ずりずりずりずり…
文化祭でやるお化け屋敷の目玉装置に不満が出た。なんだかぱっとしない。もっと怖くしたい。高三の文化祭だ。悔いのないようにギリギリまで細部にこだわり、最高の思い出を作りたい。
「もっとわかりやすいものがいると思う。それを見にお客さんが来るようにさ。いまはただ暗い教室で、びっくり現象がいくつか起こるだけだし」
文化祭委員のミズハがそういいはじめる。だからといって新しいアイディアもない。険悪ムードが漂い始めそうになったところで、「明日明日。明日考えよう」とヨネちゃんが「今日は解散!」と号令をかけた。
だから学校を出たのは、空の端がかすかに染まりつつあるときで、いつものメンバーで家路につく。タクロー、ヨネちゃん、ユウヤ、おれの男子四人と、レナ、ミズハの女子二人の六人組だ。
ずっと仲良しの六人組。付き合いは小学生の頃からになる。
けど、それもここまで。
高校卒業後は、タクローとレナは地元で就職、ヨネちゃんは大阪の専門学校で、ユウヤは東京の大学、ミズハはオーストラリアに留学する。おれは第一志望がうまくいけば他県の国立大、だめだったら地元の私大という中途半端な進路だったけど、みんなバラバラになる。
ユウヤとレナは中学のときから付き合っているが、それもこれからは遠距離になる。レナは就職するし、ユウヤは東京。二人は将来結婚する、なんて茶化しつつ祝福していたけど、だんだんと雲行きが怪しくなっているのは、なんとなく伝わってきていた。
だから文化祭に気合が入るのは自然なことで、近づく別れの緊張感を吹き飛ばそうと、おれたちは笑い、騒ぎ、浮かれていた。
「ねえ、ずりずりさまってこの近くだよね」
そう言い出したのはレナだったか。住宅と田畑が混在する田舎町の歩道。近場で唯一あるコンビニで買った肉まんやからあげを頬張りつつの、くだくだした会話の中に、ひょいと出てきた言葉。
「ずりずりさまぁ?」
素っ頓狂な声で応じたのはヨネちゃんで、「あー、あっちの山ちかくにある鳥居のことだろ?」と指さしたのはユウヤだった。
「なつかしー、いたねー、ずりずりさま」
ミズハの明るい声。ちらとタクローを見上げ、「いっこ、ちょーだい」とからあげをねだる。タクローはにこりともせず、ミズハの口にからあげを放る。ちく、とした胸の痛みに視線をそらしたら、ヨネちゃんとばっちり目があった。
ヨネちゃんはおれの気持ちを知っている。同情するように軽く肩をすくめ、おどけたように目を左右に動かしてみせた。笑わそうとしたのか、励まそうとしたのか。苦笑で応じて、おれは視線を山へと飛ばした。
ミズハはたぶん、タクローが好きだ。タクローは何を考えているのかさっぱりだが、悪い気はしてないと思う。ここ最近、二人の親密度が増しているのが目につく。
卒業したら、どうせバラバラになるんだし、と思うものの、ミズハは勝気で負け嫌いのわりに、恋愛には奥手で一途。タクローは色恋に興味がない顔をしているが、いざ好きなやつができたら、大事にするだろうし、そうそう次に目を向けるタイプでもない。
寂しがり屋のレナのように、つねにかまってないと不安がるわけでもないミズハと、無自覚にモテまくるユウヤのように女の影がちらつくわけでもないタクロー。
あんがい、早々に結婚するのはこういうタイプなのかも、と二人を見ていて思ってしまう。おれとヨネちゃんは寂しいまま、酒でも飲みかわしてぐちりたおす未来……なんてものを想像しているから、おれは失恋するんだろう。
そういうよくある高校時代、よくある日常、よくある風景のまま、おれたちは年をとり、変化し、再会して、を繰り返す、そう思っていた。それが不満でもあり、愛おしくもあると。
「あったー」
レナが目的の鳥居を見つけ、ぱたぱたと駆けよる。鬱蒼とした森の入り口にある石づくりの鳥居は、二メートルほどの高さだ。小学生の頃は見上げるほど高く感じたたそれも、いまではこぢんまりとして見えるから不思議だ。
「あるね、ずりずり石」
「ずりずり石って」
ミズハの表現の仕方に反応すると、ミズハは「えー、みんなそういってたじゃん」とタクローのほうを見る。彼は「だな」と無愛想。なのにニコりと笑うミズハ。それを見てヘコむ、おれ。
「ずりずり石って、こいつのことだよな?」
ヨネちゃんが指さしたのは、鳥居のてっぺん、真ん中あたりにあるいちばん大きな石だ。鳥居には他にも、大小の小石が乗っているが、これは願いごとをしながら石を投げ、うまく乗せることができれば、望みが叶うという迷信のためである。
「まだちゃんとあるんだな」
ユウヤが感心したようにいう。ずりずり石と呼ばれている大きな石は、小学生のときから、ずっとそこに乗っていたのか、記憶のままだった。石はもっと昔から、百年以上もそこにあるとの噂だが、本当かどうか。
ずりずり石はずりずりさまを封印した石で、もし、ずりずり石を落としてしまうと、ずりずりさまが飛び出し、ずりずりと這いながら襲いかかって来る、というのが、小学生時代に流行っていたずりずり怪談話だ。
ずりずりさまというのは、この鳥居の先にある祠に祭られている神さまの愛称で、かつて村人を襲い、悪行のはてに封印されたという。
高校生になったいまでは、ずりずりさまというのは土砂崩れか何かの自然災害で、その犠牲者を供養した、と予測できるが、小学生のときは、そのずりずりさまをドロドロのばけもの姿で想像して、ぞくぞくしていた。
願いごとをするとき、失敗してずりずり石に当て落としてしまうと、恐怖のずりずりさまが復活する、そう思いながら、小石を鳥居に投げ、運を試すのが面白かった。
おれは小石をずりずり石にあて、ひやりとしたことがあるが、石はびくともせず、そこに鎮座していた。他にも同じように、いや、わざとずりずり石にぶつけて落とそうとしていたやつもいたけど、誰ひとり石を落とすことも、動かすこともできなかったのを覚えている。
「うっわー、手ぇ届くじゃん」
ヨネちゃんがふざけ半分でずりずり石にさわる。彼も小学生時代を思い出して、なつかしんでいるんだろう、そう思った。
と。
――ぐら、
ずりずり石が大きく動いて、
「あ」
ごとん、と音を立てて落ちた石は、おれたちのあしもとで、まっぷたつに割れていた。
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