光のランプ

 わたしはふと、思い出したことがあって、ダンに相談することにした。


「ダン……。わたし、10歳じゃないかな?」

「あぁ?なんだいきなり」


 この前、わたしの年齢が違うと分かったのだ。その時はその暗黒の1年間の話が衝撃的過ぎて忘れていたが、1年間記憶が飛んでいると言うことは、わたしは先日10歳になったはずなのだ。


「仕事の手伝い先、早く見つけないといけないよね」


 普通、子どもは10歳から手伝いという名の仕事見習いを始める。成人までにいろいろ試したいと思うならば、一刻も早く仕事先を見つけなければならない。


 今まで誰も気づかなかったのは、仕方ない。庶民は、今が創生何年かなんて気にしないのだ。自分の人生に関係するできごとは、どこどこの誰誰さんが生まれた年だとか、息子が何歳の時とかいう覚え方をする。自分に関係ない歴史のことなんて興味もないので、それで通じてしまうのだ。


 ……わたしの場合はきっと、「アキが来て3年」とかだったんだろうな。


 そして本人が4歳で来たと言い、保護者が否定しなければ、わたしの年齢はみんなの中で7歳に決定してしまう。日頃から戸籍を扱っている役人でもなければ、特に違和感もないだろう。


 ……ダンもそれを狙ったんだろうな。


 つくづく、ダンの周到さに驚いてしまう。そういえば、ああ見えてダンは日常生活でも、細かい部分まで拘るタイプだ。


「……何かやりたいことがあるわけじゃねぇんなら、今のままでいいんじゃねぇか?」


 わたしをのんびり眺めて、ダンが気楽に言う。


「それじゃ、成人した時に仕事がないってなっちゃうかもしれないでしょ?」


 神呪師になれるかは相変わらず分からないのだ。念のための準備はしておいた方がいいだろう。


「今の仕事をすりゃいいじゃねぇか。成人してからも」

「…………」


 わたしは大きく見開いた目をぱちくりする。


 ……なるほど。その手があったか。


「コスティのハチミツの量が増えれば取引先も増えて来るだろ?いざとなりゃ、それで食ってけるんじゃねぇか?」


 たしかに、ハチミツ関係は一つの値段が高いので、納品が増えれば収入は跳ね上がる。充分生活していけるだろう。なんだか目が覚めた気がする。


「……ハ」

「は?」


 ……そうと決まれば、その方向で動かねば!


「ハチミツ飴の売り方を考えることにする!」


 念のため、ハチミツ飴と木の実のハチミツ漬けの二本立てで行きたいと思う。






 光の神呪については結局、ダンにも神呪の中身がよく分からないので、買い出しの日を一日潰して目の前で描いて組み立てるという作業を行うことにした。もちろん、アーシュさんも参加する。


「これを、この部分に描きたいの。そうしたら、発光の神呪がこの炭の中に入ってこっちに出て行くようになると思うの」


 発光させるための神呪はまだ分からない部分が多いので、使える素材が限られている。とりあえず元の素材は何でも良くて、炭の状態であれば光る。炭に直接神呪を描いて作動させるだけで、光量の違いはあるが、とりあえず光る。


「ああ、ここにあの炭が入るわけか」


 いろんな素材を炭にして実験してみた結果、今のところ、竹が一番長く光っている。5日経ってもまだ光っているし、消えそうな気配もない。ただ、どの素材にしても、窯の入り口付近の低めの温度で作るともろくなって、作ってる間に壊れたりしてしまう。普段クリストフさんが作っている炭くらい硬くする必要がある。


 ……まぁ、そんなに大きくなくてもいいから高くはならないと思うけど。


「竹の炭がいいのなら、たくさん作る時は穀倉領で作る方がいいかもね。輸送費がかからずに済むよ」


 なるほど。それで更に安くなるならその方がいいだろう。


「んで?ああ、こっちで固定させてここで作動させるのか」


 ダンはさすがに察しが良い。わたしの親切丁寧な絵入りの仕様書を見ながらどんどん確認を進めていく。みんながこれくらいスムーズに分かってくれたら嬉しいと思う。


「しかし、これ、何の絵描いてんのかさっぱり分かんねぇな。実物あるから何とか分かるが、これを解読できた職人はすげぇな」


 ……これは、職人さんがすごく褒められてるんだね。


 ダンを半眼で睨みながら、わたしも心の中で職人さんを褒め称える。ピッタリはまって全然ズレることなく作られているその技術力は、素直にすごいと思う。


「ふぅん。まぁ、とりあえず発火する類の神呪は入ってなさそうだな」


 念のために、炭を水の膜で覆う神呪も使っているのだ。大丈夫だろう。

 ダンの許可が出たので、わたしは早速作業に取り掛かった。


 ちなみに、場所は炭やき小屋のすぐ近くだ。一応、今日は炭化が行われているので、ダンもこちらに付きっきりというわけにはいかない。というか、クリストフさんが興味を示したので、気を遣ってみた。


