市場調査

「おじさん、どれが何のお肉?」

「これが鹿だな。で、こっちが木登りネズミだ」


 いろいろと聞いて回ろうとは思うが、さすがに同じ広場で出店を出している人には聞き辛い。わたしは、コスティがいた広場を出て、通りをしばらく行った先にある広場に向かった。こちらの広場には初めて足を踏み入れるが、品ぞろえはあまり違わない気がする。


「じゃあ、鹿のお肉二つちょうだい」

「はいよ」

「ねぇねぇ、ところでさ、おじさん。ハチミツって知ってる?」


 おじさんがお肉を温めている間に雑談を始める。この、待っている間というのが絶好の情報収集期間なのだ。おじさんも、お客さんを黙って待たせておかなくて済むので、気前よくいろいろと話してくれる。


「ああ、知ってるよ。高級料理に使ったりするらしいぞ」

「え?料理に使うの?」

「そうさ。砂糖より濃い甘さがするんで、砂糖の代わりに使うんだよ。そのまま食べると喉の奥に響くほど甘ったるいぞ」


 ……喉の奥に響く?


 よく分からない。ダンは死ぬほど甘いって言ってたけど。


「おじさんは食べたことあるの?」

「ああ。料理の修行してた頃に一度だけな。そりゃあ、すげぇ甘さでさ、今でもその時の衝撃が忘れられないくらいだ」


 おじさんはアハハと笑う。でも、おじさんが修行してた頃って、きっと今から10年とか20年とか前の話だよね?その時に一度だけってことは、やはりそうそう手に入るものではないのだろう。


「そんな高いの、誰が買うの?」

「そりゃあ、ちょっとお高い食事処や薬剤店だろう」

「薬剤店?」


 こんなところでも出てくる、薬剤店という言葉にびっくりだ。


 ……薬剤店って何でも扱ってるんだね。


「薬として使ったりするらしいぞ。ほれ、焼けたよ。400ウェインだ」

「ありがと。おじさん」


 わたしは、薬剤店という言葉を頭に刻み込んだ。


 ……ガルス薬剤店があれば、買ってもらえるかな?あ、でもわたしは無理かぁ。


 せっかく強力な伝手があるのに使えない。世の中ってホントにままならない。


 わたしは思わずため息を吐いてしまう。しかし、どれだけ考えたって使えないものは使えないのでしょうがない。諦めて次の手を考えなければ。

 考え込みながら、果物串屋さんの前に立つ。今日の目的は話を聞くことなので、買う物の中身より、売ってる人の接客ぶりを見てお店話を選ぶ。まぁ、買う物もある程度は選ぶけどね。せっかくお金を払うんだし。


「おばさん、この白い串、何?」

「ああ、みかんの皮だよ」

「皮!?」


 みかんというのは、わたしが知る限り、皮をむいて食べるものだ。皮は汁や油なんかを搾って使ったりすることは知ってるけど、食べるなんて聞いたことがない。しかも、串に刺さっているのは白くて分厚い皮だ。この時点で、わたしの知っているみかんの皮とは違う。


「プッ、アハハハハ。みかんはみかんでも、そのまま食べてるみかんとは種類が違うんだ。こっちは少し値が張るんだよ。実は食事処に卸すんだが、皮はこっちで引き取って売ってるんだ」


 驚くわたしの表情がおもしろかったのか、おばさんは大笑いしながら説明してくれる。


「砂糖漬けなんだ。甘いよ。一つどうだい?」

「う~ん……。おばさん、これ、二つ買うから、中身を卸してる食事処、教えてくれる?」


 このみかんは普通のみかんより値が張ると言っている。ということは、このみかんを卸している先は高級店なのではないだろうか。


「んん?別にいいけど……大通りにあるリッキ・グランゼルムって店だよ」

「ありがと。おばさん」


 わたしは、とりあえず、鹿の肉とみかんの皮の砂糖漬けを手土産に、コスティのところに戻ることにした。







「というわけでね、ちょっとわたし、今からそのお店に偵察に行こうと思うの」

「いや、偵察って……」

「それでね、ダンと約束しててね、お手伝いは後の2の鐘までなの。もし戻ってくる前に2の鐘が鳴ったら、今日はそのままダンたちのところに戻って、今度また手伝いに来るよ。もしダンたちが来たら、リッキ・グランゼルムに行ったって伝えてくれる?」


