ずりずりさま

竹神チエ

ずりずりずり……

 タクローとヨネちゃんは捕まった。

 分かれ道で右に行ったユウヤとレナは無事だろうか。


 おれはミズハの手をひき走っている。まさか、こんなかたちで彼女と手をつなぐことになるとは。ミズハはバテはじめている。おれだってもう走りたくない。心臓が肋骨を殴るように打ちつけ、汗で視界がかすむ。


「りっくん、も、もう、わたし」


 完全に息があがってしまっているミズハ。腰から崩れ落ち、アスファルトの上に座りこもうとする。


「だめだ、ミズハ。立て、いくぞ」

「む、むり。も、だめ」


 手首をにぎり、引きあげようとしたが、ミズハは激しく首を振って立とうとしない。ゴホッと咳こみ、肩を上げ下げして呼吸する姿に、これ以上走るのは無理だと認めないわけにはいかなかった。


「ミズハ」


 ミズハは視線を上げるのも億劫そうだ。汗なのか涙なのか判別できない水滴を顔や首筋に流し、カチカチと歯が震えている。恐怖。彼女は怯えている。おれも。茂みの向こうに目をやる。いない。でも油断はだめだ。あいつは来る、来る、来る……


「乗れ」


 背をむける。ミズハは、はっ、と短く笑った。


「ばか。おぶって走れるわけないじゃん」

「乗れって」

「やだ」


 ちっ、と舌打ちする。


「お姫様だっこは腰やらかしそうだからやんねーぞ。おぶうくらいなら、なんとかなるって。早くしろよ、あいつが」


 ずり、ずりずり、ずり、と這う音が、


「来た」


 ミズハは背後を確かめなかった。おれに目を向けたまま、うなずく。


「ほら、りっくんは行って」

「お前も」

「行かない。りっくんだけでも」


 ずり、ずり、ずり、ずりずりずり、音が加速する。迫る。顔は人間――ただし眼球があるはずの場所は空洞で、鼻はなく、唇もない――からだはドロドロしたヘドロ状、悪臭を放ちながら這う物体。あいつが来る。


「ミズハ」

「行け」とミズハは鋭く言い放つ。「いけいけいけいけ、いけよ、バカりく!」


 それでも動かないおれをミズハは蹴った。


「行け、いけいけいけいけ、いけー!」


 ミズハをかかえて逃げようか。手を伸ばした。でも彼女は足ではねのける。


 おれはタクローのようにがたいがよくない。あいつだったら、ミズハを無理やりでも担ぎあげて逃げただろう。でもタクローはいない。タクローはいちばんに、あいつ、『ずりずりさま』の犠牲になったから。


「おれ、……ミズハ」

「行って」

「でも」


 蹴る足をさけ、自然と半身に、そして背を向けた瞬間、どん、と蹴る一撃に、おれはへなへなになりそうな足に鞭打って駆け出した。そのまま、一度も振り向かず、渾身の力で走り続ける。ずりずりさまを見たくない。なにより、ミズハを食う姿なんて見たくない。


 なぜ、どうして。何かが狂った。狂ってしまった。

 おれたちはふつうの高校生だった。あの、瞬間まで。


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