調理場が欲しい

 何度も問い詰められたら面倒だし、何度も呼び出されるとアーシュさんも迷惑だろうと思って、必要なものは一気にお願いしてしまうことにした。ただし、仕事中は基本的にランプの材料を作ることになっているので、仕事が終わった後に居残りさせてもらって、調理場の設計図を描くことにする。


「うーん、竈を設置すると場所を取りますよねぇ」

「暖炉でいいんじゃねぇか?」

「いや、暖炉は夏は暑すぎるだろ」

「それを言うなら竈だってそうだろ?」


 マルックさんたちがああでもないこうでもないと話し合っている。マルックさんの班の人は、わたしが何かちょっと呟くたびに一つ一つ検証と議論を始める。多分、議論が好きで、常にネタを探しているんだと思う。


「鉄板じゃダメなの?火だと換気とかも必要になるんじゃない?」

「あ、そっか」

「暖炉の横に設置して煙突に繋げりゃいいんじゃねぇか?」

「いや、だが、燃料は?薪使って年中料理してたら部屋中煤だらけになるぞ」

「うーん……」


 リニュスさんの一言に食いついて、またああでもないこうでもないと話し合っている。傍から見ていると、いつもみんなで頭を突き合わせてうんうん言っていておもしろい。仲がいいんだなと思う。


「うーん、神呪だけで調理できる動具があればいいんだよねぇ」

「え…………作るのか?」

「新しい動具を……?まさか、ここで?」

「いや、それ王都の研究所がずっと考えてるやつじゃ……」


 わたしの何気ない一言に、みんながざわざわし出す。戸惑っている空気に、わたしも戸惑う。なんだろう。自分の発言のどこがそんな反応を引き起こすのか分からない。


「アキちゃん。動具についてはしゃべっちゃう前にアーシュ様に相談してね」

「あ、そうだった」


 なるほど。問題はそこだったか。


「そうだね。まだ相談もしてないもんね。作れるかどうか分からないね」

「うん。しかも、そんな動具ができたらクリストフさんの商売上がったりになっちゃうよ?」

「ハッ……!そうか」


 それは大変だ。炭の代わりになるような動具は止めておいた方がいいかもしれない。代わりに、炭を補充しておけばすぐ炭に火が付くような動具とかがあるといいかもしれない。


「いや、そういう問題じゃないんだけどな……。もういいか、なんでも。才能って怖ぇな……」


 なんだかマルックさんが脱力しているが、とりあえず急ぎたいので、炭を使う方向で考えようと思う。





 

 それから1ヶ月。使いそうな動具は全て出揃ったと思う。

 近くの水管から水を引き出す動具は、小さい頃にすでに作ったことがあったので、地下の水管から地上に設置した水管にピンポイントで移すようにちょっと神呪を描き替えただけだし、火については、当初の予定通り炭を使うことにした。ただ、炭を補充しているだけで簡単に火が点けられてしまうと、慣れていない者にとっては危ないと言われたので、以前コスティのために考えた、火を熾すための紙を使うことにした。


「排水を処理できないのが残念だなぁ」

「まぁ、それはしょうがないわね。すぐにできるものでもないもの」


 1ヶ月の間に、わたしが見る班はラウナさんの班になっていた。もっとも、マルックさんもまだちゃんと描けるようになってはいない。ただ、発光はまだしなくても、力がちゃんと流れていることが確認できたので、あとは自分たちで試してみたいと言われたのだ。


「それにしても、この貯蔵箱、いいわね。温度が一定なんて」

「食べ物が腐る心配が減りますね。画期的です」

「いや、でもこれ、アキちゃん以外再現できないですよね。こんだけの量の神呪を安定して描ける人なんていないでしょ?オレとか絶対無理だし」


 本当は、上下に分けて温度を変えたものを作ってみようと思っていたのだが、それはアーシュさんにもう少し待つように言われた。上は氷ができるくらい冷たくて、下は物が腐らない程度の冷たさにすれば、夏になったら上の段で果汁とかを凍らせるたりできていいと思ったのだが、こんなお手軽な貯蔵箱で氷まで作れるような物は影響が大きすぎるので、根回しが必要なのだそうだ。


 それにしても、マティルダさんは今でも謎キャラで掴めない。神呪を描くときは普通に見えるのだが、興奮すると途端にうるさく騒ぎ出すのだ。ハチミツ飴が好きだというので、家に帰った時にたくさん持ってきたら、なんと壺ごと買ってくれて、飴を嘗めながら謎の踊りを踊っていた。


