第10話 相談と目鼻口なし

 近頃の騒動のおかげで、荒熊さんとの距離が縮まってきているように感じていた。


 僕の部屋で遊ぶ時間も増えてきたが、僕は未だに荒熊さんの部屋には行ったことがない。


 そこで、今日こそは荒熊さんの部屋に遊びに行こうと決心し、荒熊さんの部屋に向かったところだ。


「おっ、兼定じゃないか」


 扉の近くまで来たところで、ちょうど部屋から出てくる荒熊さんに遭遇した。


「こんにちは。おでかけですか?」


「ああ、ちょっとコンビニに買い物に行くところだ」


「そうですか。遊びにきたんですけど、タイミングが悪かったみたいですね」


「そういうことなら、留守番しててくれ。たぶん、すぐ帰ってくるし」


「わかりました」


「じゃあ、鍵はお前に預けておくか」


 荒熊さんは僕に鍵を渡し、階段に向かって歩いて行った。


 僕は荒熊さんが見えなくなったところで、静かに玄関まで進んで靴を脱ぎ、奥の部屋へと行き、電気をつけた後、机の上に鍵を置いて、ゆっくりと腰を下ろした。


 部屋主がいない部屋に1人。


 こんな時は何をしたらいいのだろうか。


 妙にソワソワしながら部屋を見回していたら、漫画が目に入ったので、それを読んで待つことにした。


 それからしばらく、たぶん10分くらい、漫画を読んでいたところ、チャイムが鳴った。


 荒熊さんだろうか。思ったよりも早かったな。


 というか、自分の部屋ならチャイムなんて鳴らさなくてもいいのに。


 そんなことを思いながら玄関に向かい扉を開けると、そこには知らない人が立っていた。


 背丈は僕と同じくらいで、常にうっすらと微笑んでいるように見える顔をした男性だった。


「ワタクシ、きょうきょう・・・・・・と申します。職業は大学生です。実はのっぺらぼうのことについて相談がありまして……」


「のっぺらぼう?」


「はい。ここでは、そういった妖の相談を聞いてくださるのですよね? そのように噂で聞いたのですが……」


 妖の相談? ああ。荒熊さん関連の話か。


「すみません。担当の人は買い物に出かけてしまって、今ここにいないんです。しばらくすれば帰ってくるとは思いますが……」


「そうですか。困ったなぁ」


 相談者が言葉の通り、とても困ったような顔をしてみせるので、僕は思わず「僕で良かったら話を聞きますよ」と口に出していた。


「ありがとうございます。えっと……」


「あっ、僕は兼定といいます。兼業の兼に、決定の定で兼定です」


「兼定さん、ありがとうございます。では、話させていただきます」


 相談者はぽつりぽつりと話し出した。


「ワタクシはこの近くに住んでいるのですが、3日前、買い物の帰り道で、のっぺらぼうに出会ってしまったのです。そいつは道端の電柱の影から、ぬ~っと出てきたんです。ワタクシ、とても驚いて心臓が止まりそうになりました」


 たしかに急にのっぺらぼうが出てきたら驚くことだろう。


 僕だったら気絶してしまうかもしれない。


「現れた後はどうなりました? 襲ってきましたか?」


「いえ、襲われるとかはありませんでした。ただ、そいつは目も鼻も口もない顔でケラケラと笑い声をあげるのです。それがとにかく気持ち悪くて」


 のっぺらぼうがケラケラと笑う……か。


 想像しただけでゾワッとする。


「のっぺらぼうに会ったのは3日前でしたよね。会ったのはその日だけですか?」


「はい、そうです。ですが、また現れるのではないかと考えると、気が休まらなくて。だからこうして、のっぺらぼうの退治をお願いしに来たわけです」


「なるほど」


 こうやって話している間に、荒熊さんが帰ってくるだろうと思っていたが、その気配は全くない。


 これ以上、僕にできることはなさそうなので、ここらで話を切り上げることにした。


「とにかく事情は分かりました。担当の人が帰ってきたら伝えておきます」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


「はい。あっ、そうだ。連絡先を――」


 僕は連絡先を聞こうとしたのだが、相談者はそれを遮ってこう言ってきた。


「あのー、もしよければなんですが、ワタクシを家まで送っていただけませんか」


「えっ?」


 まさかの展開である。


「1人で帰るのが怖くて」


 うーん、まあ、気持ちはわかる。


 隣に誰かいるだけで、怖さは和らぐものである。


 しかし!


 もし、のっぺらぼうに遭遇してしまったらどうするのだ!


 僕はきっと彼以上に怖がりだ。


 おそらく、とんでもない醜態をさらすことになるだろう。


 ちらりと相談者の顔を覗くと、不安でいっぱいという顔になっていた。


「やれやれ」


 たしかに、怖がる彼を1人で返すのは心苦しい。


 仕方がない。のっぺらぼうに遭遇しないことを祈るしかないな。


「わかりました。お送りします」


「ありがとうございます!」


 相談者は再び、うっすらと微笑んだ顔になった。


「少々お待ちください」


 部屋に戻って窓を閉めた後、机の上に置いてあった鍵を手に取り、部屋の電気を消してから外に出て、玄関の鍵を閉めた。戸締り完了!


 もし、僕が戻ってくる前に荒熊さんが戻ってきたら、部屋の前で待っててもらうことになるけど、仕方がない。すみません、荒熊さん。


「お待たせしました。それでは行きましょうか」


「よろしくお願いします」

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