辺境都市の育成者【第1巻好評発売中！】

第1話：プロローグ-1

プロローグ　大陸統一暦（れき）一二〇五年春　帝（てい）都（と）ギルハ

『いいかい、レベッカ？　この世界は君が思っているよりも、ずっとずっと広いんだ。帝都に行けば君もそのことを少しは感じられると思う。だから、今は素（す）直（なお）に行っておいで。あそこにはとても強い冒（ぼう）険（けん）者も多いから』

　そう私の師で【育成者】と嘯（うそぶ）く青年に言われ、私がロートリンゲン帝国帝都ギルハに来てからもう二年以上になるだろうか。

　確かにあいつの言う通り、当時の私が知っていた世界は本当にちっぽけ。それはこっちに来て、散々思い知らされた。

　とても人とは思えない恐（おそ）ろしい剣（けん）士（し）や魔（ま）法（ほう）士（し）にも遭（そう）遇（ぐう）して、何度も死にかけもしたし。

　何より、端（たん）的（てき）に世界の広さを感じさせるのは──

「今日も人が多過ぎ、ね」

　帝都旧市街を貫（つらぬ）く大通りの人（ひと）混（ご）みを縫（ぬ）いつつ、私は小さく呟（つぶや）いた。

　左手に持っている荷物が少々邪（じや）魔（ま）だ。師御（お）手（て）製（せい）の何でも入る道具袋（ぶくろ）に収納してくるべきだったかもしれない。

　ここは正しく人種の坩堝（るつぼ）。

　茶（ちや）髪（ぱつ）でやや大（おお）柄（がら）な帝国人。

　私のように白金か金に近い髪（かみ）色で肌（はだ）が白い王国人。

　日に焼けた縮れた赤（あか）髪（がみ）が特（とく）徴（ちよう）的な同盟人。

　他（ほか）にもエルフやドワーフ、様々な種族の獣（じゆう）人（じん）達。

　私の知らない異国人もたくさんいる。

　二年前まで私がいた辺境都市じゃ考えられない。

　これらの人々は大陸最強国家の中（ちゆう）枢（すう）であるこの大都市に毎日、国内外から様々な物品を運んで来るのだ。

　北方から、南方から、東方から、西方から──貴重品や珍（ちん）品（ぴん）には飛空艇（てい）や飛（ひ）竜（りゆう）が使われる事もしばしば。

　まるで、この国だけ時代の一歩先を進んでいるかのようだ。

　結果、帝国は──帝都を探してなければ大陸内にその品はない、と断言される程（ほど）の繁（はん）栄（えい）を誇（ほこ）り、宿敵である王国や同盟が歯（は）噛（が）みするのを後（しり）目（め）に、その人口は年々増加。都市自体も拡大し続けている。

　同時に、犯罪や荒（あら）事（ごと）も増えているのは事実であり──

「だからこそ、私達みたいな冒険者が集まって来もするのよね」

　独り言を零（こぼ）しつつ、私は目的地を目指す。

　途（と）中（ちゆう）、店の硝子（ガラス）に自分の姿が映り、足を止める。

　白金の長（ちよう）髪（はつ）。二年前に比べると随（ずい）分（ぶん）と伸（の）びたと思うし、傷んでもいない。

　同年代の少女達と比べると、やや背が高く、自分で言うのもなんだけど華（きや）奢（しや）だ。

　知り合いにはよく『レベッカは身に着けている純白の軽（けい）鎧（よろい）と腰（こし）の魔（ま）剣（けん）がなければ冒険者に見えませんね。私服姿はどうみても深窓の御（お）嬢（じよう）様（さま）です』と、半ばからかわれる。

