動具作り
結局、わたし達初心者組は、一列の4分の1くらいしかできなかった。さっさと一列終わらせた大人たちが、笑いながら折り返してきたのだ。素直にすごいと思う。わたしは腰が痛くて姿勢を保てなかったのだ。小さい分大人より地面が近いはずなのに、不思議だ。
「おーい!昼食だぞー!」
庄屋さんの家の手伝い組が、おにぎりを持ってきてくれた。まず、男の人から食べる。食べる量が多いし、早く食べ終えて次の田んぼの分の苗を取りに行かなければならないからだ。大した戦力にならない子どもは後回しになる。
広い広い田んぼの畦道で、みんなで寄り集まって食べているのを少し離れたところから見ると、みんなでいるのになんだかちっちゃい塊みたいでおもしろい。このポツンとした感じ、新しい神呪が頭に浮かぶ時と少し似ていると思う。
……空が青かったら、もっと世界が広く見えるよね。
夢で見たあの空は、どこまでもどこまでも広がっているように見えた。今、わたしの上に広がっている空は、茶色い泥と灰色の土と茶色の苔を混ぜたような色で、何となく、閉じ込められたような息苦しさを感じる。
「はい。アキの分」
目を閉じて、あの青空を思い出していると、ミルレがおにぎりを持って来てくれた。テーブルなんてないので、その辺に座って食べるのだ。外で食べるのって気持ちいい。
「どうして農作業の途中のおにぎりって、普通に食べるより美味しいんだろうね」
中に入っている梅の塩漬はしょっぱくて顔がキュッとなる。目と鼻と口がそのまま顔の真ん中に寄ってしまいそうだ。この梅は、わたしより年上なんだって。
「それ、体が塩を欲しがってるからなんだって。父さんが言ってた。庄屋さんの奥さんも、お昼のおにぎりは普段より塩を多めに作るって言ってたわ」
ミルレは、去年は庄屋さんの家の方の手伝いをしていたので、そこで聞いたらしい。ちなみに、ミルレのお父さんは、輪番には参加しない。お医者さんや組合所の所長さんなどは、何かあった時のために、基本的には領都から出ない。警邏隊も、領都の外を担当する者と中を担当する者が分かれていて、中を担当する者はほとんど外には出ないと聞いた。もちろん輪番もない。
すぐに食べ終えたわたしは、改めて苗を植え終わった田んぼを眺めた。
……あんまり真っ直ぐじゃないよね。
苗を植える作業は、基本的に俯いて行う。手元を見ながら調子よくポンポンと植えていくので、顔を上げるのはいくつか植え終わった後だ。しかも、前の苗とどれくらい間隔を空けるかは人によってそれぞれなので、ある程度は真っ直ぐなのだが、やはりバラバラに見える。
「ザルト、なんで苗って真っ直ぐ植えるの?」
「さぁ?オレが最初に教わった時はそんなこと言われなかったんだよ。ここ2~3年なんじゃねぇか?」
なるほど。ザルトも、最初に教える時に真っ直ぐにと教えたっきり、植えている最中にうるさく注意することはなかった。他の人もそうだ。つまり、まだ定着していないのだろう。
「栄養や境光がまんべんなく行き渡るようにするためだよ。あと、風通しがよくなると病気が減るんだそうだ。領主様からのご指導があったんだよ」
男の人たちと苗を運んでいた庄屋さんの息子さんが、通りすがりに教えてくれる。領主様はずいぶんと領民に気を配る方みたいだ。
「なんか目印みたいなのがあればいいのにね」
「田んぼに印を付けるのは難しいなぁ」
別に、地面に直接何かを書く必要はないと思うけど。
「両側から横に紐を引っ張って、それにみんなが合わせて植えていったら?横は揃うよ」
「アキが一番遅いのに、みんながアキに合わせてたら作業が終わらねぇよ」
……たしかに。みんな横並びで一斉に植えるのは無理そうだ。
「う~ん……。じゃあ、縦かな。例えば、紐に伸縮の神呪を描いて、作動させると必要な長さだけ伸びるの。そしたらみんな同じ感覚にならない?」
「そんな動具見たことないよ。アキちゃんが作ってくれるのかい?」
庄屋さんの息子さんが笑いながら、頭をポンポンと撫でて離れていった。
……作っていいかな?……ダメかな?……ダメだよね、きっと。
でも、暴発みたいに目立たなければ良いはず。今までに使ったことがある神呪で作れば暴発などしない。
「おい……アキ……?」
ザルトの呆れたような心配そうな声が聞こえたような気がしたが、すでにわたしの頭の中は神呪でいっぱいになってしまっていたので、気のせいだということで片付いてしまった。
伸縮の神呪を使う動具を作るのは難しい。
伸び縮みし易い素材は柔らかいので、繊細で細かい神呪は描き辛いのだ。しかも、神呪を描いた部分が伸びると神呪の形状が変わる。そうすると神呪が作動しない。伸縮する動具が成功するかどうかは、神呪を描く腕がどうこうというよりは、どういった素材をどう使うか、アイディアがどれくらい柔軟かによると思う。
……普通に紐に描いたらどうかな?いや、ダメだな。編んであるから真っ直ぐ描けない。
わたしは早速いろいろな素材を思い浮かべた。最初に浮かぶのはやはり紐だが、糸だとか藁だとかを大雑把に編んで作られているので、ぼこぼこしていて繋がった神呪を描けないだろう。
……布?細く切った布とか、どうかな?
