第2話 入学式⑵
「皆さん、ようこそイーレン魔術学校へ。知っている方も多いと思いますが、私はこの学校の長であるアレクシア・ウェストウィックです」
若い。とにかく若い。
風のうわさに聞いてはいたものの、どうせ尾ひれがついた結果だろうと一蹴していた。だが、それは誤りだった。壇上で話している人物は、今年で17歳になる新入生と同い年と言われても違和感がないくらいの若さを保っている。
しかし彼女には、自身がこの魔術学校の長であることを疑わせないだけの威厳があった。彼女が新入生たちを壇上から見下ろす目。この目が違う。冷徹に新入生たちを品定めするようでいて、優しく見守っているようにも見える。矛盾する二つの印象に共通しているのは、彼女の方が圧倒的に上の立場だということで、彼女はそれにふさわしい振る舞いをしている。
新入生たちの中に彼女を疑う者はいない。少なくとも、俺を含めてほとんどが気圧されているように見える。隣にいるカミラは相変わらずの無表情だったが。
アレクシア・ウェストウィック。
イーレン魔術学校長のほかにもいくつか肩書はあるが、何より彼女は
彼女に戦って勝てるだろうかと考えて、すぐに無理だと悟る。彼女の動きには一切の隙が見当たらない。襲い掛かっても、彼女の腰に下げられている剣で即座に切り伏せられてしまう映像が幻視できる。
彼女は学校長とは言っても名ばかりで、普段は
彼女のうわさは数多く存在する。断片の真実を含むものもあれば、全くの法螺というのもあるだろう。それらのうわさの中に、こういうものがある。
曰く、彼女は数百年を生きる魔女で、魔術で老化を抑制しているというものだ。
数百年生きているというのはともかく、噂の後半はこうして実物を見ると真実なのだろうと思えてくる。
「皆さんそれぞれ思い思いの目的をもってこの場所にいると思います。優秀なあなたたちには不必要かもしれませんが、一つだけ、忠告しておきます。中途半端な覚悟で学ばれることはよした方がいいでしょう。でなければ、死にますよ?」
アレクシアの目が一層冷たくなる。
「卒業していずれの道に進むのかは知りませんが、どれも死と隣り合わせに違いありません。もちろん軍人は言うまでもありませんし、魔術の研究をする魔導師にも死の危険は付きまといます。知っていましたか? 卒業して5年以内の死亡率は軍人よりも魔導師の方が高いのですよ。これは、軍人の死亡率が低いことを意味しません。魔術を研究するということはそれだけ危険なことなのです。あなた方が進む道は、いばらの道です。だからこそ、この学校でよく学んでください。立ちはだかる困難をしのぐすべを身につけてください。私は、あなた方が一人でも多く魔術師として大成することを願ってます。以上です」
そう言って彼女はこの話を締めた。終始淡々とした口調だったが、話の内容は新入生たちを思いやったものだった。
彼女は良い人なのだろう。噂でも悪い話は聞かない。
初日は授業はないので、入学式が終わった後は各自解散となった。
イーレン魔術学校の学生たちが住む寮へと向かう。
イーレン魔術学校へは広大な帝国全土から人が来るので、ほとんどの学生は専用の寮で暮らすことになる。寮は基本的に相部屋で、卒業するまでの4年間を共に過ごすことになる。
自分に割り当てられた部屋の扉の前に立つと、2名分のネームプレートが提げられていた。
一つは俺の名前のディルグ。もう一つはルームメイトの名前だ。ヴィクター、そう書いてある。
姓がないということは彼も貴族ではないのだろう。幸運、といえるだろうか。
扉を開けると、人の姿が見えた。先を越されたみたいだ。
彼は、椅子に座って背もたれに身を預けながら本を読んでいる。集中しているのか、こちらに気づいていないようだ。
男にしては長めの茶髪を乱暴に伸ばしている。座っているので正確にはわからないが、同年代の男子の中では小柄の部類に入るだろう。
「お前がヴィクターか? これからよろしくな」
そう言うと、彼はやっとこちらに気づいたようで、顔を上げてこちらを振り向いた。
「ああ、君がルームメイトのディルグか。いかにも僕はヴィクターだ。よろしく」
簡単な挨拶をすると、彼はすぐに本に目を戻した。
「それは何の本なんだ?」
「これは、物理学の本だよ。『パイラー力学入門』。初年度で習う内容の先取り」
「勉強家なんだな」
魔術の基礎となる各種科学理論は、苦手とする人が多い。かくいう俺も師匠にみっちりしごかれたものだ。
「まさか。お偉い貴族様とは違って、こっちは一から学ぶんだ。予習でもしなきゃ授業についていけないだろ? そういう君も、平民なんでしょ?」
「そうだな。だが俺には師事する人がいた。初年度で習う内容くらいは抑えている」
「へえ、それは羨ましい限りだね。今度教えを乞うてもいいかい?」
「ああ。任せてくれ」
そのあとも話は弾んで、だいぶ打ち解けることができた。最初は話しかけづらそうな雰囲気だったが、実際に話してみるとだいぶイメージと違って接しやすい人物だった。
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