 ……こんなに大勢に見られて作業するのって初めてかも。


 王都にいた頃は、大人の目は常にあったが、みんな仕事があったのでじっと見られていることはなかった。穀倉領に移ってからは更にない。なにせ、こっそりやらなければならなかったのだから。


「えっと……期待させちゃってて悪いんだけど、簡単な作業からやるから、出来上がるまで結構時間かかるよ?」


 ぐるっと見回して言ったが、みんな微笑んで頷くばかりで離れる様子はない。仕方がないので、みんなのことは意識から捨て去って、作業を始めることにした。


 神呪具を構えて目を閉じて、一度深呼吸する。


 静かに、ゆっくりと目を開ける頃には、もう周囲の景色などわたしの視界から消え去っていた。






「……できた」


 神呪を描いて組み立てるという作業を止めて、大きく息を吸って意識を引き上げる。


 徐々に視界が広がり、周囲の音が耳に入って来る。


「……つ、疲れた…………」


 そのまま横向きに地面に倒れこんで、肩で息をする。


 いつも思うけど、集中して神呪を描いた後ってすっごく疲れる。走った後みたいに息が切れて力が抜ける。全然動いてないのに。


 ……もしかして、神呪書いてる時って息し忘れてたりしない?


 神呪を描いてる間のことはあまり記憶に残らないから分からないけど。


「ん、どれどれ」


 ダンが、出来上がったランプを上から横から見まわしている。


「どぉ?」


 横向きに倒れこんだ姿勢で、横目でダンを見上げて聞く。


「いいんじゃねぇか?あの神呪は発光させるだけなんだろ?それ以外は特に危険な感じはなかったと思うぞ」

「まぁ、発光の部分以外はよく使うものだからね」


 ダンと話している間に呼吸が整ってきたので、ゆっくりと起き上がってアーシュさんを見る。


「あれ、みんなどうしたの?」


 ダン以外のみんなが、目をパチッ開いてわたしをじっと見ていた。こんな大人が、揃ってこういう、ちょっと間抜けな表情を浮かべているのは珍しい光景だと思う。


 わたしも思わず、首を傾げてみんなの様子をまじまじと観察してしまう。


 ……ヴィルヘルミナさんもアーシュさんも、間抜けな顔してても美人なんだね。そして、クリストフさん……クマ感が…………。


 いつもは表情が引き締まっているのであまり感じないが、表情が緩んでいるクリストフさんは、緊張感のないクマだと思う。


「え、いや……すごいね……」


 アーシュさんが気を取り直すように数回瞬きをして、頭を振って答える。


「……元々集中力がすごいのは知ってたけど、神呪が絡むと別人だね」

「そうなの?」


 自分ではよく分からない。集中してるのは分かってるけど、それは本を読んだりするときも同じだと思う。神呪の時だけ別人になるのは、やっぱりあの記憶が遠いあの頃と関係あるのだろうか。


「まぁ、小さい頃から集中しだすと正気に戻すのが大変だったからな」


 関係ないらしい。生まれつきだった。


「アキちゃん……大丈夫?すごく疲れてるみたいだけど……」


 ヴィルヘルミナさんが屈んで心配そうに聞いてくる。そんなに疲れて見えるのだろうか。


「うん。大丈夫。でも、すごく疲れてるからすぐには動けないけど」

「ええっ!?そんなに!?」


 ヴィルヘルミナさんは驚いているけれど、動具を作る時はいつもこんなものだ。特に今回は描き慣れない部分がけっこうあったので、神経を使ったんだと思う。


「なんだかまだ頭がぼんやりしてる。アーシュさん、ランプ作動させるのはもう少し休憩してからでもいいかなぁ?」

「うん?いいけど、作動させるだけなら僕がやろうか?」


 アーシュさんがそう言ってくれるけど、まだダメだ。誰が作動するにしても、上手く行かなかった時に何がどうダメだったのか検証しないといけない。この、回らない頭では、きちんと検証することができない。


