第3話 時計とごまかし2
「は~い! それではゲームの説明をしますね~。今からやってもらうゲームは『16の約束』というゲームで~す。あなた達は、この部屋に隠されたお札を探してくださ~い。お札は全部で16枚。全て見つけたのならば、部屋から出ることも叶うでしょう! ちなみにタイムリミットはあの時計が9時を指すまでで~す」
「なるほどな。宝探しみたいで面白そうじゃないか」
「タイムリミットまでにすべて見つけられなかったら、どうなるんですか?」
「どうなるんでしょ~。ご想像にお任せしまぁ~す!」
現在は8時30分。急いだほうがよさそうだ。
それから僕たちは部屋のあちこちを探し回った。
棚の中、タンスの中、ベッドの下、観葉植物の鉢……。
狭い部屋だから探すところは限られていた。
そして――。
「今何枚だ?」
「15枚ですね……。というか、もう探すところ無いんじゃないですか?」
部屋の隅でピエロに聞こえないようにヒソヒソと話す。
「……そうだな」
「どうしましょう?」
「安心しろ。俺に考えがある」
なんとも頼もしい。この人には、すぐに殴りかかるような感情的な面だけでなく、冷静で賢い一面もあるようだ。きっと良い打開策を打ち出してくれるのだろう。
「あのピエロをボコボコにするぞ!」
「はぁ?」
「ボコボコにして、最後の1枚の場所を吐かせる!」
「いや、でも、あのピエロにはバリアが張られているから、殴っても意味ないんじゃないですか?」
「あっ、そっか」
「やれやれ。こうなったら……。あの、ちょっと試したいことがあるんで、僕に任せてもらっても良いですか?」
「ほう? いいだろう」
「何をこそこそ話してるんですかぁ? 16枚集まったんですか~?」
「数えてみましょうか。今からピエロさんに1枚ずつ渡しますね」
「良~いでしょう!」
ピエロのもとに歩み寄り、札を渡し始める。
「1、2。今、何時ですか?」
「8時55分ですよ~」
「そうですか。……3、4」
「おやぁ~。そんなにゆっくり数えていて良いんですかぁ?」
「5、6」
「じれったいですねぇ~。もうすぐタイムリミットですよぉ!」
「7、8、……タイムリミットは何時でしたっけ?」
「9時ですよぉ! 9時!」
「9時ですか。ええっと……10、11」
「タイムリミットまで、あと5分もないですよ~」
「12、13」
「タイムリミットを過ぎたら……くっくっくっ」
「14、15」
「あぁ~、待ち遠しい」
「16。良し! 16枚、全部ありますね。」
ピエロの手に最後の札を乗せると、ピエロはあっけにとられたような顔をして急に焦りだした。
「えっ? そんなバカな! あり得ない! だって残りの1枚は――」
そこまで言ってピエロは口をつぐみ、そしてニヤリと笑った。
「危ない、危ない。ついつい喋ってしまうところでした。それにしても、あなたは度胸がありますねぇ!」
どうやら、ピエロは僕の作戦に気づいたようだ。
「ワタシがもう一度、数えますよ。1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15。……15枚しかありませんね!」
「くっ」
「あなたはタイムリミットを尋ねることで、ワタシに9という数字を言わせた。そして、その9という数字を利用し、お札の枚数をごまかしましたねぇ~。ワタシが枚数を勘違いして、負けを認めるのを狙ったのですか~?」
15枚しかないお札を16枚すべて揃ったと勘違いして負けを認めてくれれば、それでもよかった。
「いや~、真の狙いは別ですねぇ? 動揺したワタシが、お札の
その通り。実際、ピエロはあと少しのところで、16枚目のお札の在処を口にしそうだった。
だが、結局は失敗だ。
惜しいとかそんなことは関係ない。
残ったのは、僕が時間を浪費してしまったという事実だけなんだ。
「残念ですが、ワタシはそんなミスをしませぇん。そして、残り時間はあと1分ほど。もうあなた方に勝ち目はありませんねぇ~」
「いーや、俺たちの勝ちだ!」
男はそう言うと、大きな置時計の前に立ち、右腕に力を込めて大きく振りかぶった。
ドゴォォォッ!
