コスティのお手伝い

「ダン、毎日コスティの家に行きたいんだけど、何かいい方法ないかなぁ?」

「森に行くときだけじゃなくてってことか?難しいな」

「コスティに迎えに来てって行ったんだけど、ダメだったんだよ……」


 わたしはしょんぼりと言う。コスティには面倒臭いの一言で片づけられてしまった。でも、クリストフさんに送ってもらおうと思うと、月の半分しか通えない。


「わたし、お手伝いするって言ったんだけどね。わざわざ送り迎えするほど役に立つ気がしないって言われたの……」


 コスティは、なかなか辛らつだ。だが、たしかに言われてみればなるほどと思う。自分で言うのもなんだが、それほど役に立つ気はしない。


「へぇ。随分ハッキリ物を言う奴だな」


 ダンはおもしろがるように言うが、わたしの悩みは解決しない。どうすればわたしが役に立つと示せるだろうか。わたしは、蜂の知識も森の知識も何もないのだ。


「長期戦で行くしかないだろ?」

「長期戦なら方法はある?」

「当面は町で出店を出す時だけ一緒に手伝うってのはどうだ?それで何かしら結果が出せればお前が役に立つって思ってもらえるだろ?」


 ダンの提案に頭をひねる。コスティの出店で手伝うことが、思い浮かばない。


 ……お肉屋さんとかなら焼いたりできるけどね。


 ハチミツは、小さな机の上に並べてあるだけだった。


「店番とか?でも、ハチミツ、売れないんだよ?店番二人もいらないよ」

「町でできることはいろいろあるんじゃないか?」


 ダンが肩眉を上げて、何かを促すように言う。町でできることって何があるだろうか……。


「とりあえず、次に行った時に出店をいつ出してるのか聞いて来いよ」

「……分かった」

「たぶん、町民と関わるのはあの少年よりお前の方が向いてるぞ」


 ダンが笑いを含んだように言う。わたしに何か良い案があるわけでもないので、とりあえずダンの意見に従うことにした。






 次の日は、買い出しの日だ。炭やきの工程には窯の前から離れられない作業があるので均等ではないが、だいたい4日から7日に一度は買い出しに出かける。クリストフさんの馬車に乗せてもらうので、買い出しは三人で行くことが多い。


 町に入って少し奥に向かうと、広い馬繋場を兼ねた避難所がある。ここは、避難所が通り沿いにあり、横道を奥に入ると馬車を停めるスペースになっている。領都に炭を卸に行く場合は、馬車をお店に横付けして荷を運ぶのだそうだが、買い出しの時は、時間がかかるしあっちこっち見て回るので、馬車を預けて徒歩で回る方が便利なのだ。こういう避難所が町にいくつか点在しているので、買い出しの目的によって馬車を停める場所を変えている。


「わたし、先にコスティのお店に行ってみていい?」

「いや、行くのなら一緒に行った方がいい。治安の問題もあるし、アキはまだこの町に慣れていない」


 コスティがいつ出店を出しているのか分からないので、とりあえず行ってみようと思ったのだが、クリストフさんに止められた。もう8歳なので、そろそろ一人で出歩いてもおかしくない年なのだが、たしかに、迷子になったら帰る手段がない。穀倉領にいた頃と違って、わたしはこの町に住んでいるわけではないし、送ってもらえるほど警邏隊の人と仲良くなってもいない。


 納得したわたしは、クリストフさんとダンと一緒に歩きながら軽くため息を吐いた。違う土地に来たのだと分かっているのだけれど、それがわたしの行動にどういう制限をかけるのかが予測できなくて、いまいち思い切ったことができない。そのうち、慣れてくれば一人で行動できるようになるとは分かっていても、時間が過ぎていくのを感じると焦ってしまう。


 ……あと二ヶ月もすれば、寒くて何もできなくなってしまう。


 森林領は穀倉領よりも寒いとダンが言っていた。雪が積もれば、行動は制限される。冬になる前に、何か春に繋がるものを見つけておきたいのだ。思うように身動きができない状態で、何の希望もないまま時間が過ぎるのを待つのは辛いことだ。


 ……できることを探さなきゃ。


「……少し、冒険してみるか」


 俯いて考え込んだわたしの頭に、ダンがポンと手を乗せる。


「冒険?」

「ああ。もしあいつの出店が出ていたら、オレ達とは別行動をしていいぞ。ただし、後の2の鐘を合図にさっきの馬繋場まで戻ること。3の鐘までに戻れなければ、近くの避難所で待機してろ。オレが探しに行く」