 お土産の鹿肉とみかんの皮を片手に、わたしの話をポカンとして聞いているコスティにバイバーイと手を振って避難所を出る。


「大通りって、一番大きい通りだよね」


 領都から続く道は、このグランゼルムの町を南北に突っ切っていて、これが大通りともいえる。だが、途中で東西に延びる道と十字に交わっていて、西の川を渡って行く人も多いので、実際の人通りで言えば、北の入り口から十字路を西に曲がってそのまま西の入り口に向かう道沿いが一番行き来が多い。


 ……どっちに行こう。


 わたしは十字路に差し掛かって、北と西のどちらに向かうか迷っていた。南という選択肢もまだ捨てられない。町に最初に来た時に停まった宿は北よりだったが、どこにどんな店があったかなんて覚えていない。

 とりあえず、縁がありそうな北の方に進むことにした。北に進んでお店がなければ、そのまま南に引き返して馬車まで戻ればいい。わたしは周囲の家々をキョロキョロと見回しながら、北に進んだ。


「あ、あった!」


 リッキ・グランゼルムは、十字路を北に向かってすぐのところにあった。たしかに、他のお店と違って少し大きい。だが、領都と同じくカラフルな町並みに溶け込んでしまっているので、看板を注意して歩いていなければ見落とすところだった。


 わたしは、お店の前に佇んで困ってしまった。店員さんに話を聞こうにも、ここに入る理由がないのだ。


 ……ちょうど店員さんが出てきてくれたりしないかなぁ。


 しばらくお店の前をウロウロして待ってみたが、そう都合よく店員さんが出てくるはずもない。さっき通りを歩いている間に後の1の鐘が鳴ってしまった。時間がない。

 しかたがないので、十字路の手前で通り過ぎた避難所広場で聞き込みをすることにした。


 ……なんか、行列ができてたんだよねぇ~。


 通りを歩きながらチラリと覗いただけだったが、お肉を焼く香ばしい匂いと共に、一軒の出店に何人もの人が行列を作るのを目にしたのだ。きっと、珍しいものを売っているに違いない。


「ねぇねぇ、おじさん、このお店何を売ってるの?」

「ん?ああ、今日は羊肉の煮込みらしいよ」


 並んでいるおじさんに聞いてみたら、やっぱり珍しいものだった。広場で売ってある食べ物は、たいてい串に刺さっているのだ。煮込みだと、器を回収しなければならないので、売る方も買う方も手間がかかる。


「らしい?」

「ああ、日によって出してるものが違うんだ」

「へぇ~」


 横から出店を覗いてみると、木の椀にスープと肉を注いだものをお客さんに渡していた。値段は500ウェイン。高い。でも、買った人を見ると美味しいのが分かる。

 ハフハフと冷ましながら食べる人々を見ていると涎が出てくる。とても柔らかいらしく、口に入れてから長く噛み続けてる人がいない。わたしも食べたい。


「今日はあと三人まででーす!」


 じーっと見ていると、突然お店の人が声を上げた。店の前に並んでいた人々が、残り三人を残して散り散りになっていく。


「ねぇ、どうして今日はお終いなの?」

「今日の分がなくなったからだよ。あとはお店に来て食べてね」


 片付けを始めている親切そうなお兄さんに聞いてみると、さわやかな笑顔で答えてくれた。


「お店って、どこ?」

「すぐそこにある、リッキ・グランゼルムってお店だよ。君は旅行者かな?ちょっと高いけど、お父さん、お母さんに相談してみてね」


 お兄さんはわたしの身形をサッと見て言う。旅行者に見えるらしい。たしかに、靴はブーツだが、上着の中に着ているものが穀倉領で買ったもので、独特な柄をしている。でも、上着の前をしっかり合わせているので、中はチラッとしか見えないはずだ。このお兄さんはなかなか目聡い。

