第4話 山田羊子④


「その時は金の襖の先にある天への階段を上ってもらいます。こちらは心残りが無くなった方も同じですが、ここへ行くと次の転生先を決めてもらい、順番に新しく生まれ変われるのです」


「みんな同じところに行くんですか?」


「はい。ただ心残りが晴らせなかった方の中には天への階段を上ることを拒否される方もいます。その場合は、天への階段を下っていただきます」


「下ると何があるんですか……?」


「なにもございません。ただひたすら下るだけです。ですがそこでは今のあなたのままでいられます。自我を忘れることも時を感じることもなく、疲れや渇き、空腹感すらなくただひたすら下るだけ……。どちらが良いかは人それぞれですがね」


 なにもなくただ階段を下る。そんな状態考えるだけでゾッとするが、別の何かになりたくなくて自分でいたいと思ったら、それを選んでしまうかもしれない。

 現時点では私はどちらも選べない、そう思った。


「今までのようにこの世に留まることは出来ないんですか?」


「それは出来ません。ここに来た時点で現世とは繋がりを切っていますので、戻る事は出来ません。必ずどちらかを選んでいただきます」


「わかりました……。少し考える時間を下さい」


「かしこまりました。決意が固まりましたらそちらの鈴を鳴らしてください。では失礼いたします」


 金と銀の糸が交互になっている柄の紐に、金色の大きな鈴がついているものがテーブルの脇にある赤い小さな座布団の上に置いてあった。その横には急須と湯呑みが置いてあり、丁寧にご自由にどうぞと一筆添えられていた。

 いつの間にあったのかとびっくりしたが、久々にお茶が飲みたくなったのでありがたく頂くことにした。

 急須の蓋を開ければ茶葉とお湯が入っていたので、そのままついだ。

 ずずっと啜れば、懐かしい味がして思わず涙が出てくる。

 死んでるのに涙が出るなんて不思議なものだが、それを言ったら死んでから今日までの日々すべてだよなと苦笑いをした。

 あっという間に一杯飲み終わり、おかわりを貰おうとするが急須には一杯分のお湯しか入ってなかったのを思い出し、周りにポットなどもないから、念のため急須の蓋を持ち上げると先程と同じようにお湯と茶葉が入っていて驚いた。


「便利な急須……」


 これが家にあったらいいのになんて思いながらお茶をつぎ、一口飲んだところで本題について考え出した。


 まず夢に入る人だが、もちろん五郎先生がいい。

 話を聞いて家族にも会いたいと思った。けれどみんなには一方的にだけど死んでから会っていたし、やっと私の死を受け入れられてきたところで私が夢に出てきたら、きっとまたつらい思いをさせてしまうだろう。

 場所はやっぱりあの病室にしよう。プレゼントを貰ったあの日をやり直すというわけじゃないが、自分のためにあの場所でけじめをつけよう。

 それから何を話すか考える。

 五郎先生はどう思うだろうか。そんな不安ももちろんあるが、こんなチャンスをいただけたのだから人生最後にやれるだけの事はやりたい。そう気合いを入れて考えるのだった。





 チリン、チリーン………………


「考えがまとまりましたか?」


「はい。五郎先生の夢に入ってあの病室で話したいです」


「わかりました。ではこちらの銀の襖の前に立ってください。時間は1時間、3分前にこの鈴を3つ鳴らします。思い残すことがないように祈っております。ではこの中の飴を1つ選んで食べてください。望んだ相手と情景を浮かべながら手を前に。」


 差し出されたのは片手に乗るくらいの丸いビン。その中に入っていたのは赤や黄色、オレンジ、青に緑など色とりどりの小さな飴だった。

 私はオレンジ色の飴を一つ口に入れ五郎先生と病室を思い浮かべる。

 

オレンジ色の飴は、まるであの日の夕焼けのような色だった。


ゆっくりと襖が開いてその先は思い浮かべた通りのあの部屋だった――――――



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る