第14話 サイコロと脅し
とある平日の夜。
荒熊さんの部屋で夜ご飯を食べ終え、温かいお茶で一服していたときの噺だ。
「なあ、兼定。今日はこれで遊ぼうぜ」
荒熊さんは大きなボードと、サイコロ、そして人型の駒を机の上に置いた。
「すごろく……ですか?」
「ああ。実は昨日、外をぶらぶら歩いていたら、
「そうですか。それにしても懐かしいな。最後にやったのは小学生の頃かな」
「俺もさ、これを見せられた時なんか懐かしく思って、ついつい買ってしまったわけだ」
「荒熊さんもノスタルジーに浸ることがあるんですね」
「どういう意味だ?」
「いやいや。さて、早速やりましょうか」
ボードをざっと確認すると、マスがだいだい100マスくらいあり、何も書いていないマスと、1マス進む、2マス戻る、一回休みなどの定番のマスに加え、猫の真似をしろ、あくびをしろ、などの命令が書かれたマスもあることがわかった。
そして、このすごろくの駒は、自分たちにそっくりな見た目をしているような気がした。
「じゃあ、まずは俺からサイコロを振るぜ。よっ! ――3だ。1、2、3。えっと、『強敵が現われ蹴りを食らう。2マス戻る』だ。1、2。ああ、3マス進んで2マス下がるか」
「次は僕ですね。――4です。1、2、3、4。『事件に遭遇し、
「さて、俺の番だ」
荒熊さんはサイコロを拾い上げ、勢いよく振った。
「――6が出たぞ! ふふふ。お前を置いてどんどん先に行っちゃうぞ!」
荒熊さんはとても上機嫌だった。
「よし。次は兼定の……いや、そういえば1回休みだったな。悪いな。俺はさらに先に行くぜ」
「追いついてみせますよ」
「上等だ。それじゃあ、いくぜ」
荒熊さんはサイコロを拾い上げ、そして振った。
――こうしてサイコロを振り続け、ついにゴールが目前に迫る。
「よし、俺はあと5マスでゴールだ」
「僕はあと8マスです」
「ちなみに確認なんだが、もしここで俺が6を出したらゴールか? それともオーバーした分は、引き返さなくちゃいけないのか?」
「えっと、ボードの隅にルールが書かれていますね。これを読むと、ピッタリじゃなくてもゴールしていいことになっていますね」
「よし。なら俺は5か6を出せばゴールってことだな」
「そうですね。ただ、マスをよく見てください。ゴール手前の3マスは全て『スタートに戻る』となっているので、注意してくださいね」
「な、なに!? つまり、2、3、4を出すとスタートに戻されるわけか。ちなみに、1だと……何もなしか」
荒熊さんはサイコロを強く握りしめ、念を込め始めた。
その際、「キュー」という悲鳴のような声が、かすかに聞こえた気がした。
荒熊さんの唸り声だろうか。
「さあ、いくぞ!」
念を込め終えた荒熊さんは、勢いよくサイコロを振った。
サイコロはコロコロと机の上を転がり、ついに動きを止めた。
出た目はなんと――4!
スタートからやり直しだ。
「くそぉぉぉー!」
「まあ、頑張ってください。次は僕ですね。――4です。1、2、3、4。ここは何も無いマスですね。さて、ゴールまであと4マス」
「また最初から始めるのは精神的にくるな。まあ、とりあえず振るか。――5だな。1、2、3、4、5。『何やら騒がしい。騒音の原因を探る。3マス進む』だとよ。1、2、3っと」
相変わらず、マスに書かれている内容はオリジナリティが溢れるものであった。
このすごろくを作った人は、きっと変わり者に違いない。
「次は僕ですね。1、2、3が出れば、スタートに戻る。4、5、6が出れば、ゴールすることができる。さあ、いくぞ。――2。くそぉ!」
先ほどの言葉を訂正したい気分だ。
このすごろくを作った人は、変わり者というより性格が悪いと言ったほうがいいのではないだろうか。
ゴール手前にスタートに戻るマスを3マスも配置するのだから。
「これでお互いに振り出しに戻されたわけだ。……そういえば、このすごろくを売りこんできた商人が、気になることを言っていたのを思い出した」
荒熊さんは、僕もスタートに戻されたことで安心したのか、雑談を始めた。
「どんなことを言ってたんですか?」
「『このすごろくは、ゴールできない』だったかな。たしかに、あのスタートに戻るっていうマスのせいで、ゴールできてないもんな」
「そう……ですね」
何か引っ掛かる。
たしかにゴール目前のスタートに戻るというマスに、ゴールを妨げられているのは事実だ。
しかし、それだけでゴールできないと言うのは言い過ぎではないだろうか。
もちろん、単なる売り文句だとも考えられるが。
「ああ! それと!」
荒熊さんは、大事なことを言い忘れていた、と言わんばかりに大きな声を出すと、ニコッと笑いながらこう続けた。
「ゴールすると、いいことがあるらしい」
「いいこと? 具体的には何ですか?」
「そこまでは分からん。とにかく、ゴールすれば分かる」
「そうですね。じゃあ、頑張ってゴールを目指しましょう」
――こうして、サイコロを振り続け、再び、ゴールが目前に迫る。
「よし! あと5マスでゴールだ。2、3、4が出ると、スタートに戻されるわけだ。さあ、いくぜ!」
荒熊さんはサイコロを振り落とすと、目を
サイコロはコロコロと転がり、次第に動きを弱め、5の目を出して止まるかと思われた――が、しかし。
不運にもサイコロはコロリともう一転がりし、5の目ではなく、4の目を示した。
「4です」
僕がそう告げると、荒熊さんは目をゆっくりと開きサイコロの目を確認した。
「うわぁぁぁ」
荒熊さんはしょぼくれた声で嘆くと、仕方なしに駒をスタート地点に戻した。
「さて、僕はあと6マスでゴールです。3、4、5が出るとスタートに戻らなくてはいけないわけです。さあ、いきますよ!」
ここで僕はあることを試してみることにした。
先ほどのサイコロの動き。ありえない動きではなく、偶然動いたと言われれば納得できる
僕はサイコロを拾い上げると、サイコロの6の面を上にした状態で、親指と人差し指で摘み、あまり持ち上げず低い位置で構えた。
これならサイコロはそのまま落下し、6が出るはずである。
「おい、兼定。そのおかしな持ち方はなんだ? そんな方法で6が出ても認めないからな」
僕は荒熊さんの言葉をひとまず聞き流し、指を離した。
当然、サイコロは6の面を上にしたまま落下し、机の上に落ちても6の面を上にしたまま静止するはずだった。
しかし、現実は違った。
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