第17話 巡り合わせと大事な話2

 僕たちに向かってくるあいつは、いつの日か見た、大きな鎌を持っていた。


 そう。その影の正体は『死神』だった。


「ふふっ。ここで会ったが100年目。あなたを刈らせていただきます」


 死神は、僕など眼中にないと言わんばかりに荒熊さんだけを見つめてそう言った。


 くそ、こんな時に。今はあの雀を追いかけることに専念したいのに。


 気づけば、黒い雀は死神の横を素通りし、そのまま先に進んでいた。


 今はまだ走れば間に合う距離だが、このままではいずれ見失ってしまう。


 しかし、追いかけようにも目の前には死神だ。


「困りましたね」


「大丈夫だ。ここは俺に任せて、お前は先に行け」


「もしかして荒熊さん、フラグ建築士の資格持ってますか?」


「ねぇよ。ちなみに俺は、鶴の恩返しっていう昔話が好きなんだぜ」


「ふふっ。そういう回りくどい話し方、僕っぽいです」


「かもな。それよりお前は早く行け。どうやら、あの死神は俺にしか興味がないみたいだぜ」


 その言葉の通り、死神は依然として僕には目もくれず、荒熊さんだけを見つめていた。


「いやー、モテる男はつらいぜ」


 鼻高々と言う荒熊さんのその姿が、なんだか鼻についた。


「ちなみに僕は、狂言にも興味がありましてね。演目の1つに『花折』というのがあるそうで」


「やれやれ。そうひひがむなよ」


 荒熊さんは僕を見ていたずらっぽく微笑んだ。


「さあ、急げ。……見失うなよ、兼定」


「はい。荒熊さんも気をつけて」



 お互いのこぶしを突き合せた後、僕は黒い雀を追うために走り出した。


 僕が死神の横を走り抜ける際も、死神はこちらを見向きもせず荒熊さんだけを見つめていた。


 そのことが少し気がかりではあったが、僕は黒い雀を追うことだけに集中し、ついには黒い雀に追いついた。


 黒い雀は僕が追いついたことを確認すると速度を上げ、走らなければ追いつけない程の速さで飛び始めた。


なるほど。この雀に案内役を頼んだ何者かの狙いは、僕なんだ。そして荒熊さんが一緒だと都合が悪いようで、わざわざ死神に協力してもらい僕と荒熊さんを分断させた。そうに違いない。


 だが、何のためにこんなことをするんだ?


