限定販売の漬物
「ザルト、庄屋さんの奥さんにお願いがあるんだけど、どうしたらいいかなぁ?」
「は?庄屋さんの奥さん?」
翌日、ダンと一緒に工房まで行ってザルトに相談した。ダンには、ちゃんと取引が決まってから言おうと思う。壺の神呪のことがバレると止められそうだから。
「うん。ゾーラの口っていう食事処の女将さんといい人仲間になってね。わたしの糠漬けをお店で出したいって言われたの。だから庄屋さんの奥さんにお願いしてブランを大量に分けてもらいたいんだよ」
「いい人仲間ってとこには敢えて触れないことにするけど、庄屋さんとこなら、次の輪番の馬動車にちょっと乗せてもらえばいいんじゃないか?」
なんで敢えて触れないのかよく分からないけど、アイディアはとても良い。
「え!そんなことしていいの!?」
「お前一人くらいなら大丈夫だろ」
よし、それで行こう。
馬動車が停まる避難所に行き、警邏の人に次の馬動車が来る日を聞いたら明日だそうだ。ちょうど良かった。
「それにしても、アキちゃんはもう輪番終わってるだろ?まだ農家に用があるのかい?」
警邏のお兄さんが不思議そうに聞いてきた。
「この前、庄屋さんの奥さんからブランをもらってきて糠漬けを作ったんだど、だんだん糠床が減って来ちゃったの。だからまた、ブランを今度はもっとたくさんもらえないかと思って」
「へぇ、アキちゃん自分で糠漬け作るんだ?意外と偉いねぇ」
普通に「偉い」とだけ言えばいいと思う。
「でも、たくさんもらって、アキちゃん持って帰れるの?」
「あ」
わたしは小さいから一人くらい馬動車に増えたって構わないだろう。けれど、帰りは大量のブランをもらってくる予定なのだ。場所を取る上に、そもそもわたし一人では持てない。
「それに、突然行っても準備できないと思うよ?輪番の日は庄屋さん一家も忙しいんだろう?」
たしかにそうだ。わたしの都合だけで動いては、また迷惑をかけることになる。
……うーん、どうしよう?
「とりあえず、今日は御者に手紙でも託したら?オレが代筆してあげるよ」
「そっか、そうだね。自分で書くから代筆はいらないよ。紙とペンくれる?」
「え?アキちゃん字がかけるの?」
子どもは10歳になれば仕事の手伝いに入るので、そこで字を教えられる。だが、実際に働くのに字が必要な場面など滅多にないので、教えられても忘れてしまう。字が読めるのは工房長や組合長クラスで、更に書けるとなると、工房長でもできない者が多い。工房長が読み書きできなければ、教材を与えられて終わるので、教えられたことすら忘れている者もいそうだ。
「アキちゃんは神呪師のお嬢さんだからな。ダンさんに教わったんだろう」
ダンに教わったわけではないが、神呪師だからというのは正しい。神呪とは、神の力を呼び込むための特殊な文字なのだ。発音できないので文字というか模様のようなものだが、とても決まりが多く、難しい。早い段階で書物が読み書きができるようになっていないと、神呪を覚えるのは到底無理だ。
「ああ、ダンさんとこかぁ。道理でなんか話し方が賢そうなわけだ」
警邏のお兄さんは納得しながら紙とペンを用意してくれた。
「そういえば、神呪といえばさぁ、ここの手洗い、2ヶ月くらい前から急に調子が良くなったよなぁ?」
お兄さんが、思い出したように、周囲に話しかける。
「ああ!あの時間がかかってた方だろ?」
「そうそう、今じゃむしろ、あっちの方が早いくらいだよなぁ。しかし、突然なんでだ?」
……しまった。不審に思われてる。
警邏のお兄さんたちの会話に口を挟まないように、ドキドキしながら御者さんに預ける手紙を書き終えた。
ゾーラさんと約束してからちょうど一月。
あれから、ちょうど領都に来る用事があった庄屋さんが、ブランを避難所まで届けてくれて、あの紙とペンを用意してくれた警邏のお兄さんが、なんと見回りのついでにうちまで届けに来てくれた。あのお兄さんもいい人仲間に認定していいのではないだろうか。今度名前を聞いてみよう。
「こんにちはー」
わたしは、手土産の糠漬けをもって『ゾーラの口』にやって来た。さっき始めの5の鐘がなったところなので、食事処も多少手が空いているだろう。
「おや、アキちゃん、いらっしゃい」
今日はゾーラさんの他に、若い男の人と女の人がいる。
「あら、あなたが噂のアキちゃん?ホント、小さくてかわいい」
若い女の人が親しげに声をかけてきた。明るい笑顔と闊達な話し方がゾーラさんと似ている気がするが、縦にも横にもあまり大きくない。
「娘のタトラだよ、アキちゃん。こっちが息子のホフ。ところでアキちゃん。今、何か失礼なこと考えただろう?まぁ、詳しくは聞かないでおいてあげるけどね」
ゾーラさんが豪快に笑って言うが、これはたぶん、ゾーラさんが鋭いのではなく、よく言われることなのだろうと思う。
……いや、誰だって思うでしょう?
「糠漬けのお話しにきたんだけど……忙しい?」
「いや、ちょうど朝の仕事が片付いたとこさ。おいで」
ゾーラさんはドカッとカウンター席に腰かけた。わたしは、一つ分席を空けて座る。別に深い理由があるわけではない。単純にゾーラさんの幅が広くて隣に座りにくかったのだ。
「とりあえず、わたしの部屋で管理できる分だけの糠床を作ったの。これはそれで初めて漬けた物だよ。一つの壺でこれくらいの量。これと同じ壺があと4つあって、漬物はだいたい1日から3日くらいで出来るよ」
「4つか……まぁ、様子見にはいいかな。だけど本格的に欲しいとなったらちょっと足りないねぇ」
言いながら、女将さんがタトラさんに漬物を渡し、切って持ってくるように指示する。
「んー、ブランはあるんだけど、壺がないんだよね。まだダンに内緒で作ってるのから、これ以上壺をおねだりするとあやしまれてちゃうし。でも、本格的に取引してもらえるならちゃんとダンに話して壺も買ってもらうよ」
宿やなら、泊ってるのお客さんの食事だけなので十分なのだが、食事処だとお客さんが何度も入れ替わっては注文してくるのだ。足りないのは分かっている。
「ふーん……わかった。いいよ。とりあえず、一度の納品がこの4つ分で、一月間の約束としよう。そうだねぇ、漬けてもらう野菜はうちで準備して渡すから、漬かった漬物は毎日届けておくれ。一日に米を小袋2つ分でどうだい?」
野菜をもらって漬物にして持ってくるだけなので、わたしに求められるのは手間だけだ。米小袋2つ分と糠漬けを漬ける手間賃はそんなに変わらないのではないだろうか。
「それって、わたしが持ってくるものともらうものがだいたい同じくらいだよね?ゾーラさんはどうやってお金を稼ぐの?」
わたしは首を傾げながら、好奇心から聞いてみた。
「ふふん、限定販売と謳って高値で売り出すのさ。人は限定品に弱いからね。かわいらしい女の子が漬けたって言えば少しくらい高めにとっても売れるさ。実際旨いからね」
ゾーラさんはやり手だった。
わたしは、そんなやり方もあるのだと感心して、家を出た。取引が決まったので、ダンに話さなければならない。家で大量の漬物を漬けるのだ。自室でやっていてもバレるのは時間の問題だ。
……さて、ダンになんて説明しようかな。
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