第15話 サイコロと脅し2

 たしかにサイコロが机に落ちたときは、6の面が上にあったし、そのまま静止したかのように見えた。

 

 だが、サイコロは偶然にも・・・・コテンと転がり、4の面を上にしたのだった。


「ははは。お前もまたスタートからだな。まあ、ズルをしてもダメってことだ」


「そうですよね。ズルはいけませんよね。――さあ、こうなったら意地でもゴールしてみせますよ!」


「おっ! やる気だね、兼定。根性なら俺も負けないぜ。――それじゃあ、振るぞ」




 ――こうして、サイコロを振り続け、再びゴールが目前に迫る。




「よし、俺はあと4マスだ。1、2、3ならスタートへ。4、5、6ならゴールだ」


 おそらくだが、ここで今までと同じようにサイコロを振ったとしたら、スタートに戻されるのがオチである。


 動き出すなら今だ。


「あの、荒熊さん。これ以外のサイコロは持っていますか?」


「ああ、もちろん持ってるぜ。でも、どうして?」


「いやあ、さっきからゴールできないのは、このサイコロのせいなんじゃないかと思って」


「なるほどな。このサイコロは、ツイてないサイコロってわけか」


「いや、むしろツイてるというか……。とにかく、このサイコロは処分して、他のサイコロにしましょう」


「待て。他のサイコロを使うにしても、このサイコロをわざわざ処分する必要はないよな?」


 たしかに、荒熊さんの指摘は正しい。


 だが、ここで引き下がるわけにはいかない。


「いえ、このサイコロはおそらく、不運のサイコロです。持っているだけで良くないことが身に起こります。処分すべきです」


「そうか……。とりあえず、あと1回だけこのサイコロでやってみるわ。それでダメだったら処分を考えることにする」


「わかりました。ちなみに処分の方法はどうしますか?」


「ゴミ箱に捨てる以外にあるか?」


 そりゃあ、そうか。


 流れを引き寄せるためとはいえ、おかしな質問をしてしまった。


 しかし、荒熊さんは他の方法を真面目に考え始め「あとは燃やしてみる……とか?」と、ナイスなキラーパスを放った。


「いいですね! このサイコロに木の枝とか巻きつけて、火打ち石で火をつけましょう!」


「えっ? 火打ち石? というか……なんでそんなに嬉しそうなのさ?」


「まあまあ。それでは、荒熊さん。サイコロを振ってください!」


「あ、ああ。――えい! おっ? おっと! おっとっと」


 荒熊さんが振ったサイコロは、どの目を出すか迷っているかのように、フラフラと震えながら机の上を転がり、ついに静止した。


「3だ! あちゃー。またスタートからだよ」


「あらら。そうなると、サイコロの処分を考えないといけませんね」


 僕はサイコロを拾い上げ、言い聞かせるようにこう言った。


「ですが、僕もあと1回だけこのサイコロを使ってみようと思います。無事ゴールができたら処分はしなくてもいいです。ゴールできなかったら、即処分です」


 ここでまたもや、荒熊さんは「ちなみに、兼定はどんな処分方法がいいと思う?」という素晴らしいアシストをしてくれた。


「僕はですねー、泥舟を作ってこのサイコロを乗せたあと、海に流します! そのうち泥舟は溶けるでしょうから、このサイコロは海の底に沈むことになりますね!」


「そ、そうか。というか……どうしてそんなに嬉しそうなの?」

 荒熊さんの顔は引きつっていた。


「さてさて、僕はあと6マスでゴールです。3、4、5が出たらスタートに戻されます。さあ、いきますよ」


 僕はサイコロを上に向かってピョイと投げた。


 そして、机に落ちたサイコロは、コロコロと転がり、そしてピタリと止まった。


 そのサイコロが表した面は……。


「6だ! 1、2、3、4、5、6。ゴールです!」


 駒をゴールのマスまで進め終えると、サイコロがカタカタと動き出した。


 そして、サイコロは煙を上げ、ドロンという音ともにその姿を変えた。


 煙の中から現れたのは、タヌキだった。


「なに!? サイコロがタヌキに化けたぞ!」


「違いますよ、荒熊さん。タヌキがサイコロに化けていたんです」


「ああ、そうか」


 タヌキは声を震わせながら話し始めた。


「お、おめでとうポン。ゴールしたのは、お前かポン。さあ、報酬を受け取れポン」


 そう言うと、タヌキは1枚の短冊を取り出し僕に渡した。


 そして、素早い動きで僕から2mほど離れると、怒ったようにこう言った。


「まったく恐ろしい奴だポン。海に沈めようなんて、人間の考えることじゃないポン」


「じょ、冗談だよー。僕は恐ろしい奴じゃないって」


 僕はできるだけ明るく笑ってみせた。


「いやいや、お前は恐ろしい奴だポン。いずれお前の化けの皮が剥がれるポン」


 それを聞いた荒熊さんは、冗談か本気か


「たしかに、兼定は恐ろしい奴だ」


 とか言い出す始末。



「と、とにかく役目は果たしたポン。オラはドロンさせてもらうポン!」

 タヌキはそう言うと、ピューと玄関のほうへ逃げ出した。


 僕と荒熊さんはすぐに玄関に向かったが、タヌキの姿はすでになかった。


「逃げ足の速い奴ですね」


 僕たちは諦めて、すごろくをやっていた部屋に戻った。


「そういえば、兼定。その短冊には何って書いてあった?」


「それがですね……『瀬をはやみ岩にせかるる滝川の』と書かれていました」


「それだけ?」


「はい。それだけです」


「なんだ。大した報酬でもなかったな」


 荒熊さんは肩をがっくりと落とし、大袈裟おおげさに落ち込んでみせた。


 たしかに、ゴールすると良いことがあると煽られ、それなりの苦労をした結果、手に入れたものが、この謎の短冊だけというのは悲しい。


 ただ、僕にはこの短冊の意味が理解できた。


 この短冊に書いてあるのは、百人一首の『瀬をはやみ岩にせかるる滝川の、割れても末に逢わんとぞ思う』という歌の上の句である。


 そして、この句が書かれた短冊というのは、落語の演目である『崇徳院すとくいん』に出てくるのだ。


『崇徳院』は『瀬をはやみ岩にせかるる滝川の』と書かれた短冊を手がかりに人探しをする噺である。


「この報酬を用意したのは、誰なんでしょう?」


「そりゃあ、このすごろくを売ってた商人だと思うぜ。今思い出したけど、このすごろくは自作のすごろくだって言ってたから」


「そうですか。その商人はどんな人でした?」


「それがさ、その商人はフードを深くかぶってたから、顔がよく見えなかったんだよ。声からして男だとは思うけど」


「なるほど。謎の男ということですね」


 謎は多いが、1つ分かったことがある。

 

 このすごろくを作り報酬を用意したその謎の男は、落語が大好・・きだろういうことだ。

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