ペトラとお出かけ①
今日はやっと、ペトラと外に出られる。
結局、今回もわたしは帰省せず、火の日をペトラとのお出掛けに当てた。
ダンヘの連絡はヒューベルトさんから手紙を出してくれたので、わたしは夜のおやすみ通信で軽く事情を説明しただけだ。
ダンとはもう2週間顔を合わせていない。それでも何とかなっていることが、成長しているようで嬉しいはずなのに、何でか気持ちを苛立たせる。どうしたいのか分からないのに、どうしたらいいのか考えているような気持ちだ。
「……ハァ」
ため息を吐いた後、深呼吸して気持ちを切り替える。今日はおでかけするんだから、楽しい気分で行った方が絶対楽しい。
「うーん……何着よう……」
フレーチェ様にはいつも、その場に相応しい身形でいなさいと言われている。今までは高貴な方面で考えれば良かったが、今回はペトラと領都に行くのだ。レースの付いたワンピースだと、もしかしてペトラがそういう服を持ってなかった時に気まずいし、かと言って職人の服で行くと、ペトラが恥ずかしい思いをするかも知れない。
「一緒に出掛けるのは使用人ですわよね?でしたら、町で普段着られているような服がよろしいのではないでしょうか?」
「え?町で?職人の?」
「…………いえ、せめてスカートになさいませ。リット・フィルガに行かれるのですよね?」
リット・フィルガに行くのに職人の恰好はおかしいのだろうか。今まであまり気にしたことがなかったが。
「あの宿は小さいけれど立地がとても良いのです。それに接客も、上流階級への対応を心得ておりますわ。高貴なお客様も多いのですよ」
知らなかった。今度から気を付けよう。
そうして、シンプルな白いシャツに茶色のスカートをはき、ブーツを履いて上着を着て待ち合わせ場所に向かう。茶色のスカートには地味に同色の刺繍が入っているが、ほとんど上着に隠れてしまうので、それほど高級な感じはしないだろう。ちなみに今日は護衛二人もシャツに黒いズボンというシンプルで普通の服装だ。いつも帯剣しているので今日は武器はどうするのか聞いたら、タイジュツとアンキで何とかするという答えが返ってきた。よく分からないけど、なんだか頼もしそうなので頼りにしようと思う。
領都から登って来る階段の横にある詰所の裏で待っていると、ペトラが早足でやって来るのが見えた。
「ペトラ、なんだか寒そうだね」
「そうだな。神呪が消えたのではないか?」
ペトラの上着から赤いスカートと茶色のブーツが見えている。ペトラのほっぺも真っ赤だ。
「ペトラ、上着どうしたの?」
ペトラが着て来たのはこの間神呪を描いた上着ではなかった。
「あれは仕事用よ!あんなの来て領都に出るわけないじゃない!」
「え?そう?」
わたしは常に仕事用の服でも全然気にしなかったがペトラは何か気にするらしい。
「じゃ、まずその上着に神呪描いちゃおう。詰所に入れてもらう?」
「……衛兵はイヤ」
ペトラがちょっと顔を背けて小さく呟く。最初に会った時の衛兵の態度を思い出していたので、なんとなくそうかなと思って聞いたのだが、聞いて良かった。
「じゃあ、どうしようか。どこか寒くない場所で脱いだ方がいいよね」
この前みたいに自分のを代わりに着せたら、また風邪を引いてしまうかもしれない。
「あ、分かった!あそこの木に囲まれた所にしよう!」
「は?木に囲まれた所?」
「うん。勝手に神呪描いても、後で消したら大丈夫でしょ?」
「は?」
「は?」
「は?」
わたし以外の3人の声がキレイに重なって響く。高音のペトラと低音のリニュスさんと重低音のヒューベルトさんの声がキレイな調和を生み出していて羨ましい。ヒューベルトさんの魔王のような低い声が調和に深みを出している。面倒見のいい魔王ってなんだかすごいな。
「とりあえず行こう行こう!」
「…………なにやらどこかで悪口を言われたような気がするが……、気のせいか」
「………………」
……ヒューベルトさんって、こう見えて結構、野性的な能力を持った人だよね。言わないけど。
「さ、さぁ。じゃあ神呪描くね!」
不可解と顔に書いている3人をよそ目に、まず落ちていた木の枝に神呪を描いて神呪具にし、それで地面に神呪を描き始める。大きく描きたかったので、普通の神呪具では小さかったのだ。
「よし、まずは水の膜を張って……。で、あっためる!」
四方を囲む形で立つ木に直接神呪を描いて、地面の神呪から水を呼び出し水の膜を張ると、周囲を透明な壁に囲まれた形になった。あとは、その中を温める神呪をその辺に転がってる石にでも描けば良い。
「ええっ!?なにこれ!?」
ペトラが口をあんぐりと開けた状態で周りを見回している。ヒューベルトさんとリニュスさんも驚いた様子で見回しているので、他の人はあまりこういう使い方をしないのだろうと分かった。
「便利だよね。この膜」
「いや……これは…………」
「……すごいな。護衛が必要なわけだ…………」
ヒューベルトさんとリニュスさんがそう言って絶句している間に、ペトラの上着に神呪を描き上げる。
「はい。これ着て」
ペトラに上着を渡すと、描いた神呪を消して回る。後始末は大事だ。
「……あんた……何者なの?」
「へ?」
ペトラの顔に警戒心が浮かぶのを見てハッとする。
……わたし、まだ見習いってことになってるんだった!
「えっと……神呪師を目指してるんだけど」
「こんなこと、普通できるものなの?」
ペトラの表情には疑惑が浮かんでいるが、まだ確信している様子はない。神呪師と身近に接したことがないからハッキリとは分からないのだろう。
「……普通にはできないと思う」
「じゃあ…………」
「でも、わたし、両親が神呪師だったの。両親はもう亡くなったけど、わたしを育ててくれた人も神呪師だった。だから、たぶん開発室の人たちよりも神呪には馴染みがあるんだよ」
焦って、なんだか不必要に早口になってしまう。自分でも怪しさ満載だが仕方ない。
「………………」
「ペトラだって、お母さんの仕事については、わたしなんかより詳しいでしょ?」
「それは…………」
ペトラの視線が揺れる。わたしの言葉に対してというよりは、お母さんの仕事という言葉に動揺したようだった。
「ペトラが料理の練習をするように、わたしも神呪の練習、いっぱいしたんだよ」
「そう…………」
まだ腑に落ちないものはありそうだが、とりあえず納得してくれたようなので、出かけることにする。
「……その二人はいつも一緒にいるのね。護衛って聞いたけど……」
「うん。わたしの養父が、わたしをここに預ける条件なの。ダンから離れるのは初めてで怖かったんだけど、二人がいてくれて心強いんだ」
「親はいないの?」
「うん。7年前に事故でなくなっちゃったの」
「そうなんだ……」
ペトラとおしゃべりしながら階段に向かう。
「ねぇ、官僚なら中道が使えるんじゃない?」
「へ?中道?」
「あたしもよくは知らないけど、階段が短くなるんでしょ?官僚だけが使えるって聞いたわよ」
ヒューベルトさんとリニュスさんを見るが、二人も怪訝そうな表情で首を振る。
「よく分かんないみたい。いつも、休みに帰省する時は馬であっちの道から帰るから……」
「ああ。まぁ、知らないならしょうがないわね。手伝いだから教えてもらえないのかしらね」
ペトラが自分で勝手に納得してくれたので、とりあえず流すことにした。とりあえずは流すけど、帰ったら引き戻してラウレンス様に聞いてみようと思う。だって、領都に行くのには、この階段を上り下りしなくてはいけない。短ければ短い方がいいに決まってる。
「ペトラは領都にはよく来るの?」
「おつかいでしか来ないわ。月に1、2回。でも、他のお店に行く時間もお金もないから、いつもと同じお店に行って戻るだけよ」
「そっか。わたしも領都に来るのはクリストフさんの納品に付いてくるだけだから、他のお店ってよく知らないんだよね」
考えてみたら、わたしはグランゼルムの町でも基本的に同じ場所にしか行かないので、やっぱりよく分からない。冒険が足りないなと自覚する。
「クリストフさん?」
「炭やき職人なの。わたしの養父のダンが弟子入りしてるんだよ」
「……養父って神呪師じゃなかったの?」
「うん。穀倉領にいた時はそうだったんだけど、もう辞めちゃうのかなぁ」
ペトラと二人で並んでのんびりとリット・フィルガに向かう。ヒューベルトさんとリニュスさんは、少し離れて付いてきてくれている。
「ペトラのお母さん、美人だね」
「ああ、よく言われる。でも、仕事が洗濯女中じゃ意味ないわね」
「客間女中の方がいいの?」
台所女中とか洗濯女中とかは分かるが、客間女中という職業は、お城に入ってから初めて聞いた。何をする仕事なのかよく分からない。
「給料が全然違うのよ。しかもサロンでの給仕だと華やかだから、他の使用人からも結構チヤホヤされるし」
「じゃあ、ペトラも客間女中になったら?」
「だって、客間女中じゃ、お城から出たらどうしようもないじゃない。客間女中なんて相当なお金持ちしか置いてないって聞いたもの」
なるほど。それで聞いたことがなかったのか。
「ペトラ、お城を出るの?」
「…………出たいわ」
「どうして?普通はお城に入りたいものなんじゃないの?」
「……みんな知ってるもの。あたしが洗濯女中の娘だって」
……ああ、そうか。
ペトラがこれからどんなに優秀になっても、格下の女中から生まれた父親の分からない娘だという生まれは付きまとう。わたしは両親が神呪師ということが誇りだったが、それでも、今回お城に来ることになったのは、その両親が原因の一つではある。境遇は全く違うが、なんとなく、ペトラが言いたいことは分かる気がした。
「そっか……。じゃあ、成人までにしっかり練習して料理人として生きていけるようになっていないとね」
「……笑わないの?」
「え?笑うの?どうして?」
「……みんな、あたしはお城の中しか知らないからそんなことが言えるんだって言うの。外の世界はそんなに甘くないって」
それはそうかもしれない。お城は閉ざされた環境で息苦しいかも知れないが、そこできちんと働いてさえいれば飢えたり凍えたりすることはない。
「……それはそうかもしれない。でも、知らないことならこれから知ればいいよ。ペトラはまだ成人まで何年もあるでしょう?いろんな人に話を聞いて、外の世界がどういうところか知って、ちゃんと準備すればいいと思う。とりあえず、お金を稼いでおくのは大事だよ。お金がないと家も借りられないし」
そのために、わたしもコスティもハチミツでいろいろと考えているのだ。
「……成人前にお金を稼ぐことってできるの?」
「うーん……、わたしとコスティの場合は、直接の契約はダンがしてることになってるんだよね。ダンからお小遣いみたいな形で受け取ってるの。そういう風に、間に入ってくれる信頼できる大人がいないと難しいよね……」
「信頼できる大人……」
「ペトラの場合はお母さんでいいんじゃない?」
「うん…………」
そんな話をしながら大通りから小道へ入ると、いつも見慣れた光景が目に入る。
「あ、あれだよ。リット・フィルガ。わたしが木の実のハチミツ漬けとハチミツ飴を卸してる宿なの」
「意外ときちんとした宿なのね」
……意外とってどういう意味だろうか。
「アルヴィンさん、こんにちは!」
「え?アキさん?こんにちは。どうしました?」
アルヴィンさんは、最近本当に笑顔が柔らかくて親しみやすくなったと思う。
「ちょっと、カレルヴォおじさんに聞きたいことがあったの。お話する時間、取れるかなぁ?」
「……今はちょうど昼食に追われているところなので、すぐには無理だと思いますが……」
「うん、そうだよね。じゃあ、ちょっと外で時間潰してくるから、おじさんの手が空いたら後で行くって伝えといてね」
お昼ご飯はどこかの広場で出店に行こうと思っていたので、ちょうど良かった。ペトラと宿を出ると、ヒューベルトさんを振り返る。
「ヒューベルトさん、お昼は避難所で食べていい?」
この4人の中で、買い食いに抵抗がありそうなのはヒューベルトさんとペトラだ。そしてペトラは社会勉強をしなければならないので、抵抗は却下する。
「……良かろう。私もだいぶ町に馴染んだからな。違和感なく食べられるようになったはずだ」
ヒューベルトさんの力強い宣言を聞いて、避難所に向かう。
ヒューベルトさんの目標は、町の中に違和感なく溶け込むことで問題ないだろう。たしかに、この先も護衛業をすることがあるのならば、必要なことだ。がんばれ。
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