第16話 巡り合わせと大事な話

 チュンチュン。


「う~ん。もう朝か」


 小鳥のさえずりで目を覚ます。


「ふわぁーあ」


 チュンチュン、チュンチュン。


 こんなにも穏やかな朝はいつぶりだろう。


 チュンチュン、チュンチュン、チュンチュン。


「ふふっ」


 小鳥の声はカーテンの向こう側から聞こえる。


 きっと小鳥が僕のために鳴いてくれているに違いない。


 チュンチュン、チュンチュン、チュンチュン、チュンチュン。


「……」


 チュンチュン、チュンチュン、チュンチュン、チュンチュン、チュンチュン。


 いや、めっちゃ鳴くな! 鳴きすぎじゃない!?


 どんな小鳥なのか見てみたくなるね!


 小鳥が逃げないようにカーテンをそっと開けると、そこには真っ黒な雀がいた。


 まるで墨汁で塗ったように真っ黒だ。いや、むしろ体の全部が墨汁でできているように見えた。


 何だ、こいつ?


 窓を開けて黒い雀に近づく。


「チュンチュン」


 鳴いている素振りは雀そのものだ。でも、黒い。普通の雀ではないことはたしかだ。


「この黒い雀は妖……なのか?」


「チュン!」


「返事しているのか?」


 触れようと手を伸ばすが、避けるように黒い雀は飛び立ってしまった。


 墨のように黒い雀か……。


 とりあえず、荒熊さんのところへ報告に行こう。


 荒熊さんの部屋の前まで行くと、玄関が開け放たれていた。


 何かあったのだろうか?


 扉の前で部屋に向かって「おはようございます。荒熊さん」と声をかけてみた。


「兼定か! ナイスタイミング。こっちに来て手伝ってくれ」


 手伝う? はて、部屋の模様替えでもしているのだろうか。


「おじゃましまーす」


 玄関に上がり扉を閉め、靴を脱いで部屋まで進むと、息を切らして汗を流しながら部屋を見回している荒熊さんがいた。


 そして、玄関のみならず部屋の窓も開け放たれていた。


「おはようございます、荒熊さん。何してるんですか?」


「実はだな――」


「チュンチュン!」


「あっ、あれは!」


 そこにいたのは、さっき見かけた墨のように黒い雀だった。


「こいつが俺の部屋に迷い込んでしまったみたいでな。追い出そうとしているんだが、苦戦しているところだ。兼定、こいつを捕まえられないか?」


 うーん。追いかけて捕まえるのは大変そうだ。


 何かいい方法はないだろうか、と考えていたところ、黒い雀が僕の肩に止まった。


 肩の上でこちらを見つめる黒い雀は、つぶらな瞳をしていてなんとも可愛らしかった。


 家で飼いたいかも、などと思えるほどにすでに愛着が湧いている。


「兼定! そのまま動くんじゃねえぞ」


 荒熊さんに視線を向けると、実に悪そうな顔をしながらそろりそろりと、こちらに近づいてきているではないか。


 そして、荒熊さんは黒い雀に手が届くくらい十分に近づくと、素早い動きで黒い雀を捕らえた。


「よっしゃ!」


「チュピィ~」


「荒熊さん! 乱暴はしないでください!」


「いや、ダメだね。触れて分かったが、こいつは妖だ。妖は鎮めなければならない」


 荒熊さんはそう言うと、黒い雀を握る手に力を込めた。――その瞬間。


 パシャーン!


 黒い雀は形を失い墨汁となり、荒熊さんの手からこぼれ落ちた。


 ああ、可哀想な黒い雀。


 荒熊さんに握りつぶされ、墨汁になってしまった。


 そしてその後、墨汁はすっかり消えた。


「俺は俺のやりたいようにやるだけだ」


「荒熊さん……」


「チュンチュン!」


「なんだ!?」

「うわぁ!?」


 突然のチュンチュン声に、2人同時に驚いてしまった。


 チュンチュン声は窓の外から聞こえたので、窓の外を見てみると……。


 さっきと同じ黒い雀。


「なんであそこにさっきの黒い雀が?」


「さあ? いったいどうなってんだ?」


「あっ!」


 窓の外にいた黒い雀が荒熊さんの肩に飛び乗った。


「このやろう!」


 荒熊さんが怒り任せに黒い雀にデコピンをすると、顔の部分が吹っ飛んだが、そのすぐあとに、録画を巻き戻したかのように元通りになっていく。


「くそ、どうなってる!?」


「チュン!」


 黒い雀は荒熊さんの肩から飛び立ち、再び部屋中を飛び回り始めた。


 荒熊さんが台所に移動しコップに水を汲み、戻ってくる。


「これならどうだ!」


 荒熊さんがコップの水を黒い雀にぶっかけると、水を吸収して体の黒色を薄くした。しかし、すぐにくちばしの先から水鉄砲のように水を噴出して元通りの黒色になってしまった。


「あぁ! 面倒くせぇ! こういう妖が一番嫌いなんだ!」


 荒熊さんは諦めたようで、ごろんと横になってしまった。


「兼定! 何とかしてくれ!」


「何とかしてくれって言われても……」


 倒しても蘇る墨の黒い雀。


 もし、この妖が落語に関するものなら、おそらく演目は『抜け雀』だろう。


 だとするならば……。


「こういう倒せない敵というのは、本体は別にあるとか、復活装置がどこかにあるとかが定石です」


「じゃあ、さっそくそれを探しに行こうぜ」


「待ってください。それでもいいですが、時が来れば雀はそこへ帰っていくと思います」


「なるほどな。その後ろを追った方が効率がいいってことか」


「はい」


「で、その時っていうのはいつだ?」


「わかりません」


「そうか。じゃあ、その時が来たら起こしてくれ」


 そう言うと、荒熊さんは目を閉じてしまった。


「やれやれ」


「チュンチュン」


 黒い雀は元気よく鳴くと、玄関のほうに飛んで行った。


「荒熊さん! 時が来ました!」


「あらら、寝る暇もなかったな」


 すぐに追いかけると、黒い雀は玄関で留まりながら、こちらを見つめていた。


「それじゃあ、開けますよ」


「ああ」


 玄関の扉を開けると、黒い雀は外へ飛び出した。しかしその後、黒い雀は急いでどこかへ飛んで行ってしまうのではなく、ゆっくりと進み出した。


「おそらくこれは誘いだな」


「誘いですか? 僕たちをどこかへ導くために、この雀は僕たちの元までやって来ていたと?」


「ああ。誰かがこの黒い雀に案内役を頼んだんだろう。目的はわからないがな」


「とにかく、警戒していきましょう」


「そうだな」


 黒い雀を先頭に、僕と荒熊さんは後に続く。


 目の前を悠然と飛ぶ黒い雀の後ろをテクテクと歩き続けること数十分。


「チュン!」と黒い雀の鳴き声を上げた。


「うん? 着いたのかな?」


 歩みを止めて辺りを見回すが、特にめぼしいものはなかった。


「着いたわけではないようだな」


「チュンチュン」


 改めて、辺りを見渡す。すると、こちらに向かってくる影が、遠くに見えることに気づいた。


 そして、徐々にその影の正体が明らかとなっていく。


「あ、あいつは!」

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