轟音が響き、置時計には大きな穴が空いた。
「なっ、なにやってんですかぁ! そんなことをしても時計の針は止まりませんよ!」
ピエロは悲鳴のような声を上げた。
「安心しろ。時計を止めるつもりはねぇ。用があるのは後ろの壁だ!」
男は置き時計の真ん中に開けた穴に手を突っ込み、奥を物色し始めた。
ピエロの顔からは先ほどの余裕は消え、焦りが顔に浮かんでいた。
「おっ、あった、あった。これで16枚!」
男は穴から手を出し、高らかにお札を掲げた。
「な、なぜお札の位置が分かったんですかぁ~?」
「ん? さっき、お前が動揺して残りの1枚の場所を言いそうになったとき、一瞬だけこの置時計のほうに視線を動かしたからだよ。口を閉ざすことは出来ても視線を誤魔化すことは出来なかったみたいだな。――これは、少年がお前を動揺させてくれたから、わかったことだ」
「ワタシとしたことが。なんたるチープなミス!」
「さあ、最後の札をお前に渡すぜ。ピエロ野郎」
ピエロが16枚目のお札を受け取ると、札は眩い光を放ち、ボロボロと崩れてしまった。
「はあ。ワタシの負けですか……」
急に、空気がピリつく。
「ゲームはクリアしましたので、僕はもう帰ります!」
これ以上、この場にいることを本能が拒否していた。僕はいち早く、この場を立ち去りたかった。
「待ってくださいよぉ、少年。もう少し遊びましょうよ。ピエロは人を楽しませるのが仕事なんです! だから、ねえ! もっと楽しいことしましょうよ! ドキドキ! ハラハラ! その身に危機が迫り、命を失うかもしれないスリル! 平和とは程遠い非日常を楽しもうよ!」
ピエロは身の毛がよだつ笑みを浮かべ、
「死ねぇぇぇぇえええ!」
突然のピエロの変貌ぶりに、驚きと恐怖を感じ、動くことができなかった。
体は動かないが、この目はピエロの動きを鮮明にとらえていた。
ピエロはナイフを両手に持ち、飛びかかってきている。
死。
頭では理解した。
しかし、それでもなお、体は動かない。
ピエロのナイフが、僕のすぐ目の前にまで迫っている。
死、死、死。
死という文字が頭を占拠する。
「死ぬのはてめぇだぁぁぁ!」
ドカッ!
男のこぶしがピエロの顔にめり込んだ。どうやら、ゲームをクリアしたことで、ピエロに張られていたバリアも解かれていたようだ。
「ぐあぇぁぁぁぁぁぁぁあああ!」
ピエロはふっ飛び壁に突き刺さった後、光の粒子となって消えた。
「ふー。あんまやんちゃすると、痛い目を見るから気をつけな。って、もう遅いか」
男は肩をぐるぐる回しながら、不敵な笑みを浮かべていた。
「た、助かった」
急に体の力が抜け、僕は地面にへたりこんでしまった。
「おっと、大丈夫か?」
男が差し出してくれた手を取り、僕は立ち上がる。
「あ、ありがとうございます。えーと」
「荒熊だ。
なんとなくだがイメージ通りの名前だ。
「ありがとうございました。荒熊さん。僕は
「兼定ね。ご近所同士、これからよろしく。それじゃあ、自分の部屋に戻ろうか」
「待ってください! 聞きたいことがあるんです」
「ん?」
荒熊さんは戸惑いのような表情を浮かべ、こちらを振り向いた。
「あのピエロは何者だったんですか? 荒熊さんはあのピエロのこと妖って言いましたよね。妖ってなんですか?」
「あー、それはだな……まぁ、ごまかせねぇか。続けて2回も会ってりゃなぁ」
困ったように独り言を呟き、ポリポリと頭を掻いてから、こう続けた。
「妖っていうのは、何と言うか、マンガやアニメに出てくる化け物とか幽霊とか妖怪とか、そんな感じのやつだ」
なんともテキトーな答えだ。
「ちなみに、俺はそういう奴を退治してまわる仕事をしている。まぁ、除霊師みたいなもんだな。そんなに仕事熱心ではないけどさ」
「はぁ」
昨日から今日にかけての急展開における疑問が、ほんの少しだけ解決した。
「まぁ、困ったことがあればいつでも言えよ。近所のよしみってやつだ。俺は眠いから部屋に戻って寝る。じゃあな」
話はこれで終わり、といった感じで荒熊さんは足早に部屋を出ていった。
依然として疑問は沢山だったが、何だか腹が減ってきたので、この件について考えるのは一旦やめるとしよう。
さて、僕も早く部屋に戻って何か食べよう。何がいいかな。料理をするのも面倒だし、あれにするか。
「よし。部屋に戻ってカップラーメンを
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