　綺（き）麗（れい）かなんて自分では分からないし、興味もない。だけどこの外見で嫌（いや）な目にもあってきている。

　二度と顔も見たくない父親なんて、自分の栄達の為（ため）に十三歳の私を二回り以上上の男に嫁（とつ）がせようとさえした。

　でも、あいつが綺麗だって思ってくれるなら、この見た目も悪くは──……はっ！

　頭をぶんぶん、と振（ふ）り。邪（じや）念（ねん）を飛ばす。わ、私は何を、何をっ。

　店内にいた女性店員が奇（き）異（い）な目を向けてきたので、そそくさとその場を離（はな）れる。

　歩みを再開しながらこの二年間を思い返す。

　──本当に色々なことがあった。

　自分よりも格上の冒険者に現実を見せつけられ、強大な魔（ま）獣（じゆう）と戦い、この国へ復（ふく）讐（しゆう）しようとした呪（じゆ）術（じゆつ）師（し）の企（くわだ）てを阻（そ）止（し）し……。

　思い返しながら目を瞑（つぶ）る。

　我ながらよく生きてるわね、ほんと。

　何度も挫（くじ）けそうにもなったし、あいつに宛（あ）てた手紙に泣き言を書いたことだってある。

　そういえば、そういう時だけすぐに優（やさ）しい言葉で返事が来たっけ。……ズルい。

　そして、辺境都市にいた頃（ころ）に比べると随分と伸びた髪を弄（いじ）りながら、私はある結論に辿（たど）り着く。

「結局、あいつが……ハルが見せてくれたもの以上に驚（おどろ）くことはなかったなぁ」

　今の私はあの頃よりもかなり修練を積んだし、修（しゆ）羅（ら）場（ば）や死線だっていくつか潜（くぐ）り抜（ぬ）けた。大きく成長できた自負もある。

　だけど──あいつや姉弟（で）子（し）、兄弟子達に追いついたとは到（とう）底（てい）思えない。

　この世界にはまだまだとんでもない強（つわ）者（もの）や怪（かい）物（ぶつ）が数多（あまた）いるのだ。

　私は、左手に持っていた私の腕（うで）と同じくらいの長さの布袋を握（にぎ）りしめて、呟く。

「でも……これを見れば、あいつだって私をきっと一人前だって認めるはず！」

　──ようやく目的地が見えてきた。

　旧市街奥にそびえ立つ、帝都でも皇宮以外だと最大規模の建造物であるその白（はく）亜（あ）の建物は、聞いた話によると約三百年前に建造されたらしい。

　──冒険者ギルド本部。

　冒険者とは魔獣を狩（か）ったり、迷（めい）宮（きゆう）に潜って宝物を探したり、傭（よう）兵（へい）をしたり……まぁ、所謂（いわゆる）、何でも屋だ。

　それを統（とう）括（かつ）しているのが『冒険者ギルド』──人類史上最大の組織。

　大陸全土はもちろん、沿岸部以外は未開の地である南方大陸にすら支部を持ち、下手な国家よりも権力を持つ。

　そんな組織の本部に配属されている職員はもちろん百（ひやく）戦（せん）錬（れん）磨（ま）。

　各地のギルドで修羅場を潜り抜けてきた精（せい）鋭（えい）が集められているし、元上位冒険者だった者や、それに匹（ひつ）敵（てき）する実力者も多い。

　私の今の担当者の子もそうだ。何より──古い付き合いの友人なので、信（しん）頼（らい）出来る。

　きっとこの袋の中身くらい淡（たん）々（たん）と処理してくれるだろう。

　本部の入口へ向かいつつ、私は浮（う）き立つ思いを抑（おさ）えきれなかった。

　偶（ぐう）発（はつ）的な遭（そう）遇（ぐう）戦（せん）ではあったけど、上手（うま）くいけばこれで──

「辺境都市に、ユキハナに戻（もど）れる」

　二年前、帝都に来る際した、師との約束を思い出す。

　冒険者の実質的な最上位『第一階位になったら戻っておいで』といった彼に私は、こう宣言した。

『私は特階位に──一人で龍（りゆう）や悪（あく）魔（ま）を狩（か）れるようになるまで戻るつもりはないわっ！　そうすれば、胸を張って、私はハルの弟子！　って名乗れるもの!!』

　それを聞いた時に、彼が浮かべた嬉（うれ）しそうな笑（え）みが脳（のう）裏（り）に浮かび、口元がほころぶ。