「できそうかい?」


 アーシュさんから届けられた部品を組み立てながらラウナさんたちとわいわい話していたら、いつの間にかラウレンス様が後ろに立っていた。いつも思うけど、ラウレンス様っていつからいるのか分からないんだよね。足音を立てないようにとかしているんだろうか。


「はい。たぶん、今日中にできるので、あとは調理器具と食材を揃えるだけです」

「それは良かった。うん。設計図もきちんと書けているね」


 わたしは今回、初めてきちんと設計図の書き方を教わった。厳密に、こう書かなければならないという形式とかがあるわけではないが、それでも最低限抑えなければならない所はあって、その部分はだいたいどの設計図でも同じような書き方をするらしい。

 例えば、最終的な仕上がり図を色んな角度から見たものだとか、断面図だとか、一ヶ所一ヶ所の細かい長さとか。「だいたい手のひらに乗るくらい」とかだと、手の大きさが人によって違うから職人が戸惑ってしまうのだそうだ。言われてみればもっともだ。


「調理器具はこちらで用意するよ。これからもずっと使うだろうからね。食材については、持ち込んでもいいし、城の料理人に頼めば分けてもらえるそうだよ」

「はい」

「それから、万が一ということもあり得るから、貯蔵箱には鍵登録できるようにしておいてくれ。朝と晩に私が開閉をする」


 他の動具にもいくつかの制約は付いたが、大した変更点はなかったので、その日のうちに作り終えることができた。






「失礼致します。神呪開発室のアキです。食材を分けて頂きに参りました」

「ああ。聞いてる。何がいるんだ?」


 お城の料理長は、大柄な男の人だった。リッキ・グランゼルムの料理長くらいの年に見えるが、こちらの方が少し大柄で身形もいい。


「牛乳と卵とバターです。クレープを10枚くらい作りたいんです」

「おーい、誰か用意してやれ!」


 料理長に言われて、台所女中が材料を用意してくれる。卵いくつとか言われていないのにサッと用意できるなんてすごいと思う。


「あと、中の具材に使いたいので鶏肉と調味料も少し分けて頂きたいです」

「ああ。具材なら少しでいいな。調味料は何だ?」

「穀倉領の味噌ってありますか?」

「はぁ?あるわけねぇだろ」

「では、塩と砂糖とハーブをいくつか入れてください。少し辛めの鶏肉を具材にしたいんです」


 何のハーブを入れるかはお任せすることにした。そもそもわたしはどんなハーブがあるか分からないので、入れてくれたもので作ってみようと思う。それでダメならエルノさんかカレルヴォおじさんに聞くことにする。


 料理長がどのハーブを入れるかを台所女中に指示している。指示する方もされる方も動きが素早い。出店のおじちゃん達とは動きのキレが違う気がする。


 ……エルノさんはこんな風になりたいんだね。


 うんうん頷きながら感心してみていると、横からわたしと同じくらいの背格好の女の子が入ってきた。くすんだ金色の髪に灰色の目をして可愛らしい顔立ちをしている。


「料理長、服の洗濯が終わったので置いておきました」

「ああ。ごくろうさん。それと、そこの服、持って行ってくれ。あと、階段に水が落ちてたからそれも拭いといてくれ」

「…………分かりました」


 女の子は一瞬目を見開いて何かを言いかけたが、すぐに気を取り直したように返事をして、汚れた服を受け取りに向かう。普通、台所の仕事も台所専門の女中も、他の部署とは切り離されている。もしかしたら、今言われた仕事はこの子の仕事じゃないのかもしれない。


「ほら、お前さんも。持ってきな」

「ありがとうございます」


 食材を受け取って、一緒に来てくれていたリニュスさんと揃って厨房を出ると、すぐ後ろにさっきの女の子が付いてきた。


「こんにちは」

「………………」


 とりあえず挨拶してみたが、じろりと睨まれただけで返事はもらえない。スタスタと早足で横を通り抜ける女の子を、今度はわたしが追いかける形になる。


 思わずリニュスさんと顔を見合わせると、女の子がチラリと目線だけで振り返る。


「見ての通り、あたし今、忙しいんです。用事なら他の人に言いつけてください」


 そう言うと、更に早足になって階段を小走りで上がって行ってしまった。

 事態が飲み込めず、しばらくポカンとしてしまう。別にわたしは何も頼んでいないのだけれど。


 ……よく分からないな。

 