「ん~ん。検証、わたししかできないから」

「そうだな。とりあえずこいつは昼寝させてくる。あんたはそのまま残ってもいいし、後で出直してきてもいいぞ」


 そう言って、ダンはわたしにランプを持たせてわたしを抱き上げた。


「だが、検証は後日というのは無理だ。たぶん、目が覚めたら真っ先にこいつは検証に入るぞ」

「あぁ……。まぁ、そうでしょうね。その気持ちは分かりますよ」


 アーシュさんが苦笑するように言う。


「アーシュさん、ちょっと待ってて。今は眠くはないから動けるようになったらすぐ始めるから」


 わたしだって、早く検証してみたいのだ。興奮していて全く眠くならない。


「ハァ。とりあえず、全員解散だ。検証は昼飯の後にするぞ」


 眠くはなかったはずなのに、ダンが歩くのに揺られているうちに眠ってしまったらしい。起きた時にはもう後の3の鐘が鳴った後だった。






 目が覚めて、みんながもう一度集まると早速検証作業に入った。検証作業と言っても、さっき作ったランプを作動させるだけだ。


 神呪に意識を向けて力を流すと、炭がパァッと発光した。


 燃えているのではない。火とは違う、黄色っぽくて強い光だ。間違いなく発光している。


 ……やった!成功してる!発光の神呪が描けてる!


 わたしもパァッと顔を輝かせて顔を上げると、アーシュさんが固まっているのが目に入った。

 目を見開いて、言葉もないといった様子だ。


「…………え?」


 ……なに?


「……あ…………」


 アーシュさんが少し口を開いて何かを言いかけて、そのまま息を飲む。その愕然とした表情に交じる僅かな怯えを感じ取って、自分が作り出したものの異様さを改めて思い知らされる。


 ………もしかして……わたし、また、取り返しのつかないこと、しちゃったのかな。

 

 無邪気な喜びがスッと引いて萎んでいって、代わりに不安が膨らんでくる。神呪の失敗は、真っ暗になった、あの出来事を思い起こさせる。


 誰も何も発さず、みんなで目を見張って息を詰めて光を灯すランプを見ている。そんなみんなの反応が怖くなって、咄嗟にダンを振り返った。


「…………ダン」

「……ん?ああ、それで成功なのか?」


 その言葉に、ホッとした。強張っていた体の力が抜けていく。


 肩眉を上げて聞いてくるその表情も口調も、いつもの見慣れたものだ。それだけで安心する。


「うん。できた。成功だよ」


 ホッと息を吐いて答える。ダンがいつも通りなのだから大丈夫だろう。


「そうか。まぁ、神呪と加工品は上手くいってるみたいだな」


 ダンが自分でも作動してみて言う。人が使っているのをちょっと離れてみると、ああ、ホントに光を生み出してるんだなと改めてわかる。間違いなく成功だ。


「うん。でも、もうちょっと広い範囲に明るさが欲しいね。流れる力を大きくすればいいのかな」

「それもあるが、凹レンズをもう少し削ってもいいかもしれねぇな。神呪以外の部分で工夫ができる方が商品にしやすい」


 なるほど。商品化するパターンをすぐに想定できる辺り、さすがはダンだ。


「でもさ、もっと力を大きくして明るくできたら、境光が落ちた時も部屋が明るくできるかもしれないね。蝋燭や油のランプの明かりじゃ小さくてあんまり仕事は捗らないでしょ?」

「ふぅん。なるほどな。そこまで想定した上で作るんなら、加工部分ももう少し考えた方がいいな」


 話がどんどん膨らんで、ワクワクしてくる。でも、とりあえずは出歩く際に持ち歩くランプだ。


「アーシュさん、これあと何個か作りたいんだけど、部品、頼める?」

「……あ?あ、ああ……分かった。できるだけ早く準備させる。……ところで、今作ったランプはどうするんだい?」

 

 アーシュさんがハッとしたように答える。その口調で、欲しいんだろうなというのは分かったけど、ここは簡単には譲れない。


「コスティにあげるの。コスティはずっと協力してくれてたから」

「…………ぅうー……、分かった。でも、次にできた時には僕にもくれる?なんなら購入するからさ」


 アーシュさんが苦し気な呻き声の末に、頷いてくれた。


 ……良かった。この部品、アーシュさんが用意してくれたものだから、どうしてもと言われたらあげなきゃいけないかなと思ってたんだよね。


「お金はいらないよ。アーシュさんにはいっぱい助けてもらったし、部品だって手配してもらってるもん。ちゃんと助け合いになってないとダメでしょ?」


 そう言うと、アーシュさんはプッと噴き出して。次の部品の手配をするからと、急いで帰って行った。


 一仕事終わってホッとしたわたしは、そのまま夜までランプの改良を考え続けた。お昼に眠ってしまったから、夜は眠くならないかなと思ったけど、そのままテーブルで寝てしまったみたいで、翌日ダンに怒られた。忘れがちだけど、わたしはお子様なのだ。規則正しい生活を取り戻さなければ。


 それから5日程して、アーシュさんが部品を持って来てくれた。わたしはそれでさらにランプを作り、そのうちの2つをアーシュさんに渡した。ナリタカ様も欲しがったんだって。

 わたしはナリタカ様とお互い様になるつもりはないので、ナリタカ様に渡すんだったら商品代を払ってもらえば良かったと、後から思った。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る