ペッレルヴォ師②

「ペッレルヴォ様は何のお仕事をされているのですか?」


 ランプの試作品を籠から出しながらペッレルヴォ様に尋ねる。

 ペッレルヴォ様は、敷地内の、本邸から少し離れた場所に一人で住んでいるという。領都に下りてしまうと登城するのが大変だということで、敷地内にあった小さな家を与えられているそうだ。

 本邸にも個室を与えられているので、週に何日かは本邸の個室で過ごし、残りの何日かは離れの家で過ごすのだそうだが、ペッレルヴォ様が、いつ、どこにいるのかは、誰も把握していないらしい。自由過ぎないだろうか。


「何だと思うかね?」

「うーん……研究をされてるんですよね」


 ただ歴史を研究するというだけで、こんなにいろいろと優遇されるものなのだろうか。


「ふむ。まぁ、そうじゃの。じゃが、研究は趣味のようなものじゃ。創成の神話が役に立つこと場などそうそうありゃあせん」


 ……まぁ、なんとなくそうだろうなとは思うよね。


「他には何もしていないんですか?」

「まぁ、時々何やら相談に来る文官もおるがの」

「んー?……相談係?」


 でも、それも時々でいいのなら、わざわざお城に住まわせなくても、相談したい人が家に出向けばいい気がする。


「ふむ。わしはな、見張り役じゃ」

「見張り?」


 誰のだろう。官僚たちだろうか。


「うむ。領主一族のな」

「え……?領主一族?」


 領主の見張りのために領主に家を与えられているのだろうか。


「アンドレアス様は昔、わしの教え子だったからの。わしにはなかなか頭が上がらん。アンドレアス様がおかしなことを始めたら叱り飛ばすのが、わしの仕事じゃな。適任じゃろう?」


 なるほど。たしかに、領主がおかしなことをすると領民は困ってしまう。


「でも、それ、誰が決めたの?」


 アンドレアス様が自分で任命したのだろうか。


「アンドレアス様の母君じゃの。わしをアンドレアス様の家庭教師に任じたのもマリアンヌ様じゃ。この森林領で、マリアンヌ様に逆らえるものはまだおらん」


 フレーチェ様はそんなすごい人の侍女だったのか。さすがフレーチェ様。そして、そんなにすごいマリアンヌ様にはできれば会いたくない。


「まだ?まだってことは、そのうち誰かが逆らえるようになるのですか?」

「アンドレアス様の婚約者じゃが……マリアンヌ様の姪にあたられるからの。もうじき結婚するじゃろうが、マリアンヌ様の目が黒いうちは好きにはできんじゃろうな」


 ……ん?姪って、兄弟の子どもだよね。ってことは、アンドレアス様のいとこ?


「……王族一家なんですね」


 マリアンヌ様にしろ奥様にしろ、あまり気は合わなそうだ。ドアの横に控えている二人をチラリと見ると、リニュスさんがちょっとうんざりした顔をしている。


 ……そうだよね。わたしとかリニュスさんとかは合わないよね。たぶん。


「そうじゃの。補佐領の領主が現王の五親等内と決められている以上、子が領地を継ぐためには王族の血を入れねばならん。王族の血筋はみな近いところで繋がっておるな」


 そういえば、アンドレアス様のご両親は政略結婚だとアーシュさんが言っていた。


「でも、王様は結婚できないんですよね?」


 何故だかは知らないが、王様になると子どもが持てなくなるらしい。そのため、王様になる可能性がある人は、その可能性がなくならないと結婚できないのだと習った。


「ふむ。王は子を作れんからの。まぁ、他にもいろいろあるが、どちらにせよ結婚はせんな」

「王族同士が結婚すると、王様になれる人が減ってしまうでしょう?」


 今の王様の五親等以内で、結婚していない人となると、そんなに多くないんじゃないだろうか。実際、アンドレアス様も補佐領を継いで、婚約者もいる。


「今のところ、王になる可能性が残っているのは6人じゃな。じゃが、血に問題はなくとも現王より年上だと継ぐのは現実的ではない。そして女性が継ぐと災害が多発するからこれも現実的ではない。実際に可能性があるのは3人かのう」


