第2話:プロローグ-2

 ──ギルド会館内は混みあっていた。

 けれど、私は仮にも冒険者のさいこうほうである第一階位。待ち合いの札を引く必要はないので、そのまま窓口へ。

 そして手に持っていた布袋をようようと台上へと置いた。

「ジゼル、これお願い」

「あ、レベッカさん。もうっ! へ行かれていたんですかっ? 心配して……え?」

 私の担当である長くあわい茶髪で胸の大きい人族の女性──辺境都市在住時以来の付き合いであるジゼルは布袋から中身を出すなり、私の予想に反して顔を引きらせた。

「ひゃ!! ……レ……レベッカさん!?」

 ジゼルはさけび声をみ込むように自分の口を押さえた。

 しばらくして、彼女はびついた機械のように顔を上げると私に問いかけてきた。

「レベッカさん……何ですか? こ、これ、は?」

「何って……見ての通り、きばよ」

「…………あえて、あえておたずねしますね。何の牙、ですか?」

 この子だって《かんてい》スキル持ちなんだし、分かっているはずだ。

 私は窓口の台にひじきつつ答える。

「《らいりゆうの牙》だけど?」

 それまでにぎわっていた周囲がいつしゆん、静かになった。

 どうやら、私達のやり取りは注目されているらしい。

 けど、私にとってそんなのはどうでもいい。

 私は一刻も早く、これを辺境都市へ届けてほしいだけなのだ。

 ジゼルが身を乗り出してきて、言葉を振りしぼった。

「……レベッカさん」

「何?」

「何回、言えばっ、分かってくれるんですかっっ! いくら最高峰の第一階位である冒険者さんであっても、死ぬ時は死ぬんですよっ!? まして龍にいどむなんて……無茶です、ぼうです、自殺願望でもあるんですかっ!? …………まさか、ソロじゃないですよね?」

「? ソロだけど??」

 少女は頭をかかえて机にす。


 ──この世界において、龍とは悪魔と並ぶ最強種の一つだ。


 並の冒険者ではまず歯が立たず、毎年多くの猛者もさ達が挑むも、そのほとんどが命を落とす。

 しかし、それらをたおして得られる素材はその希少さゆえに、天文学的な値段で売買される。

 富と名声を一気に手にできるため、冒険者ならだれしもが龍とうばつあこがれるのだ。

 かつての私もそうだった。

 しかも……冒険者ギルドがにんていし、注意かんをする上位の龍や悪魔は天災あつかい。

 決して個人で挑むような生き物ではなく、国家単位で対処するような相手だ。仮に倒すことができたとすれば、大陸全土にその名がとどろくだろう。

 事実、つい先日、帝国東部地域の王国国境の村々をおそい、出現が確認された推定特級悪魔は、帝国・王国・同盟からそくに天災に認定された。

 ここ百年以上、大規模戦争こそしていないものの、歴史的背景からいがみ合い続けている三列強があっさりと共同歩調を取る程に、上位の龍や悪魔はおそろしい。

 ぼうけん者ギルドから『個人でのせんとうを原則禁止す』というおれが出されるのも、無理はないのだ。

 ……私だって単独でやり合いたくなかったけど、そうぐうしたのだから仕方ないじゃない。

 かたすくめ、いまだに頭を抱えている少女へ問う。

「ギルドで素材の買取りは出来ないの?」

 ジゼルの顔が勢いよく上がった。

「そ、そういう話をしているんじゃありませんっ。もちろん、買い取らせていただきます。で、ですが、私の言ってるのはそういう意味じゃなくてですね……。今回は、たまたま、牙を折ることができて、こうして生きてかえって来られたかもしれませんが、幾らレベッカさんでも、次は──」

 言葉をさえぎり、さっさと告げる。

「一頭分あるから全部お願い」

「…………今、何て?」


「雷龍を討伐したのよ。首だけでもかくにんしておく?」


 聞き耳を立てていたのだろうほかのギルド職員、冒険者達が息を吞むのが分かった。

「なぁ、今……雷龍を討伐した? って言ったのか?」「私もそう聞こえた」「しかも、単独で?」「けんが後衛のえんもなく!?」「ど、どうすりゃそんなこと……」「いやでも、レベッカだぞ?」「と、いうことは」

 しん、と静まりかえったギルド内で各人が目を合わせあい──とつじよばくはつするようなだいかんせいき上がった。

「ち、ちょっと静かにしてくださいっ! まだ口外しないでっ!! そこっ!!! さかびんをあけないでくださいっ!!!!」

 ジゼルがさわぎ始めた冒険者達をいつかつする。


 ──龍を討伐した冒険者。


 しかも単独での討伐者となると、大陸に数多いる冒険者の中でもほんのひとにぎり。

 以前の私なら周囲の冒険者達と同じ反応を示したと思う。

 ……だけど、この程度では、まだまだだということを私は知っている。

 これでようやく『入り口』に立てるかどうかなのだ。

 片手を軽く上げ、冒険者達に注意している少女へお願い。

「騒がしくなったし、今日は帰るわね。明日あしたまた来るから、その時に全部引き取って。結構大きいから、訓練場も貸し切りにしておいてもらえると助かるわ。その牙は何時いつも通り送っておいて。ちようちよう特急で! ──あと、これもお願いね」

 ジゼルがあわてる。

「え? レ、レベッカさん! ちょっと待ってくださいっ!! 龍殺しだと、色々と書いてもらう書類がっ! 特階位しんせいや【りゆうしようごうしんせいとかっ!! 皇宮にも呼ばれたりする場合もっ!!!」

「まーかーせーるー」

 ジゼルにめんどうな書類を丸投げし、牙とハルあての手紙を押し付け、出口へ向かう。

 ──手紙の返事、今回もすぐに来るかしら?

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