェインだ。それだけあれば出店では十分足りる。


「じゃあ、とりあえず木登りネズミを食べて、その後はいろいろ見てから決めようか」


 それから広場に行き、おじさんに何の肉か聞いて、木登りネズミを食べる。最初の一口は小さく開いた口で恐る恐る食べたのに、二口目からは目を輝かせてパクついていて面白かった。ヒューベルトさんとペトラのリアクションが全く同じなのが更におもしろい。

 その後は、ヒューベルトさんとリニュスさんは鹿肉を食べ、わたしとペトラは果物を買って食べた。出店をグルっと見て回りながら、ああでもないこうでもないと話すのはとても楽しくて、時間はあっと言う間に過ぎて行った。女の子のお友達とこんな風におしゃべりしながら買い物をするなんて初めてで、コスティと回るのとは全然違う会話になるのが新鮮だった。


 ……コスティとだと、どうしても商売の話になっちゃうんだよね。


 特に何の算段もなく、その時に感じたことを言い合う楽しさは何だか普段と違って、すごくはしゃいでしまう。何の話をしているのか記憶に残らないくらどうでもいいことで、こんなに盛り上がれるものなんだと驚く。純粋に、ペトラとまた来たいと思った。






「カレルヴォおじさん、久しぶり!」

「おうおう、お嬢ちゃん。久しぶりだなぁ」


 後の2の鐘が聞こえたので、リット・フィルガに戻る。お昼の後片付けを終えたおじさんは、調理場でのんびり寛ぎながら気安く手を上げた。


「お城に勤めとるそうじゃないか。さすがお嬢ちゃんだ」

「うん。でも、ホントは行きたくなかったよ。春の納品とか出店の準備とかがなかなか進まないし」

「うん?町の仕事もまだ続けるのかい?お城の仕事だけでも大変だろう」


 そう言いながら、おじさんがお茶を入れてくれる。一緒に飴細工も出してくれる。


「だって、お城の仕事は3月までなんだもん」

「おっと、そうだったのか。そりゃあ、また中途半端なもんだなぁ」

「でしょ?すごく迷惑だったんだよ。春からまたコスティとやるからおじさんもよろしくね」


 おじさんが誤解してるということは、アルヴィンさんやトピアスさんも誤解しているかもしれない。ちゃんと解いておかないと商売に影響がでるだろう。


「ハハハ。よし!お嬢ちゃんの頼みならがんばるかな」


 おじさんはがんばると言いながら、絶対に無理はしない。その緩さがなんだか逆に心地いい。


 ……アルヴィンさんなんかはちょっと真面目過ぎて心配になっちゃうんだよね。


「それで?オレに相談ってのはなんだね?」

「あ、そうそう。あのね、この子ペトラって言うんだけどね」


 ペトラが軽く頷く。


「お城で女中さんをやってるんだけど、将来は料理人になりたいんだって。でも、町中に修行とかには出られないでしょ?だから、お城で自分でできる練習とか、何かないかなと思って」

「ほぅ、料理人なぁ。けど、お城にだって料理人はいるだろ?その見習いにはなれないのかい?」

「あたしのような素人はお城の厨房には入れてもらえないわ。台所女中だって、町中である程度修行を積んだ人しかなれないのよ」


 お城は、領内でも一番地位の高い場所だ。そのお城で王族や領主の一族の食事を提供する仕事を、素人にやらせるわけがない。一から教える暇があるのなら、新しいメニューを考えなければならないのだ。


「ペトラにも仕事があるから、お城からはほとんど出られないんだよ」

「だが、厨房に入らせてもらえないんなら何もできんなぁ」

「今は、わたしがお世話になってる離れのお邸にいるから少しは使わせてもらえるの。ペトラはお城の料理のメニューには詳しいから、わたしの新メニュー開発を手伝ってもらってるんだよ」