 その中の一人がナリタカ様のはずだ。では、ナリタカ様は今、王様になるかならないかとても不安定な立場なのだろうか。


「どうして女王が立つと災害が増えるのですか?」

「どうしてなのか詳しいことは分かっておらんが、どうも体の仕組みの問題のようじゃの。女性は体に子を産むための器官がある。これがどうも、世界を支える仕事に障りを起こすらしい」

「でも、災害が増えるだけで世界が壊れるわけじゃない?」

「そうじゃの。災害も時と場合によっては良い影響を及ぼすこともある。洪水が起きれば人は苦境に立たされるが、水が引いた後の土地には作物が育ちやすくなるとも言われる。過去にはそれを狙ってわざと女王を立てた時代もあったようじゃの」

「へぇ~」


 ペッレルヴォ様はさすがに物知りだ。ランプの試作を持ってくるたびに新しい本を与えられ、本を返しに来ると、その内容についての意見を聞かれる。そうして毎回結局、鐘一つ分くらい居座ってペッレルヴォ様の講義を聞くことになる。

 さすがに長居し過ぎかと思ったが、一度ペッレルヴォ様にそう断ったら、翌日ラウレンス様から、ペッレルヴォ様の暇つぶしにしっかり付き合うようにと言われた。まぁ、わたしもペッレルヴォ様のお話を聞くのは楽しいので、ラウレンス様がとても疲れた顔をしていたことは見なかったことにした。

 

「ランプはこんな感じで良いでしょうか?」


 以前作ったランプは、森に持ち込むことを想定していたので、前方を照らすことを意識して作っていた。だが、ペッレルヴォ様はランプを持ち歩くことはそう多くない。今回は、テーブルに置いて使うことを想定して作ってみた。


「ほぅほぅ、良いな」


 ペッレルヴォ様がランプを付けたり消したりして明るさを確認する。


「明るさの調整はできんのかの?」

「それは今、開発中です」


 鉄板の温度もそうだが、物理的に調節できるというのは案外難しかった。根本的な部分で改革が必要そうだ。


「では、1週間後にまた来るので、感想をお聞かせください」

「わかった」


 そう言うと、ペッレルヴォ様は早速ランプの明かりを頼りに本を読み始めた。窓にはカーテンがかかっている。


 ……今は境光、落ちてないんだけどね。


 新しく手に入れたものは早く使ってみたいものなのだろう。






「あ、アキちゃん。おかえりー」

「ただいま戻りました。ラウナさん」


 開発室に戻るといい匂いがした。見ると鉄板でクレープが焼かれている。厨房からもらってきた、普通の小麦粉のクレープだ。


「はい。アキちゃんの分」

「わぁ。ありがとうございます」


 中身はクリームとフルーツだ。少し酸っぱい。


「あ!これに木の実のハチミツ漬け入れたらちょうど良さそう!」

「ああ、この前使ってたやつ?いいわね」

「あ、でもあれ、売り物だから……」


 新メニューの開発のためならば仕方ないと割り切って使えるが、みんなで美味しく食べるためだけに商品を使うのは躊躇われる。買い取る形にするならば、自分が買い取る場合の金額をきちんと計算しなければならないだろう。


「うーん……いくらだろう。卸価格でいいのかなぁ」

「お店ではいくらで売ってるの?」

「2,100ウェインです」

「じゃあ、払うわよ?はい!食べたい人!」


 ラウナさんはそう言って、条件反射のように手を挙げた数人からお金を巻き上げ……徴収して渡してくれた。


「じゃあ、部屋から取って来ますね」

「あ、ついでにクレープの材料ももう少しもらってきてくれる?」

「はーい」


 ヒューベルトさんとリニュスさんと一緒に寮に行き、木の実のハチミツ漬けを取って来る。材料をもらいに行くので少し大きめの籠を準備する。


「ヒューベルトさんは地下に行くのは初めて?」

「いや、地下自体には調査で何度か来ている。だが厨房は初めてだな」


 前回はヒューベルトさんがちょっと用事があるということだったので、リニュスさんと一緒に来たのだ。別に来てもらってももらわなくてもいいのだが、地下の通路は上と違って汚い。汚れているのもそうだが、絨毯や壁紙がないので石壁がむき出しなのだ。ヒューベルトさんから見れば見苦しいのではないかと思う。