 首を傾げながらダンを見上げると、わたしを見下ろして得意顔で笑う。


「ホント!?やりたい、やりたい!」

「では、オレも参加しよう」


 ダンの提案に、クリストフさんも協力してくれるようだ。クリストフさんはダンよりもずっとこの町に慣れている。これで迷子になっても安心だ。


 ……冒険できるといいな。


 わたしは、コスティがいてくれるのを期待しながら、わくわくといつもの避難所に向かった。







「コスティ!」

「ん?……おお」


 コスティが座ったままわたしに向かって気が抜けた挨拶をくれる。


「売れ行きはどうだ?」

「クリストフさん。いえ……」


 クリストフさんが声をかけたとたん、スッと立ちあがってビシッとした体制で返事を返す。どういうことだろうか。


「……そうか」


 クリストフさんには驚く様子もない。ここでこうして並べてたって買う人はいないと分かっていたのだろう。


「では二人でいろいろと工夫してみるといい」

「二人で?」

「わたしもお店、手伝うよ!」


 訝し気なコスティに、ハイッと手を上げて名乗りを上げる。


「いえ、店番は足りてますから」


 なぜ、わたしを見た瞬間、わたしではなくクリストフさんにお断りを申し出るのか。


「別に、お給料が欲しいなんて言わないよ。買い物にわたしが付き添っても、どうせ戦力にならないんだよ」

「戦力ならないならなんで来たんだよ?」

「コスティの戦力にはなるかもしれないでしょ?」

「…………ハァ。邪魔はするなよ」


 わたしがちょっと口をとがらせて言うと、ため息を吐く。きっと、クリストフさんの邪魔になるくらいなら引き受けようとか、そういうつもりだと思う。わたし、まだそんなにクリストフさんの邪魔になるようなことなんて、やってないのに。


「じゃあな。2の鐘までだぞ」

「分かった。コスティも聞いてるから大丈夫」

「は?オレ?」


 突然の指名にビックリしたようだが、わたしには別世界から引き戻す人が必要なのだ。


 ……コスティ、がんばれ。


「まぁ、お前はお前のやり方で頑張れ」


 心の中でコスティを激励していると、ダンが頭にポンと手を置いて広場から出て行った。


「……あの人はお前の父親なのか?」


 一連のやり取りを見ていたコスティが、なにか腑に落ちない感じで聞く。


「ううん。他人だよ。保護者なんだよ。両親はもういないんだ」

「ああ。なるほど。道理で若そうだと思った。……いい人だな」

「うん」


 コスティに褒められて嬉しくなる。そうなのだ。ああ見えて、ダンはわたしの自慢の保護者なのだ。


「それにしても、みんなダンのこと、お父さん?って聞くね。年が合わないのに……どうしてだろう?」

「仲がいいからじゃないか?……血がつながってなくても、あんな風に見守ってもらえるものなんだな」


 コスティがぽつりと言う。そういえば、コスティはお父さんとあまり上手くいってないようだった。


「他人だけど、ダンはわたしが生まれる前から家にいたの。それこそ、お父さんよりダンの方が一緒にいた時間は長いかも」


 お父さんは結構忙しい人で、研究所に泊まりこんだりお城に泊まりこんだりとかもしていた。しかも、わたしがおかしな神呪を描き始めると、お父さんまで一緒に描き始めるのだ。わたしを諫めるのはいつもダンだった。そういう意味でも、わたしにとってはダンの方がお父さんみたいだった。


「……ダンがいなかったらわたし、もしかしたら生きてここにいなかったかもしれないんだよ」

「……そうか」


 わたしの呟きに、コスティは静かに返事を返す。その小さな声に、きっと、コスティにもいろんなことがあったんだろうなと思った。





 そうしてコスティと店番をするのだが、驚くほどお客さんが来ない。全く、人が寄り付く気配さえない。元々、広場の一番奥にあって、お店も小さいので目立たないのだが、それにしても誰も来なさすぎる。ちゃんとみんなの目にお店は映っているのだろうかと心配になる。


「……お客さん、全然来ないね」

「…………悪かったな」


 別に悪くはないが、こうもヒマだと何か別のことがしたくなる。


「前に会った時からどれくらい売れたの?」


 前回クリストフさんにハチミツを買ってもらってから、ちょうど2週間だ。その間にも何度かお店は出しているのだろう。


「……一つ」

「え?」

「…………お前が買ってもらったあれだけだよ」


 コスティが拗ねたように横を向いて投げやりに言う。でも、あれは売れたというよりはクリストフさんがおまけで買ってくれたようなものだ。


 ……つまり、0?


「……お店、どれくらい出してるの?」

「……週に2回」


 週に2回、こんな風に誰とも話すことなく店番をやっているのだろうか。


 ……飽きないのかな。


「今までに売れた個数は?」

「……一つ」

「…………」


 わたしは決意を固めると、静かに立ち上がった。


「ちょっと、話を聞いてくる」


 そもそもハチミツというものが、どれくらい売れてるものなのか、何に使うのか、誰が欲しがるものなのか、10,000ウェインというあの値段が適正なのか、わたしは何も知らない。コスティが知っている気もしない。というか、今のこの雰囲気で、これ以上根掘り葉掘りコスティに聞きまくったら、機嫌を損ねてしまいそうだ。


 ……ただ置いておいても売れないんなら、売れるようなことを考えなきゃいけないよね。


 お肉だって、ただ置いておいたってそれほど売れないだろう。広場で、焼いて、食べやすく串に刺してあるから気軽に買おうと思わせられるのだ。


 わたしはひとまず、ハチミツについて何かしらみんなの認識を聞いてみようと、避難所を回ってみることにした。市場調査というやつだ。


 ……別に、お腹すいてるから何か買いに行こうとかいうわけではないよ!

 



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