第11話 相談と目鼻口なし2

 きょうきょうさんが半歩先を歩き、僕は後についていく。


 人の気配が感じられない静かな路地裏をお互いに黙ってスタスタと歩いていたが、やはりこういう時は何か話をしたほうがいいのではないだろうか。


 よし!


「きょうきょうさん。今日は雨が降りそうですね」


「ええ。あっ、雨といえば、かさごですね」


「えっ? カサゴ? きょうきょうさんは釣りがお好きなのですか?」


「えっ? いえ、そんなことはないですけど……」 


「……?」


「……?」


 うわーん! なんか変な空気になっちゃた。


 なんか他の話をしよう! えーと、何か話題はないかな。うーん。


 もういっそ、のっぺらぼうが出てくれたほうが話題に困らないよ。


 そんなことを思ったり思わなかったりで。


 あっ、そうだ。


「きょうきょうさんの、きょうきょうという名前はどういう漢字で書くんですか?」


「大凶の凶に、かがみで凶鏡です」


「へえ、随分と……」


「変わってますよね」


「えっと、いや……はい。特に大凶の凶という字に、いいイメージはないですからね。普通は名前に使うことはしないでしょう。――ああ、でも人生の始まりが凶で、後は良くなっていくだけって考えれば、いい意味にとらえることもできなくはないですね」


「兼定さん!」


 僕の名前を叫びながらこちら向いた凶鏡さんの顔に微笑みはなく、険しい表情をしていた。


 気に障ることを言ってしまったのかもしれない。


「すみません。悪気はなかったんです」


「いえ、そのことではなくて。あそこを見てください」


 凶鏡さんがゆびさすほうを見ると、少し離れたところに1本の電柱があり、その陰に何かが隠れていた。


 もしかして……。


 そいつは、電柱の陰からぬ~っと出てきて「ケラケラ」と笑い声をあげた。


「のっぺらぼう!」


 まさか、本当に出てくるとは。


 そして、凶鏡さんが言った通り、目も鼻も口もない顔でケラケラと笑う様は気味が悪すぎる。


「どうしましょう? 兼定さん」


「どうしましょうって言われても、たぶん僕にはどうにもできません。逃げるしかないですね」


「……そうなのですね。じゃあ、妖を退治できるのは、あなたの言う『担当の人』という人だけですか?」


 果たしてそうなのかどうかはわからないが、荒熊さんがいない中で妖と戦うのは得策ではないことはたしかだろう。


 ここは、少し濁して答えることにしよう。


「まあ、そうかもしれないですね。ちなみにその『担当の人』は荒熊さんという人です」


「そうですか。ワタクシが聞いた噂では、名前まではわからなかったもので。なるほど、荒熊さんですか」


 そんなこと話しているうちに、のっぺらぼうがぬらぬらと近づいてきていた。


 このままでは、あの気味の悪いのっぺらぼうが目と鼻の先にやって来てしまう。


「凶鏡さん。こっちの脇道を少し進んであの角を曲がるとスーパーがあります。いったんそこに逃げましょう」


「わかりました」


 よーいドンで走り出そうとしたその瞬間


「おーい、兼定ぁー」


 と、後ろの遠くのほうから、僕を呼ぶ大きな声が聞こえた。


 振り返ると、走りながら手を振ってこちらに近づいてくる荒熊さんの姿があった。


「凶鏡さん。荒熊さんが来ました。だから逃げなくても大丈夫です」


「いや、でも、すみません! ワタクシ、怖くてもうこれ以上ここには居たくはありません!」


 凶鏡さんはそう言い残して、スーパーに向かって走り出してしまった。


 しばらくすると荒熊さんが到着し、まるで迷子の子供を見つけたかのように「よう、兼定。こんなところにいたのか」と話しかけてきた。


「すみません、荒熊さん。説明は後でします。とにかく今は、あいつを何とかしてください」


「あいつ?」


 僕はのっぺらぼうを指さした。


 奴は変わらず、ぬらぬらとこちらに近づきながら、ケラケラと笑い声をあげていた。


「なるほどな。見たところ、そんなに強くなさそうだ。さっさと片づけて家に帰ろうじゃないか」


 荒熊さんはそう言うと、のっぺらぼうに向かって走って行き、こぶしを1発お見舞いした。


「グギャ」


 のっぺらぼうは呆気なく倒され、光の粒子となって消えた。


「たいしたことなかったな。――さて、帰るとするか」


「すみません。僕はもう少しやることがあるので」


「そうか。じゃあ、悪いが先に帰らせてもらうぜ。腹が減ってるから、早くお家でご飯を食べたいのさ」


「では、鍵を返さないと、ですね」


「おっと、いけねえ。そうだった」


「それでは。また後で」


「ああ」


 僕は帰り道をフラフラと歩いて行く荒熊さんが見えなくなるまで見送った。


 さてと。のっぺらぼうを退治したことを凶鏡さんに報告するために、スーパーまで行かないと。


「兼定さーん。やっぱり気になったから戻ってきました」


 良かった。スーパーまで行く手間が省けた。


「凶鏡さん。のっぺらぼうは荒熊さんが退治してくれました」


「そうですか。良かったです。これで安心して暮らせますよ。しかし、その荒熊さんという人に会えなかったのは残念です。お礼も言えずで」


「もう少し早く戻ってきてくだされば、会えたんですけどね。タイミングが悪かったですね」


「そうですね。――さて、のっぺらぼうが退治されたということなので、もう1人で帰れます。ここまで送ってくれて、本当にありがとうございました」


 凶鏡さんは、ペコリと頭を下げた後、歩き出した。


 僕は凶鏡さんが見なくなるまで見送った後、荒熊さんの部屋に戻るため振り返って歩き出した。


「いやー、それにしても刺激的な1日だったな」


 そんなことを呟きながら歩いていると、ふと、道の脇にある電柱が気になった。


「何か見えたような……」


「ケラケラ」


「なっ!? この笑い声は!」


 そいつは、電柱の陰からぬら~っと出てきた。


「ギャー! のっぺらぼう! 荒熊さんが倒したはずなのにー!」


「ケラケラ」


 目も鼻も口もない顔でケラケラと笑う様は、相変わらず気味が悪い!


「凶鏡さーん! 僕を荒熊さんの家まで送ってくださーい!」

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