 そう言うと、ペトラが少し誇らしげに笑い、おじさんの目がキラリと光った。


「……なるほどなぁ、城のメニューか…………」

「…………ペトラ、新メニューは誰にも内緒にしてくれる?」

「え?どうして?」

「おじさんに取られちゃいそうだから」

「そんなこと…………」


 笑い飛ばそうとしたペトラが、おじさんの好奇心いっぱいの顔を見て表情を引き締める。


「おじさん。ペトラはお城からほとんど出られないから、おじさんとメニュー開発するのは無理だよ。それより、修行方法とか教えてよ」

「……出られないんじゃしょうがないな」


 おじさんが残念そうに眉を下げる。


「修行なぁ……。最初はまぁ、食材を切るところからだな」

「切る?」

「そうだ。ひたすら切るんだ」


 そう言って、おじさんが厨房に来るように促す。


「これを千切りにできるか?」


 まずはわたしにジャガイモを渡す。


「皮を剥いて細く切ればいいんだよね?」

「そうだ」


 とりあえず、言われた通りナイフで皮を剥き、薄く切った後さらに縦に細く切る。


「じゃあ、そっちのお嬢ちゃん」


 おじさんから渡されたジャガイモを、ちょっと緊張した顔で受け取るペトラ。ペトラは本当に料理はしたことがなかったので、わたしよりもはるかに時間がかかるし、出来上がりも不格好だ。


「じゃあ、オレがやるから見てな」


 そういうと、カレルヴォおじさんは鮮やかな手つきであっと言う間にジャガイモを千切りにする。早さもすごいし、細さが全部一定なのもすごいし、そもそもナイフの使い方が違う感じがしてすごかった。無駄な動きがないというか、流れるようにするする皮を剥いていくのだ。


「……おじさん、ちゃんと料理人だったんだね」

「ちょっ、失礼よ!」

「どういう意味だね」


 ペトラはすでに、最初に会った時とは違う尊敬の眼差しだ。灰色の目がキラキラしている。


「まぁ、こんな具合だな。料理人は毎日何十人もの食事を作らなきゃならないからな。これくらい材料をさばけないと商売にならない。あとは……」


 おじさんはヒョイッと横にあった大根を掴むと、くるくる回しながらナイフを大根に這わせ始める。何事かと目をぱちくりさせるわたしたちの目の前で、真っ白くて丸々としていた大根から、見事な鳥が浮かび上がってくる。


「飾り切りだな」


 おじさんの手のひらには、今にも羽をはばたかせようとする鳥が乗っていた。たぶん、水鳥ってやつだと思う。


「すごい!なにこれ!なんでこんなことできるの!?」

「そりゃあ、練習したからだな」


 おじさんが珍しくフフンと鼻で笑って胸を張る。


「ま、料理人が最初にやらなきゃならないことは、ナイフを自在に操れるようになることだな。まずは野菜を切れるようになることだ」

「分かったわ」


 目標ができたペトラは、初めて会った時の不貞腐れた様子は微塵もなく、目を輝かせてハキハキと返事をしている。今日はここに来られて良かったなと思った。






「……アキちゃん、それ、どうするの?」


 邸に戻って、部屋に戻る途中、リニュスさんに聞かれる。


「…………飾る?」

「腐るんじゃないのか?」

「だよねぇ……」


 おじさんが作ってくれた大根水鳥を見つめる。

 ジャガイモは、おじさんが夕食で使うというのだが、大根の水鳥は使い道がなかった。とても美しいのだが、一つしかないのでメニューには乗せられない。だが、おじさんがつい調子に乗ってやってしまったのは、わたしたちのためなのだ。とりあえず、おじさんから大根を買い取ることにした。


「ペトラにあげようと思ったんだけどねぇ……」

「いや、あの子だって困るでしょ」

「だよねぇ……」


 ペトラには、「使用人の部屋に突然そんなものあったら不気味でしょ!」と丁重にお断りされてしまった。


「ハンナにお願いして煮物にでもしてもらう?」

「…………煮物……」

「だって、このまま出されたって食べられないし」


 その日の夕食のメニューには、なんだか緑色のスープが出され、ペッレルヴォ様のお皿だけ、スープの湖面に水鳥が浮かんでいた。ペッレルヴォ様に聞いたら、水鳥は薄い塩味だったということだ。





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