 そんな疑問を抱きながらも、雀を追い続けていくと、名跡の森という場所にある古ぼけた小屋にたどり着いた。


「チュンチュン」


 扉は開いており、黒い雀はそのまま小屋に入っていったので、僕も遅れて恐る恐る中へと入った。


 すると、そこには鳥籠と黒い雀が墨で描かれている大きな衝立てがあった。


「ここにあったか」


 黒い雀を生み出している本体はこれだ。この衝立ての絵を塗りつぶせば、黒い雀を倒せるだろう。


 そして、まるで狙ったかのように、その衝立ての前には筆と墨汁が用意されていた。


 これで、黒い雀を退治できる。


 筆を手に取り、墨でこの衝立てに描かれた絵を塗りつぶせばいいだけだ。


 だが、ここまで準備が良いと罠を疑いたくなる。


 どうしたものか……。


 僕がどうするべきか頭を悩ませながら突っ立っていると「おやおや? 何を悩んでいるのかな?」という言葉と共に、衝立ての裏からぬっと誰かが現れた。


「あなたは!」


「やあ、久しぶり」


 その者はヘラヘラと笑いながら、呑気に手を振った。




 名を――凶鏡。


 以前、のっぺらぼうの退治を依頼してきた人だ。


「凶鏡さん? どうしてここに? というか、これらを仕込んだのはあなたですか?」


「ああ。全部ボクの仕業さ」


「なんのために?」


「君と話をしたかったからだ。それに、荒熊とやらが居たら、落ち着いて話ができないからね」


「それってどういう――」


「ボクは妖なんだ」


「ま、まさか!?」


「ホントだよ。だから、荒熊がいると困る。鎮められちゃうからね」


 たしかに思い返してみれば、荒熊さんを避けていたような節はあったか……。


 それにしても、凶鏡さんが妖か。驚きは隠せないな。だが、ここは落ち着いていこう。


 変な気を起こせば、命を失うかもしれないから。


「それで、話ってなんですか?」


「君にとって妖とは何だい?」


「……僕は妖に命を狙われたことがある。死の恐怖を感じたこともある」


「なるほど。君にとって妖とは恐怖の対象ということかな?」


「でも、みんながみんな野蛮な者というわけでもない」


「そうだね。人を襲うことによろこびを感じる妖もいれば、人に会うことを恐れる妖もいるんだ。実に多種多様な妖がいるわけだ。人間と同じように、ね」


「妖と人間は根本的には変わらない……と」


「そうだね。それでここからが本題なんだけど――」


「兼定―!」


 小屋の外から、僕を呼ぶ荒熊さんの声が聞こえた。


「あらら。思ったより早かったな。話の続きはまた今度。といっても、きっとすぐまた逢うと思うけど」


 凶鏡さんはそう言うと、足早に小屋から出て行ってしまった。


「待て!」


 追いかけてみたが、すでに凶鏡さんの姿はなかった。


 逃げられたか……。


 仕方ない。今は荒熊さんと合流することを優先しよう。


「荒熊さーん! 僕はここでーす!」


 近くにいるだろう荒熊さんに、大声で呼びかける。


「兼定―! 聞こえたぞー!」


 返事が聞こえた。声の聞こえ方からして、すぐ近くまで来ているようだ。


 少しして、視線の先に人影が見えた。


「おおっ! 兼定!」


 その人影は荒熊さんで、走ってボクの側までやってきた。


「荒熊さん! 無事でよかったです」


「兼定もな」


「死神はどうなりました?」


「ああ。そのことか。まずお前と別れた後、すぐに死神と戦いを始めたんだが、あの死神が相変わらず強くて俺の攻撃をヒョイヒョイと避けやがるんだ」


「ふむ」


「しばらくムキになって攻撃を繰り返していたが、どうも死神の様子がおかしくてな。死神は俺の攻撃を避けるばかりで反撃をしてこないんだ」


「ふむふむ」


「そこで俺は、攻撃の手を休めて死神にこう言ってやったんだ」


 荒熊さんは一旦呼吸を落ち着かせてから、ニヤリと笑いこう続けた。


「俺はあんたを無視して兼定を追うこともできるんだぜ、死神さんよ」


「ふふ、なるほど」


 普通だったら、「避けてばかりだな!」とか「本気でかかってこい!」と言いそうなものだが、あろうことか荒熊さんは死神に鎌をかけた・・・・んだ。


「そしたら、死神は急にアタフタし始めて、終いには『ま、まさかお前は知っているのか!? 兼定吉刀は今、この先の名跡の森で待つとある妖の元に導かれていることに! そして事の次第によっては、兼定吉刀の身に危険が迫ることを!』って勝手に話してくれたよ」


 まんまと荒熊さんの策に、はまっているじゃないか。


 まさかあの怖そうな死神が、そんなにもポンコツだとは思いもしなかった。


「それで心配になった俺は死神との戦いを放棄して、お前の元へ向かうことにした。まあ、当然死神も俺を止めようと追ってくる訳だが、構わず走ったよ。その際、死神は俺を止めるために鎌を振るってきたんだが、空振って勢い余って転んでたよ」


 やれやれ。どこまでもドジな子だな。


「そんで転んだ死神は『うわーん! もうお家に帰る』って言って泣きながらどっかに行っちまった。だから、その後、俺はただただ走ってここまで来たってわけさ」


「なるほど。理解しました」


「それで、兼定の方は何があった?」


「黒い雀を追いかけていたら、ここにたどり着きました。それで、そこの小屋に入ると、黒い雀の本体とも言える衝立を見つけました。しかし、それをどうにかする前に、凶鏡さんが現れたんです。凶鏡さんとは以前のっぺらぼうの退治を依頼してきた人です」


「ほう。その凶鏡とやらがお前を待っていた妖ということか?」


「はい。それで――」


 ドーン!


 突如、近くで太鼓の音が響く。


「なんだ? 祭りでもやっているのか?」


「かもしれま――いや、違います!」


 僕の視界の中にメラメラと燃える太鼓と小鬼が浮かんでいた。


 ドオォォォォォン!


 小鬼が太鼓を叩くと、熱風が僕たちに押し寄せてきた!


「うわっ!」

「おわっと!」


 風に押されて吹き飛ぶが、それは幸運だったのかもしれない。


 僕たちがいた場所は炎が巻き上がりメラメラと燃えている。


「ちっ、妖か! 兼定。話は後だ。まずはこいつを鎮めるぞ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る