第2話 時計とごまかし
「ふわぁーあ。――いてて」
目を覚ますと、さっそく体が痛んだ。
床で熟睡してしまうなんて、よほど疲れていたのだろう。
まあ、あんなことがあったのだから疲れるのも納得できる。
死神に会って鎌で刈られそうになったところを助けられる、なんてこと、一生に一度有るか無いかだろう。大抵は無いであろうが。
「ふわーあ」
それにしても、ずいぶん長いこと寝ていたような気がする。
今は何時だろう。
壁にかけてある時計に視線を向け、時刻を確認した。
8時か。
たしか、0時過ぎに寝たはずだから睡眠時間は7~8時間だ。
大学生ともなると、睡眠時間を削りがちだし、お昼近くに起きることは珍しくない。
今日はなかなか、健康的である。
せっかく早起きしたので、太陽の光を浴びて元気を蓄えようとカーテンを開けた。
「わーお……」
そこに太陽の姿はなく、闇の中にぼんやりと月が浮かんでいた。
なるほど。今は夜の8時だ。つまり、僕は20時間くらい寝ていたことになる。
「……はあ」
衝撃的な事実を受け入れるのが面倒になったので、再び寝ることにした――その時。
ガンガンガンガン!
「な、何だ何だ!?」
ガンガンガンガン!
音は隣の部屋から聞こえる。
隣の部屋には誰も住んでいなかったはずだけれど、誰かが引っ越してきたのだろうか。
ガンガンガンガン!
しかし、何の音だろう?
何かを叩きつけているような……。
なんにせよ、この音は少し異常だ。
あまりにも騒がしすぎるので様子を見に行くことにした。
玄関を出て、隣の部屋の前まで向かった。
ガンガンガンガン!
依然として音は鳴り響いている。
「何だ、何だぁ!? 騒音ってレベルじゃねぇな!?」
上の階の住人も驚いて出てきたようだ。
「下の階か! 待ってろ! ぶっ飛ばしてやる!」
どうやら好戦的な人のようだ。
遭遇すると面倒くさそうなので、この部屋のことは上の階の人に任せて、僕は部屋に戻ろうかな。
「着いたぜ!」
早っ!
「おうおうおう! さっきからガンガンガンガン鳴らしてるのはこの部屋だな」
「そ、そうみたいですね。……って、あれ?」
この声、というかこの顔は!
「何だよ? 俺の顔に何か付いてるか? ……って、昨日の!」
やっぱりあの人だ。
昨日、僕を助けてくれたあの男の人。
「何だよ、同じアパートに住んでたのか。意外と近くに居たんだな」
ガンガンガンガン!
「あぁ! うるせぇな!」
彼は怒りながら、チャイムも鳴らさず、玄関の扉を引いた。
玄関には鍵がかけられておらず、扉はすんなりと開いた。
玄関から続く廊下とその奥の部屋の間には、暖簾のようなものが下がっていて、部屋の様子はここからは見えなかった。
「おい、さっきから騒がしいぞ! とりあえず、出てこい!」
彼は部屋の中の住人に向かって叫んだ。
「すみませんね~。今は手が離せないので、とりあえず、上がってください~」
やれやれ。ずいぶんと呑気な住人だな。
「ふん、いいだろう」
彼は玄関へ上がり、靴を脱いで部屋に入っていくところだ。
やはりここは彼に任せて、僕は自分の部屋に戻ろう。
そう思って、こっそりと逃げ出そうとした……のだが。
「あれ? お前もこの部屋の住人をぶっ飛ばしに来たんだろ? まさか、逃げるつもりじゃないよな?」
「いや、あの、その……」
「ああ? とにかく一緒に行くぞ!」
「ええっ!?」
彼は僕の手を掴み、強引に引っ張った。
振りほどこうとしたが彼の力は強く、抗うことはできなかった。
「とほほ」
仕方がないので、彼と一緒に部屋の中に入ることにした。
廊下を進み暖簾のようなものをくぐって8帖ほどの部屋に入ると、そこには、ピエロ姿の人がトンカチを持って立っていた。
「いやぁ~、こんばんは。ようこそいらっしゃいましたぁ! 私の部屋にぃ!」
「何だぁ、てめぇ? ふざけてんのか?」
「いやいや~、ふざけてないですょ。それよりガンガンうるさくてごめんなさいねぇ。ちょっと時計を設置していたものでぇ~」
その言葉通り、壁には大きな置時計が設置されていた。アパートの小さな部屋には不釣り合いな大きくて立派な時計だ。
「こんなに大きな時計をこの部屋に置くとはな。しかも、わざわざ夜にガンガンとやかましい音を出しながら設置するなんて。それに、ピエロの格好までしてよ。普通の感覚じゃないぜ」
「えへへ。すみませ~ん」
「へらへらしやがって。なんか、おかしな奴だな。……もしかしてお前、妖だな?」
妖。
昨日出会った死神に対しても、彼はそう呼んでいた。
「ワタシが妖? それはどうでしょうかねぇ~」
「そうかい。まあ、ぶっ飛ばしてみればわかるか」
「えぇ! ぶっ飛ばされるのはちょっ――」
「おらぁ!」
ピキッ!
殴ったー! 問答無用だ、この人!
助走をつけてピエロの顔を思いっきりぶん殴ったよ。でも……。
「残念でしたぁ」
「なっ!?」
たしかに殴られたはずのピエロは、なぜか微動だにせず、ピンピンとしていた。
「いきなり殴りかかってくるなんて、ひどい人だなぁ。まあ、いいや。それよりもゲームでもしましょ~!」
「ちっ! なんで平然としてやがるんだ?」
「それはですねぇ~、今の私にはバリアが張られているんでぇ~す。そのおかげでダメージはありませ~ん」
「バリアだと? そんなファンタジーな力を使えるってことは、やっぱりお前は妖だったか」
「そうで~す! でも、まあ、そんなことはいったん置いといて。ゲームをしましょうよ~」
「ゲーム? そんな暇はねぇよ」
「そうですかぁ~。でも、残念! 実は既にあなた達にはゲームをしてもらっているんで~す」
「なんだと?」
「あの、待ってください」と、僕は2人の会話に割って入った。
ついつい勢いに流されてここまで話を黙って聞いていたけど、僕の本来の目的はあのドンドンドンという音の正体を探り、それを止めること。
あの音は時計を設置するための音であったし、時計はすでに設置を終えている。
つまり、目的は達成されたのだ。
「続きは2人でやってください。僕は自分の部屋に戻ります」
そう言い残して、暖簾をくぐり廊下に出ようとしたのだが――。
「あれ?」
「どうした?」
「これ以上進めません! 見えない壁があるみたいに!」
「その通り! そこにもバリアが張ってありま~す。そのバリアが解けないと、出られませ~ん」
「そ、そんな!」
昨日に引き続き、非現実的な展開に気が焦る。
「まあまあ、落ち着いてぇ~。ゲームをクリアしたらバリアは解けますよぉ」
「おい、少年。どうやらこのピエロのゲームに付き合うしかないようだな」
「……そうみたいですね。ピエロさん。ゲームの説明を」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます