ペッレルヴォ師①

 わたしは週に一回、野の日の午後にお茶会と称した礼儀作法レッスンを受けている。わたしのことをシゴキ甲斐があると感じたらしいフレーチェ様のお計らいだ。大変ありがたいけれど、あまり嬉しくない。

 お茶会は準備から終了までに午後の時間を丸々使うのだ。正直言って、動具を作ったり新メニューを考えたりしている方が充実感を感じる。


「でも、今は冬なんだから、出店出してないでしょ?」

「うっ……。いや、でも、春になったらまた再開するし……」

「その頃には城での仕事は終わっているのだ。時間はいくらでも取れるだろう」


 リニュスさんもヒューベルトさんも、わたしの町での生活を知っているので突っ込みが鋭い。


「でも、春になったら礼儀作法なんていらなくなるのに……」

「それまでに必要だろう!」

「ううぅ…………」


 どうやらフレーチェ様は、マリアンヌ様にせっつかれているらしい。早くわたしを鍛えてマリアンヌ様に引き合わせようと、レッスンの時間を増やすことを画策している節がある。今のところ、ラウレンス様が阻止してくれているようなので、そのまま頑張って欲しいところだ。


「アキさん、ちょっといいかな?」


 ぶぅぶぅ言いながら発光の神呪をひたすら描きまくっていると、ラウレンス様がすぐ横に立っていた。相変わらず、いつからそこにいたのか分からない。


「君に面会したいという人がいてね」

「面会?」


 なんだかラウレンス様の機嫌が若干悪い気がするが、相手はアーシュさんとかだろうか。


「ペッレルヴォ師だよ。覚えているかい?」

「…………えっと、すみません。どなたでしたっけ?」

「試験の時に問答をやった試験官だよ」

「ああ、あのおじいちゃん」

「おじい…………」


 思い出してポンと手を打ったわたしに、ラウレンス様が珍しく絶句する。そういえば、すごく威厳たっぷりのおじいちゃんだったので、もしかしたらおじいちゃんと呼んではいけなかったのかもしれない。


「あの方がどうかされたのですか?」

「ああ、いや。大した事じゃないんだけれどね。あの時の問答が途中だったから続きがやりたいとのことなんだよ」

「は?続き?」

「そう。続き」

「……試験の?」

「……まぁ、そうだね」

「…………試験、終わりましたよね」

「…………うん。そう言っていたと伝えていいかな?」


 それはダメな予感がする。


「ええと……ラウレンス様のご意見をお聞きしたいのですが」

「……返しが上手くなったね。さすがフレーチェ殿だ」


 わたしの方から断ると面倒くさい気がして、にっこり笑顔で判断を任せようと思ったのだが、にっこりと優し気な黒い笑顔を返したラウレンス様のこの言葉は、わざと話を逸らしていると思う。


「ご命令ならば従いますよ?」

「いや、あくまで個人的に話を持ち掛けられてね」


 正直言って、断りたい。様子を見るに、ラウレンス様だって断りたいのだろう。ラウレンス様でも断りにくいものなのかな。


「……わたしがここにいるのはアンドレアス様のご命令です。最初にお約束した仕事以外のお話を頂くのは、わたしの立場では難しいと思うのですが」

「……ハァ。そうだね。では一応、アンドレアス様に振ってみようか」


 領主の権限で断ってくれればいいのではないかと思ったのだが、なんだかラウレンス様が憂鬱そうにため息を吐く。


「……ちなみに、予想されるお答えは?」

「ペッレルヴォ師は以前、アンドレアス様の家庭教師をしてらした方でね……」


 ……ああ、小さい頃を知られてるって、立場が弱いよね。心理的に。


「……まぁ、一度くらいなら……」

「……一度で済めばいいんだけどね。あの方、結構ヒマを持て余してるんだよね……」

「…………ハァ」


 二人して、思わず深いため息を吐いてしまう。


「君、いつもこんな感じなの?あっちからもこっちからも……仕事で来てるのに、なんで放っといてもらえないの?」

「そんなの、わたしに聞かれても困ります」


 わたしからお願いしているわけではないのだ。むしろ、上の立場のラウレンス様が断ってくれればいいのに。






「ふむ。アキといったかの?久しぶりじゃ」

「お久しぶりです。ペッレルヴォ様」


 膝を曲げて礼を取ると、ペッレルヴォ様が目を細めてゆったりと頷く。


「何やらずいぶんと活躍しておるそうじゃの」

「活躍?」


 ……なんの話だろう。調理場のことかな?


 ランプは開発室の神呪師が作ったことにするという話だった。わたしが関与していることが、どこまで知られているのか分からないが、そうそう言い広めたりしないだろう。


 ……こういう時って、お陰様でって言うのかな。それとも滅相もございませんって言うのかな。


「あのラウレンス殿に頭を下げさせたそうじゃないか」

「うっ……」

 

 咄嗟に周囲を見回して確認してする。


 ……いや、ここペッレルヴォ様のお部屋だし。ラウレンス様はいないいない。


 子ども相手に頭を下げさせられたなんて言われたら、誰だっていい気分はしないだろう。ペッレルヴォ様ももう少し言い方に気を付けて欲しい。


「いえ……わたしは特に下げさせようと思ったわけでは……」

「ラウレンス殿はああ見えて気性が激しいようでな。敵対する者には容赦せんと聞いたことがあるのじゃが」


 ……でしょうね。なんとなく分かるよね!