 首を傾げてリニュスさんを見るが、リニュスさんも肩を竦めている。気にしなくていいかな。


「キャッ!」


 とりあえず、何の装飾もない使用人用の石造りの階段を上っていると、階上から女の子の悲鳴が聞こえた。


「どうしたの!?」


 階段を上がると、女の子が座り込んでいた。洗濯ものは床に放り出されている。


「いったぁ~……」

「もしかして、水で滑ったの?」

「フンッ…………いっつ……!」


 女の子は顔を背けて立ち上がろうとして、また座り込む。足首を抑えているので傷めたのかもしれない。


「どうした!?」


 使用人用の地下への入り口は、お城の入り口から入ってすぐ横にある。ホールに詰めていた衛兵にも声が聞こえたらしく、二人の衛兵が駆け寄って来る。


「あ、転んで足を傷めた……」

「いえ!なんでもないです!」


 事情を説明しようとしたわたしを遮って、女の子が元気に返事をする。


「チッ家女中か。早く片付けろ!」

「はい!申し訳ありません!」


 衛兵の強い口調にちょっと呆然としてしまう。相手はわたしとそう変わらない年恰好の女の子だ。手伝えとまでは思わないが、心配する様子くらいはあってもおかしくないと思うのだが。


「アキちゃん。行こう」

「え……?でも、この子、足傷めてるよ?」

「……失礼だが、どちらの?見ない顔だが」


 衛兵の一人がわたしとリニュスさんを交互にじろじろと眺めて怪訝そうに問いかけてきた。


「申し遅れました、神呪開発室のアキ・ファン・シェルヴィステアと申します。こちらは護衛のリニュス」

「神呪開発室?……ああ、新しく入った神呪師の……」


 軽く淑女の礼を取ると、衛兵が納得したように姿勢を正す。


「では、こちらは構いませんので、どうぞお進みください」

「え?でも……」

「アキちゃん」


 どうしようかと迷うわたしに、リニュスさんが声をかける。たぶん、関わるなということだろう。


「では、失礼いたします。何かありましたら、ご連絡くださいませ」


 サクサク進んで角を曲がったところでリニュスさんを振り返る。


「どうしてあの場にいちゃいけなかったの?」

「同じくらいの背格好だったからね。おかしな感情を持たれても面倒だ」

「おかしな感情?」


 誰が誰にどんな感情を持つのだろう。同じくらいの背格好というのは、わたしとあの女の子のことだろうか。


「同じくらいの年の女の子が二人いて、一人は綺麗な恰好をして護衛を連れて衛兵に礼を返されてる。もう一人は女中服を着て料理長や他の女中に命令される身で衛兵に気にかけてももらえない。相手の子がアキちゃんに逆恨みのような感情を持ったっておかしくないよ」

「…………たしかに、服は違うけど……。でも、わたしだって庶民だよ?ここを出れば職人階級の服を着て料理だって洗濯だって商売だってするよ?」


 わたしとあの子はそれほど違いはないと思う。どちらも仕事をする身分だ。そもそも、厳密に言えば王族以外はみんな労働階級なのだから、服や職業が違ってもそれほど大差ないと思う。


「外に出ればね。でも、あの子にはそんな姿は見えないだろう?アキちゃんは特別待遇でここにいるんだ。少なくとも城内ではそういう目で見られるし、実際にアキちゃんは優遇されてる。時間が空いたら好きなように神呪を作ったり本を読んだりしているだろう?あの子は家女中だからね。ちょっとでも手が空いてればいろんな人からいろんな雑用を言いつけられる立場だ。全く違うんだよ」


 それは分かる。たしかにお城にいる間は全く違う立場だ。だが、一歩外に出れば同じ立場なのだ。足を傷めているのを知っていて、素通りするのは難しい。


「地下階や洗濯場にはああいう子が何人かいる。いい子もいるかもしれないけれど、良くないことを考える子もいるかもしれない。オレはアキちゃんの護衛の立場だからね。アキちゃんに少しでも危害を銜えそうな気配がすれば遠慮なく叩きのめすよ。たとえ10歳の女の子が相手でも。そういうところを見たくなければ、できるだけ近づかない方がいい」


 俯いて納得できずにいるわたしに、珍しく厳しい口調でリニュスさんが言う。納得はできないけれど、リニュスさんが護衛の立場で、敵だと思えば容赦することはできないことは分かる。


「分かった。あんまり近づかないようにする」


 わたしの言葉に、リニュスさんがホッとした表情をする。ヒューベルトさんやリニュスさんにとっては、ここは他所の城だ。町にいる時より緊張しているのは一緒にいて分かる。ただでさえ負荷をかけているのに、これ以上の迷惑はかけられない。


 ……使用人は基本的に地下にいるし、洗濯女中は離れたところにいるんだもん。そうそう近づくことはないよね。


 とりあえず、食材をもらいに行く時は充分に気を付けようと思う。






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