わたしは布を探した。近くに布が落ちていなかったので、ちょうど持っていた汗拭き用の布に描いてみることにした。
「……キ、アキ」
……伸びない。最初から長めに取っておいて等間隔に印を付けて置けば、自分で引っ張りながら植えればいいんじゃない?ていうか、それ、神呪いらなくない?
わたしは田んぼを見回した。田んぼの長さの布を全員分用意すると、下手をすると田んぼの広さの10分の1くらいの布が必要になる。お金がかかる上に邪魔だ。いっそ紐ならばもっと少なくて済む。でも、どうせなら神呪を使いたい。
……いっそ金属に描いてみる?
金属は熱くなると伸びる。そういう要素も神呪に入れ込めて描けば、上手くすれば伸ばせるかもしれない。だが、熱すぎて持てなくなりそうだ。
「おい、アキ、アキ!……ダメだ。ダンさん、ダンさーん!アキが戻って来ない!」
……あっ、木の枝は!?木ならそもそも伸びるものだし、平らに削れば神呪が描きやすい!
わたしは、早速、できるだけ平らな木切れを拾い、神呪を描いてみる。
……素材は木だから私の神力と混ぜると……こんな感じだよね。
……長さの部分は……こういう模様じゃなかったかな?
……作動条件は……とりあえず、この部分を押すとかでやってみようかな。
神呪具を出して、早速描いてみる。いつも思うけど、神呪って命令している部分の切り替わり場所が分かり辛い。真っ直ぐの線を描いてるだけなのに、途中で違う命令になっていたりするのだ。切り替わる条件も毎回変わるので試行錯誤が必要だ。
「おいコラ、アキ!」
突然、スパーンと頭を引っ叩かれてハッと顔を上げると、ダンが鬼の形相で見下ろしていた。後ろでザルトも小鬼と化している。なんだか親子みたいだ。鬼っていうものをわたしはまだ見たことがないんだけど。
「なんで神呪具持ってきてんだ」
「…………護身?」
一応、護身もできる。はず。
「必要ねぇだろう!」
「だって、女たるもの一歩家を出ると七人の敵がいたりいなかったりするって研究所のお姉さんが……」
「だとしても必要ねぇ!お前が誰と戦えるんだよ、この7歳児が!」
断言されて、ちょっとムッとする。だって戦えるかもしれないじゃない。
「神呪具はいいとして、ダン、何か用?」
「良くねぇ!しかも、何か用?じゃねぇ!もうみんな次の田んぼに移動してるぞ」
「あれ?ついに存在を忘れられた?」
首を傾げるわたしの頭を、ダンがもう一回ペンッと叩く。
「忘れられてねぇ!つうか、むしろ忘れられないくらい目立ってる。ザルトがどんだけ呼んでも気が付かないから、みんな呆れて先に行ったんだ」
神呪のことを考え出したわたしを止められる者はそうそういない。両親ですら無理だった。両親の弟子という立場でありながら、師匠のお嬢さんであるわたしの頭を引っぱたいて止めるような勇者は、ダンくらいだ。
そういえば、旅に行く研究者達と一緒にいた人達の中に、わたしが集中しようとするとすぐに邪魔しに来るお姉さんがいたが、あれはホントに迷惑だった。
「そっか……ザルトごめんね。何か聞こえてはいるんだけどよく分かんないんだよね」
「…………お前、ホント悪びれないよな。……ちょっと羨ましい」
項垂れるザルトを引っ張って、みんなのところへ向かった。まだ、苗を配っているところだ。仕事が残っていて良かった。
心を入れ替えたわたしはとても真面目に苗を植えたが、さっきの2倍くらいしか進まなかった。そして、木切れに描きかけていた神呪も、とりあえず持ってきたが、結局そのまま進まなかった。
それから二月後、我が家の食卓には数種類の漬物が並んでいる。庄屋さんの奥さんからもらったブランで、糠床ができあがったのだ。
少しぬるめの水くらいの温度を保たなければ、糠床が育たないと聞いたので、ダンにおねだりして買ってもらった壺にこっそり冷却の神呪を描くことにした。これから暑くなるからね。
ちなみに、この温度調節の神呪は描き慣れている。貯蔵庫にも使うし、こっそり部屋の壁に描いて部屋ごと冷やしたりもする。
一度、服に描いてみたが、描いたことを忘れて洗濯したら、神呪を描いた部分が擦れて作動しなくなってしまった。作動しなくなったから良かったものの、一歩間違うと洗濯している手が凍ってしまうところだと、ダンにすごく叱られた。でもその後、その神呪を教えてくれとお願いされたので、快く教えてあげたけどね。
みんな快適になって心が広くなれば、やたら怒ったりしなくなっていいと思う。
糠床ができたら、今度は毎日かき混ぜなければならない。糠床も呼吸したいんだって。庄屋さんの奥さんは、毎日混ぜるのは大変よと言っていたが、わたしは毎日ヒマなのでちょうど良かった。糠床は暖かくて、ほんのり甘い匂いがする。糠床の手入れがわたしの楽しい日課になった。
この前、ダンが工房から鳥肉を大量にお裾分けしてもらってきたので、糠漬けにしていくらか工房に持って行ってもらったが、大好評だった。この鳥肉の糠漬けはわたしが勝手に考えて作ったものだ。普通は野菜しか漬けないからね。
次の輪番の時に庄屋さんの家に持って行って、前回の失敗の穴埋めにしようと思う。
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