農家の手伝い

 ミルレが3個目のあめ玉を舐め終わってしばらくしたところで、馬動車は庄屋さんの家に到着した。

 

 庄屋さんの家は、とても広い。輪番は泊まりになることもあるので離れが広いのは当然として、庄屋さん一家が住んでいる家もとても広い。4家族くらいは普通に暮らせるのではないだろうか。

 わたしとダンが住んでいる家は、小さい土間と、テーブルが1つ置けるくらいの狭い居間に寝室が二つ。狭いが領都では割と一般的な広さだ。この土間というのに、最初は慣れなくて困った。


「いらっしゃい、みなさん。今日は7反、苗植えをお願いしますよ。まずはしっかり食べて、体力をつけてくださいね」


 離れの大広間に案内されると、先に到着していた大人達が既に席に着いていた。庄屋さんのお家の食卓は、テーブルと椅子ではなく、膝より低い高さのテーブルだ。床に直接クッションが置いてあって、その上に座り込んで食べる。

 膝を折りたたむような座り方がなかなか難しいとダンが言っていたが、わたしは割とすぐにできるようになった。ダンも今では、太ももとふくらはぎをピタッとくっつけて座れるようになったが、最初のころは足を崩させてもらっていたそうだ。家で随分練習していた。努力の成果である。


「うわぁ、すごいね。いろんな色の漬物がある。この漬物も米から作られるんでしょう?」


 朝食は玄米と漬物と芋の蔓をを煮たもので、漬物の種類も多く豪華だ。王都にいた頃はいろんな調理法の食事が出ていたが、こちらに来てからは、一食で出るおかずはだいたい一種類だ。

 以前は、漬物はただ添えてあるだけのものだと思っていたのだが、農家のご飯を見て、その考えが変わった。漬物を並べるだけで、おかずが何種類にも増えるのだ。しかも、農家で出される漬物は野菜の種類が豊富で、何となく贅沢に見える。

 ちなみに米は、王都でも領都でも白かった。農家では、周りの栄養の部分をそのまま食べるのだそうだが、味が落ちるので、商品として出す時は周りの皮や芽の部分を落とすのだそうだ。

 ザルトによると、漬物は、落とした米の周りの皮などに野菜を埋めて作るらしい。どういう仕組みなのか、ちょっと気になる。


「そうよ。これから暖かくなるからね、新しい糠床を作れるようになるわ。アキちゃんも試してみるなら分けてあげようか?」

「えっホント!?」


 ザルトに話しかけたのだが、ちょうど通りかかった庄屋さんの奥さんが答えてくれた。


 去年、わたしがあまりに泥だらけになっていたので、見かねた奥さんが、先にわたしを連れて戻ってお風呂と着替えを貸してくれたのだ。その時にいろいろ話したので、奥さんはわたしが神呪師であるダンの養女で、好奇心が旺盛だと知っている。日頃からの自己主張の重要さをわたしは、今、学んだ。


「欲しい!米の皮ちょうだい!」

「え?ブランが欲しいの?もう出来上がってる糠床をあげるわよ?」

「米の皮が変わるところが見たいの!」


 奥さんが、アキちゃんらしいとクスクス笑って、帰りにブランを分けてくれることを約束してくれた。






「ダンさん、アキちゃんの手伝いはどこにしたらいいかねぇ?」


 食事の後、避難所のお手洗いの話をしておこうとダンのところに行ったら、ちょうど庄屋さんの息子さんが来てダンに質問していた。台詞としては普通だが、なんとなく失礼な響きを感じる。


「あー……、う~ん……昼飯の準備……とか?」

「なるほど。外に出さない方針か……」


 手伝いが必要なのはもちろん田んぼだが、作業の合間にお昼ご飯を食べたり、終わってからお風呂に入ったりするため、庄屋さんの家で準備を手伝う者も必要だ。

 お風呂など、いっぺんに10人くらい入れそうなほど広いので、水場から浴槽まで何往復も水を運ばなければならなく、大変な重労働だ。庄屋さんの家人だけでは回らない。


「ああ。珍しいもんが目に入らなきゃ問題ないんだ。……たぶん」


 ……去年のわたしはそんなにひどかったかな?


「せっかく田植えの手伝いに来たんだもん。わたしも田んぼの仕事したい」


 田んぼには、見たことがないものがいっぱいだ。領都の中でも限られた範囲でしか生活していないわたしにはとても魅力的なのだ。


「アキがちゃんとオレの言うこと聞くなら、オレが連れてってやるよ」

「聞く聞く!聞こえたら聞く!」

「ちゃんと全部聞き取れ!」


 ザルトが差し伸べてくれた救いの手に飛びついたわたしだが、周囲は微妙な顔をしている。


「……大丈夫か?ザルト」

「いざとなったら、頭引っ叩いて正気に戻せよ」


 ダンからの指示はザルトには難しいと思うが、とりあえず黙って聞いておくことにする。

 庄屋さんが用意してくれていた草鞋に履き替えて、みんなと一緒に田んぼに向かった。




 私たち子どもが到着するまでの間に、男の人たちによって、田んぼの土は混ぜられたり細かく砕かれたりして、平らに均されていた。あとは、男の人が苗を運んできて、女の人と子ども達で苗を田んぼに植える作業だ。