「地下に来ること自体には抵抗はないんだね」

「そうだな。ここで下働きをしろと言われれば抵抗はあるが、護衛の仕事で来る分には気にならんな」


 たしかに、下働きのヒューベルトさんとか想像が付かない。リニュスさんは割とどこでも楽しそうにやってそうだけど。


「こんにちはー。アキです。クレープの材料をもらいに来ましたー」

「んん?おお、嬢ちゃんか。おーい、クレープだとよ」


 何度か来るうちに、料理長とは結構仲良くなったと思う。糠漬け情報が功を奏したようだ。糠漬けは心強い味方だ。


「今日は具は何を入れるんだ?」

「ラウナさんたちがクリームとフルーツを入れてたけど、ちょっと酸っぱかったから木の実のハチミツ漬けを加えようと思って」

「ほぅ。そういや、そんなものを作ってるって言ってたな」

「うん。少し試食する?あとでクレープ持ってくるよ」

「お、いいねぇ。待ってるぞ」


 厨房にいる台所女中や洗い場女中がいっせいにこっちを見て目を輝かせる。


 ……やっぱり、自分でも一つ買わないとダメだね、これは。


 新商品の試食をしてもらうと思えばいいだろう。相手はお城の料理人と女中たちだ。出店で売る時に、お城の料理人も試食したと言えば、もしかしたらいい宣伝になるかもしれない。


「じゃあ、また後で来るねー」


 ひらひらと手を振って後ろを向くと、目の前に女の子が立っていてビクッとする。しかも、なんだかすごくじっとりとした目で睨まれていた。


「へっ!?……え、と……誰だっけ?」

「フン」


 ヒューベルトさんが少し立ち位置を変える。

 女の子は鼻をならしてツンと横を向くと、洗濯物を抱えて厨房に入っていった。


「アキちゃん、アキちゃん」

「え?なに?リニュスさん」

「あれ、この前の子だよ。ほら、階段で転んだ」


 そう言われて思い出す。初めてここに来た時に一緒になった子だ。


「ああ、ケガしてた子」

「別に階段で転んだわけじゃないわよ!階段上がってすぐのところに水がこぼれてたから滑ったのよ!」


 聞かれていたらしい。そして今日も洗濯物をたくさん抱えている。


「洗濯女中なの?」

「家女中よ!あんなのと一緒にしないで!」


 そう叫ぶと、女の子は大量の洗濯物を抱えてドスドスと足音荒く去って行った。


「あれはペトラ。洗濯女中の娘よ」


 ポカンとして見送っていると、台所女中の一人がクレープの材料を持って来て教えてくれた。


「娘?でも、さっき……」

「洗濯女中は軽んじられるからね。父親は誰か分からないらしいし。自分はああはなりたくないって口癖よ」

「え?お父さん、分からないの?」

「そ、まぁ、女中にはたまにあるのよ。とくに洗濯女中はね」

「アキ殿。用が済んだのなら行くぞ」


 台所女中はもっとしゃべりたそうだったが、ヒューベルトさんが遮ると、さっさと先に立って歩き出した。何か、わたしには聞かせたくない話だったのだろう。


「あ、じゃあ、またね」


 ペトラという女の子はもう廊下にはいなかった。足は治ったのかとか、あの後ちゃんと仕事に戻れたのかとか、気になることはいろいろあったのだが、向こうはあまり気安い雰囲気ではなかった。


 ……久しぶりにあめ玉作って持ち歩こうかな。


 森林領に来て、同じ年ごろのお友達はコスティしかいなかったので、少し気になる。まぁ、あめ玉くらいで懐柔できるような感じではなかったし、あんまり近づかないように言われてるから無駄かもしれないけれど。





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