魔術学校の異端児 ~俺にしか使えない<質量操作>を使って成り上がる~

オクソン

第1話 入学式⑴

 目の前には、身長の数倍ほどもある巨大な校門がそびえたっている。


 イーレン魔術学校。


 高い倍率の試験を通過したものだけが入ることを許される名門校だ。帝国にはいくつか魔術学校があるが、イーレン魔術学校はそのなかで最も狭き門である。この学校に入学し、無事卒業することができれば将来のキャリアは保証されたようなもの……だが、俺にとっては通過点に過ぎない。俺の目標は、帝国軍の戦士としての最上位の称号である、大英雄ドゥルーグを拝命することだ。こんなところで躓いてはいられない。


 10年前の言葉がよみがえる。


(俺が憎いか? 俺を殺したいか? ……今のお前には無理だな。もし俺を本当に殺したいなら、大英雄ドゥルーグになってみろ。そこまで強くなれば手合わせしてやる。覚えておけ、俺の名前はニールだ)


 10年前、俺は両親を殺された。ニールと名乗る男によって。


 ニールは俺を嘲っていた。俺の弱さを。両親を殺されても何もできない俺の無力さを。


 両親を亡くした俺を育ててくれた師匠は、ニールと名乗る男に心当たりがあるようだった。ニールという名前自体はありふれているが、おそらく彼だろう、と。帝国軍に所属しているらしいが、きな臭いうわさを数多く聞くという。


 彼の、大英雄ドゥルーグになったら手合わせしてやるという言葉が本当のことなのかはわからない。真に受ける方がどうかしているかもしれない。だが、それを言っているときの彼の表情はふざけたような雰囲気ではなかった。仮にその言葉が嘘だとしても、大英雄ドゥルーグまで上り詰めれば何かしらの情報はつかめるだろう。


 必ず、両親の、仇をとる。


 決意を新たに、門をくぐる。


 周りにはちらほらと、新入生らしき人たちが入学式場に向かって歩いているのが見える。皆男女別に同じ制服を着ているが、彼ら彼女らの表情は様々だ。期待に胸を高鳴らせる者もいれば、緊張で顔が強張っている者もいる。自信ありげな顔をしている貴族の子弟が多くいる一方で、不安そうにしている平民が数人見える。


 というのも、だれが貴族でだれが貴族でないかは、制服の左胸のあたりを見れば一目でわかるのだ。制服に家紋を付けることで、自分の家柄を誇示しているのだ。


 貴族は幼少の頃から家庭教師をつけられ、魔術や剣術を学んでいる。また、貴族はを大事にする。魔力に優れた人物を家系に迎え入れることで、魔術の素養をもった子孫を生み出してきた。だから、一般的には貴族は平民より魔術に長けている。入学したての頃はなおさらだろう。


 ただしあくまで一般論であり、イーレン魔術学校に入学できるということは、平民でも貴族に負けない魔術の才があるということである。卒業するころには、貴族と同じかそれ以上に魔術が使えるようになるはずだが、それはそれとして不安な気持ちはあるのだろう。


 イーレン魔術学校に在籍する学生の多くは貴族だ。一般市民出身は数が少なく、肩身が狭い。


 俺の場合は師匠に魔術その他を習っていたので、貴族にも負けている気はしない。それに、俺だけが持つもある。


 突然周囲がざわつきだす。何かと思ったら、周囲の視線は一人の学生に向けられていた。


 美しい少女だった。流れるような金色の髪に、すらりと整った鼻筋。目つきは鋭く、周囲の騒々しさなど意に介していないかのように、じっと前を見据えたまま歩みを進めている。


 胸元には、獅子と剣を合わせたバーンズ公爵家の家紋が刺繍されている。


 そういえば、聞いたことがある。半年前に新しく大英雄ドゥルーグが一人誕生したこと。はバーンズ公爵家の娘で、今年入学する新入生と同い年だということ。


 名前はファニーナ・バーンズ。周りからの視線を集めている彼女がそうなのだろう。


 はっきり言って信じがたい。同い年の彼女がすでに大英雄ドゥルーグの称号を得ていることが。帝国軍の兵士の数は100万人を超える。その中で大英雄ドゥルーグは彼女を含めて現状7人しかいないのだ。


 大英雄ドゥルーグになるには、強さは前提としてそれを示すための実績が必要となる。その年でいったいどのような実績を積んできたのだろうか。大英雄ドゥルーグの第二位に試合で勝利したなどのうわさはあるが、真偽は定かではない。


 彼女が本当に大英雄ドゥルーグであるならば、今、目の前に、並び、超えるべき存在がいることになる。彼女を上回る実力があれば、大英雄ドゥルーグになる資格があるといえる。


 負けるわけにはいかない。


 立ち止まったまま彼女の後姿をにらんでいると、


「すみません」


 突然後ろから声をかけられたので、振り向く。そこには長い黒髪をたなびかせた少女が立っていた。


「カミラと申します。気安くカミラ、とお呼びください」


 そう言って、丁寧な所作で一礼する。その振る舞いは貴族を思わせたが、貴族の気品とは少し違う気がする。なんというか彼女の動きは硬質なのだ。動き自体は滑らかだが、顔に張り付けた無表情といいどこか機械的な印象を受ける。貴族に使えるメイドか何かだろうか?


「あなたの名前をお伺いしても?」


 無表情ではあるが、こちらに関心がないわけではないらしい。澄み渡った青い瞳がこちらをじっと見つめてくる。


「ディルグだ。姓はない」


 貴族は名前の後に家名が付くが、平民は基本的に名前しか持たない。大商人の中には姓を名乗るものもいるが、ごく少数だ。


「ということは、あなたも一般市民出身なのですね。周りは貴族ばかりで少し居心地が悪かったんです」


「はあ……」


 そう言う割には平気そうだけど。表情に出にくいだけかもしれないが、怪しい。


 それにあなたもということは、彼女も平民ということか。話す内容からして仕える貴族の子弟とともに入学してきたメイドでもないらしい。


「よろしければ、入学式場まで一緒に行きませんか?」


 断る理由もない。


「まあ、別にいいけど」


 カミラは、それは良かったです、と言って笑みを浮かべた。どこかほっとしたような表情にも見える。


「それでは、行きましょうか」


 カミラと連れ立って、歩みを進める。


「ディルグさんはどうしてこの学院に?」


「ディルグでいい。俺がこの学校に来たのは、大英雄ドゥルーグになるためだ」


「なるほど。困難な目標だと思いますが、頑張ってください。応援してます」


 驚くなり、呆れるなり、何らかの大きなリアクションを期待していたが、期待が外れた。相変わらずの無表情だ。


「カミラはどうなんだ?」


「私は……お金です。この学校を出て、軍人になれば普通の職に就くよりもはるかに多くのお金がもらえます。弟、妹たちのためにもたくさん稼がないと」


 この学校に通う平民の多くは、彼女と同じような理由だ。一流の魔術師は数が少なく、軍で重宝される。


「ディルグさん、いやディルグはすごいですね」


「? 何が?」


「平民なのに、堂々としています。大英雄ドゥルーグになるという目標といい、自信家なんですね」


「ああ、確かに貴族に負けない自信はある。というか、お前も周りのことはまったく気にしてなさそうだけどな」


 カミラは一瞬キョトンとした顔をして、目を見開いた。


「あ……確かに」


「気づいてなかったのかよ?」


 カミラは少し天然が入っているようだ。

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