 わたしは、指導係のザルトに従って、畦道で草鞋を脱いだ。田植えは裸足でするのだ。慣れない草鞋は足がチクチクして痛かったので、足も気分もスッキリだ。


 ちなみに、農家の人たちと領都の職人では、服装が違う。領都の服は王都と同じでシャツにスカートとかズボンだが、農家では上と下が分かれていない大きめの布を体に巻くように着て、前で合わせて帯で止めるような服を着る。袖も広くて風通しが良い。上下が分かれていないので、丈を長めに作っておいて腰のところで折り曲げておけば、子どもでも何年も着られる。

 去年初めて着せてもらった時、腰の部分が分厚いので疑問に思って糸を解いてしまったら、怒られてしまった。


 他の田んぼの指導係りは、服を見る限り農家の子ども達だが、人数が少ないのでザルトも指導係りに任命されている。農家の子ども達と同等に扱われるなんて、ザルトはすごいと思う。


 わたしは、苗の束を渡され、田植え初体験の子ども達と共に、ザルトに連れられてぬかるんだ田んぼの端に入った。


「うわっうわっうわっ。何これ何これ、足が沈むよ!?わたし、埋まっちゃうよ!?」


 一歩踏み入れると、足がぬーっと沈み込む。


「埋まらねぇよ。そんなに深くは沈まないから大丈夫。こうやって足を真上に引き上げてから踏み出すんだ」


 足を泥に埋める時のぐにゅっとした感じと、足を引き上げる時の泥が絡み付いてくるような感触がおもしろい。泥に足を掴まれてるみたいだ。


「アキ、もうそろそろ行くぞ」


 何度も足踏みをして楽しむわたしを置いて、ザルトと子ども達が進んで行く。みんな転ばないように一歩一歩慎重に進んで行くが、ザルトはさすがに慣れたものだ。わたしがよろよろしながら追いつくころには、もうザルトの説明が始まっていた。


「苗はできるだけ真っ直ぐ並ぶように植えるんだぞ。だいたい自分の肩の幅くらい空けるんだ。あ、アキはちょっと待ってろ」


 ザルトは、説明を聞いて広がっていった子どもたちが、きちんと間隔を空けて植えているのを見届けてから、わたしを構うことにしたようだ。それにしても、見渡す限り広い田んぼだらけだ。

 

「あ、ザルト!ヘビ!ヘビ!」

「あ、こら!突進するな!毒があったらどうするんだ!」


 ザルトが、ヘビに向かって飛び出そうとするわたしの襟首を咄嗟に掴んで止めた。


「毒!?ヘビって毒があるの!?」

「あるのとないのといる。虫だって草だって毒があったりするんだぞ。何でもかんでもヒョイヒョイ掴むな」


 ……知らなかった。


「でも、昔、わたしが庭でヘビを捕まえた時は誰も止めなかったよ?」

「人が住んでるところに出るやつは毒がないやつがほとんどだからな。けど田んぼは分からないぞ。普段は人がそんなに多くはないからな。危険な奴がいてもおかしくない」


 王都にいた時に一度だけ、庭で見たことがあったけど、普通に掴んでいたし、毒を持つヘビがいることなんて誰も教えてくれなかった。まぁ、わたしがヘビを振り回して、みんな逃げて行っちゃったから教える暇がなかったのかもしれないけど。


「それよりお前、ちゃんとオレの言うこと聞くって約束で連れてきたんだぞ。いきなり走り出すなよ」

「でも、ちゃんと止まったじゃない」

「オレが無理やり止めたんだろ!」


 ちゃんと、聞こえたら聞くと約束したんだから、私が動く前にわたしに聞こえるように言ってくれれば約束は守れる。わたしだって努力するつもりはあるのだ。動き出したら周りの声は聞こえなくなることが多いけど。


「さ、今日は苗植えに来たんだぞ。飯食わせてもらったんだから、その分ちゃんと働け」


 なるほど。確かに、食事だけもらっておいて働かなければ食い逃げ泥棒だ。去年のわたしは食い逃げ泥棒だったから、今回はみんなが警戒しているんだな。


 ……去年の分も働かなければ。


「真っ直ぐ植えるんだっけ?」

「そう。苗を3本くらい取って、この3本の指で摘まむように持つんだ」


 苗の持ち方にも決まりがあるらしい。神呪具を持つみたいだ。


「で、泥の中に真っ直ぐスッと入れる。指のこの辺くらいまで泥に入れるんだぞ。浅いと倒れるからな」


 わたしは早速、苗を植えてみた。


「捩じるな!真っ直ぐ入れるって言っただろ!」

「だって浅いと倒れるっていうから……」

「深けりゃいいってもんじゃないんだ。上に出てる部分が短いと茎が増えない」


 なるほど。奥が深い。


「で、肩の幅の分空けるんだっけ?」

「お前は小さいからもう少し空けた方がいいな」


 ……腰が痛い。あと、頭が下がるので、頭が重い。


「ザルト、これ、どこまでやるの?」

「とりあえず、一人一列な」


 わたしは振り返って、目をすがめて田んぼの一番端を見つめた。


「…………」


 ………………遠い。


 わたしは真面目にがんばることにした。




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