 しかし、わたしもそれほど間抜けではない。ちゃんとお店の名前を聞いていた。


「リッキ・グランゼルム!?やった!ハチミツのこと聞こうと思ってたの!」


 わたしは、お兄さんが話を聞いてくれている間にと思って急いで話しかけた。ちょっと強引かもしれないけどしょうがない。


「え?ハチミツ?」


 お兄さんは、面食らったように目をぱちぱちさせて聞き返してくる。


「そう。わたしのお友達がハチミツを作ってるんだけどね。なかなか売れないの。だから、普通はどれくらいの値段で、どういう人が買うのかを知りたいなって思って」

「ああ、市場調査ね。それにしても、どうして、うち?」

「出店でみかんの皮が売ってあってね。そのみかんの実は高級だから、リッキ・グランゼルムに卸してるんだって言ってたの。高級なお店ならハチミツも使うかなって思って。ハチミツって料理にも使うんでしょ?」

「へぇ~。それでうちに辿り着いたわけか。なかなか行動力があるね」


 お兄さんが感心したように言う。


「お兄さんのお店、ハチミツ使ってる?」

「う~ん、飲み物に入れたりするね。あとはデザートかな」


 ……なるほど。甘いんだからお砂糖みたいに使うのかな?


「値段って、どれくらい?」

「これくらいでだいたい10,000ウェインから15,000ウェインってとこかな。ハチミツの質にもよるね」


 お兄さんは両手の指で空中に大きさ描く。なるほど。コスティの値段設定は適正だったらしい。むしろ安いかもしれない。


 ……ハチミツの質ってなんだろう?


「わたしがお兄さんのお店にハチミツを買ってもらおうと思ったら、どうすればいい?」

「お、商談かい?」


 お兄さんが、おもしろそうな顔をしたとき、出店に並んでいた最後のお客さんがお金を払い終えた。


「おっと、片づけないと」

「あ!お兄さん、ここに来ればまたお兄さんとお話しできる?」


 片付けに向かうお兄さんに、慌てて声をかける。せっかく知り合いになれたのだ。いろいろと教えてもらいたい。


「ん?う~ん……そうだな。オレは火の日の昼番なんだ。火の日にここに来ればいるよ。君がハチミツを使った料理を何か考えて来たら、交換に話を聞いてあげてもいいよ」

「ハチミツを使った料理?」

「そ。オレ、リッキ・グランゼルムの料理人なんだ」


 なるほど。そういえば、領都の避難所広場で初めて話したおじさんも、近くのお店の料理人だと言っていた。森林領では、食事処をやっている人がちょっと出店を出すっていうのが当たり前のことなんだろうか。


「あ、ただ、店を開けてる時は忙しいから、話ができるのは準備に入る前か終わる直前くらいだけどね」


 ちょうど、今くらいの時間のことだろう。今日は運が良かった。


「う~ん……分かった。考えてみる」

「おー」


 お兄さんは軽い感じで手をひらひらと振って、出店に戻って行く。美味しいお肉の煮込みは食べられなかったけど、聞き込みの結果にはおおむね満足だ。

 だが、次の買い出しはちょうど7日後で火の日。一週間でハチミツの料理なんて考え付くだろうか。


 避難所広場を出て通りを歩いていると、後の2の鐘が鳴った。コスティのところに戻る時間はなさそうだ。わたしはそのまま、南口近くの馬繋場まで向かうことした。


 ……まずはハチミツを食べて味を確かめなきゃ。


 買ってもらったハチミツは、まだ食べていない。あの時買ってもらって良かった。


 どうなるか分からないけど、料理は好きだし新しい何かを考えるのは楽しい。わたしは久しぶりに心がウキウキするのを感じながら歩いた。体が久しぶりに軽く感じた。

 

 

 

 

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