「そのラウレンス殿が頭を下げるなど、いったい何事かと文官の間で噂になっておってのぉ」


 どうしてそんな噂しちゃうんだろうか。人には放っといて欲しいこともあるのだと、お城の文官にはきつい口調で問いただしたい。


「しかも、相手は職人の子ども」


 アンドレアス様には、職人の子どもを気軽に召喚するなと、礼儀作法に費やした時間を請求したい。


「と、その噂を聞きつけたわしが、そこで言うわけじゃな」


 ……ん?……え、何を?


「その子どもは問答でわしとやり合った子どもじゃなと」

「………………」


 森林領の人って、意外と噂好きなんだろうか。


「お前さん、文官の間で話題沸騰中じゃぞ」


 ペッレルヴォ様がフォッフォッフォと笑っている。皺しわの顔のおじいちゃんがとっても楽しそうにしているのはすごく微笑ましいことだと思うのだが、楽しむネタ作りが間違っていますよと言いたい。言っていいかな。


「……ペッレルヴォ様。そもそも、どうしてその子どもがわたしだと分かったのですか?」

「ん?アンドレアス様からお聞きしたからの」


 ……アンドレアス様、たしか、アーシュさんたちのこと、余計なことベラベラって言ってたよね。


 他人のことはよく見えても自分のことは見えないのだろうか。わたしも気を付けよう。


「……ペッレルヴォ様。わたしは皆様が言っているような、注目に値するような子どもではありません。本日はどのようなご用件でしたでしょう?」

「ふむ。なんだったかの」


 ……試験のお話の続きって言ったんだよね!?思い出して、おじいちゃん!


「……何か、必要な動具でもありましたか?」

「動具?」

「はい。わたしはアンドレアス様から神呪を描く仕事を仰せつかってここにおりますから」


 にっこり笑ってそう言うと、ペッレルヴォ様はふむと頷く。ペッレルヴォ様とのお話はおもしろいけれど、正直言ってわざわざ時間を取るほどの興味はない。わたしにとっては神呪を描いたり動具を考えたりしている方が楽しいのだ。


 ……察してくれるかな?


「では、わし用のランプを一つ頼もうかの」

「……ランプ、ですか?」

「そうじゃ。この年になると、本を読むのに蝋燭の明かりじゃとても足りなくての」

「……では、開発室で作っているランプを一つペッレルヴォ様にお譲りするよう伝えればよろしいですか?」

「いや。わしが使いやすいよう、専用の物を開発して欲しい。まぁ、世間話はついでじゃな」


 ……バレてるわけだね。


 ついでなのが世間話の方なのかランプの方なのか分からないけど、とりあえずわたしがここに来る理由が、文官向けにもアンドレアス様向けにもできてしまった。これでは断るのは難しい。

 

「かしこまりました。では、参考に、どのような形でのご使用を考えていますか?」

「読みたいのはこの本での」


 そう言って、ペッレルヴォ様が一冊の本を寄越す。


「神呪の類別からみる典則の検証……?」


 ……なにこれ、おもしろそう!


「これ、図書館で借りれるんですか!?」

「いや、この本はわしの私物での」


 まんまと食いつくわたしに、ペッレルヴォ様が涼しい顔で言う。


「ランプを検証するのに必要なようなら貸し出しても良いが……」

「必要です!」


 ……どれくらいの明るさと範囲なら読みやすいかの検証は大事だよね!


「ふむ。では、次に来るときにはちゃんと検証したのかを確認させてもらおうかの」

「……えっと……、それは問答試験ということですか?」

「いいや、ただの世間話じゃ」


 すごくあからさまに、遠回しに問答の続きに誘われている気がする。


「分かりました!検証のためですので、しっかりと読ませて頂きます!」


 ……でも、必要ならしょうがないよね!






「……アキさん。それは何かな?」


 ラウレンス様の冷たい声が室内に響き渡る。


「え?据え置き型のランプの設計図ですよ?」


 でも、わたしだって負ける気はない。神呪の仕事で来たわたしが、神呪の仕事をしているのだ。


「そうだね。そうではなくて、その横に広げて君が一心不乱に目を通しているそれの話だよ」

「ああ、ペッレルヴォ様はこの本を読むためにランプが欲しいそうなのです。なので、本当に読めるかの検証のためにお借りしてきました」


 正直に言うと、ラウレンス様がスッと目を細める。


「……で、問い合わせや納品に行った時にその内容について雑談をするのかな?」

「よく分かりますね、ラウレンス様」

「…………そのためにランプの製造が滞るのは職務を遂行できていないよね?」

「でも、作る個数は最初と変えてないですよ?」


 こんなに毎日毎日ランプの神呪を描き続けていたら、いい加減慣れるし飽きる。神呪を描く速さはすごく速くなって、同じ時間で3割増しで描けるようになったので、空いた時間は別の神呪が描きたい。


「…………ふむ。…………なるほど、分かった。だが、どうせなら僕の注文も受けてくれるかい?」


 しばらく床を見つめながら何か考え込んでから、気を取り直すようにラウレンス様が目線を上げて言う。


「なんですか?」

「街灯を考えて欲しい」

「街灯?」


 思いがけない答えに目をパチパチさせる。街灯は既に避難所にあるし、大店が店の前に設置もしている。それではダメなのだろうか。


「火を燃やすタイプの街灯だと燃料がバカにならないのだ。そのせいで避難所以外に公的に設置することが難しくなっている。作動させるだけで光る街灯ができれば、町中だけでなく町と町を繋ぐ道路にも設置することができる」


 ラウレンス様がいつになく真摯な目で話す。僅かに見え隠れするこいねがうような色に、最初に召喚された時に頭を下げられたあの時にもこんな目をしていたなと思い出す。


「分かりました。ペッレルヴォ様のご依頼の後になりますが、考えてみます」


 もしかしたら、その街灯を一番望んでいるのは、アンドレアス様ではなくラウレンス様なのかもしれないと思った。





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