第7話 饅頭と怖し
自室で漫画を読んでいると、ピンポーンとチャイムが鳴った。
玄関に向かい扉を開けると、紺色のビニール袋を持った荒熊さんがそこにいた。
「映画と言えばアクションに限る!」
荒熊さんは僕に向かって脈絡もなくそう言った。
「突然なんですか? 荒熊さん」
「この前、テレビを見ていたらアクション映画やってて」
「へぇ。アクション映画ですか」
「[終末戦争~最後のラストウォーズ~]っていうやつなんだけど、知ってるか?」
「いや、知りません。なんかB級映画っぽいタイトルですし、チープで安っぽいですね」
「いやいや、めっちゃ面白いから! それで[終末戦争~最後のラストウォーズ~]を借りてきたから、一緒に見ようぜ」
「えぇ? 荒熊さん、この前見たばっかりなんですよね……?」
「ああ。でも、もう一度見たい」
「まぁ、荒熊さんがいいならいいんですけど」
「よし、それじゃあ見ようぜ。おじゃまするぜ」
「どうぞ」
僕たちは早速、テレビの前に腰を下ろした。
「じゃあ、さっそく見るぞ。ってあれ?」
「どうしたんですか?」
「増えてる」
「へ?」
「1枚しか借りてないのに2枚ある。なんでだ? まあいいか」
「まぁいいかで済ませちゃダメなんだよなぁ……」
荒熊さんが取り出した2つのDVDをパッケージを確認してみた。
1つは、筋肉ムキムキの男性が銃を構えているもので、タイトルは[終末戦争~最後のラストウォーズ~]だ。
もう1つは、全面黒色で特に何も書かれていなかった。
そういう趣向のパッケージなのだろうか?
「この黒いパッケージのやつ、ホラー映画っぽくないですか? 嫌だなー」
「ん? お前、ホラー苦手なの?」
「はい。特に演出が苦手なんですよ。こう、幽霊がすーっと近づいてくるみたいな」
「そうかい。まあ、ホラー映画と決まったわけじゃない。確認してみようぜ」
荒熊さんは意気揚々とDVDをセットし、再生を始めた。
動画が再生されると、黒い画面の中に白い服を着た女が小さく映り、カメラが徐々に女にズームしていった。
「うわぁ、やっぱりホラー映画だ。こういうの嫌なんだよなぁ」
「まったく、ビビりだな」
カメラはどんどんと女にズームしていき、画面の大半を女の顔が占め、女の血走った目がこちらを睨んだ。
そして、画面に頭突きをするかのように頭を振りかぶったかと思うと……。
ニューーーっと画面から女の顔面が飛び出てきた。
「うわぁあああ!」
「うわ! なんだこれ? 最近のテレビはすごいな」
「感心してる場合ですかぁぁぁ! 押し戻してぇえええ!」
僕は部屋の隅に置いてあったほうきを手に取り、柄を使って必死にテレビの中に押し戻そうとした!
「怖い怖い怖い! 荒熊さん! 助けて!」
「ん? こいつを押し戻せばいいのか?」
「だから、そう言ってるじゃないですかぁぁぁ!」
「しょうがねえなぁー」
荒熊さんは白い服を着た女の頭を掴むと、力を込めて押し込み、難なく画面の向こうに押し戻した。
さすがです! 荒熊さん。
「本当に荒熊さんは怖いもの知らずですね」
「いやぁ、俺だって怖いものはあるぜ? 例えば虫の大群とか」
ぶぅぅぅん。
「荒熊さん、虫が苦手なんですか?」
「だって気持ち悪いじゃん? それに俺、子供の頃ゴキブリが顔に……」
ぶうぅぅーん。
「「ん?」」
テレビのほうから音が聞こえたので、テレビに視線を向ける。
しかし、テレビの画面は黒いままで何も映っていない。
ぶぅーん。
おや? 画面で何かが動いたような気が……うーん?
いや、これって……。
「ねえ、荒熊さん」
「ああ、兼定よ」
虫だ! 虫がうごめいていた。大量の黒い虫が画面を覆うようにびっしりと。
虫、虫、虫。
「「ぎゃあああああ!?」」
叫び声と共に画面を覆っていた虫たちが部屋を飛び交い、まさに地獄絵図。
「兼定ぁぁぁ! 助けてくれぇええ!」
「そう言われても――ああっ、荒熊さんの顔に虫が」
「うぎゃ!」
「荒熊さーん」
荒熊さんは気絶してしまった。
子供の頃のトラウマがよみがえったのだろうか。
「ってか、さっきは驚いちゃったけど、冷静になると別に平気だな。僕は虫が苦手じゃないし」
そう独り言を言うと、虫たちの動きがピタッと止まった。
「だけど、こうなると虫の片付けが面倒だなぁ。僕の部屋で虫がいっぱい出たなんて大家さんが知ったら怒るかも。このマンションの大家さんはなぜか逆らえない凄みがあるんだよなー」
僕がそう呟くと、虫たちは僕の目の前に集まるように動き出し、一つの塊となった。
そしてその塊は人間の形となった。
「ちょっと、兼定さん!」
「ひっ! あ、あなたは……大家さん?」
虫が集まった塊は人間の形になった後、なんと僕の住むアパートの大家さんへと変貌したのだ。
「大きな声を出したりドタバタと暴れたり、うるさいですよ。あんまり使い方がひどいと出て行ってもらいますからね!」
「す、すみません。――いやいや、これはいったいどういうことだ?」
この状況は明らかにおかしい。
思えば、さっきから謎の現象が次々と起きているのだ。
幽霊が画面から飛び出してきたり、大量の虫が突然現れたり。
そして、その虫たちは最終的に大家さんへと変貌するし……待てよ。ああ、そうか!
「怖いと思ったものばかりが現れているんだ」
「ギクッ! ……ははは。なんのことですか? 話を逸らすよう姑息ことをすると家賃を高くしますよ!」
「もう大家さんのフリは良いから」
「フリ? 何をでたらめなことを――」
「いや、もう本当にいいから。お前は人が怖がるものに化けて現れているな?」
大家さんの顔をしたそいつを見据えて尋ねる。
「ちっ! バレちまったのならしょうがない。ああ、そうさ。俺はその人が怖がるものに化けて現れ、その人が驚くところを見て楽しむ妖なのさ」
「自己紹介どうも」
どうやらこいつは妖らしい。
となると、荒熊さんに鎮めてもらわなければ。
しかし、荒熊さんはまだ気絶している。目を覚ますまで時間を稼ぐ必要がありそうだ。
「あの、聞いてください。僕『饅頭こわい』んですよ」
「なるほど、饅頭か。それじゃあ早速――って、そんなものが怖い奴がいるか! 俺を騙すなんて生意気な!」
顔を真っ赤にして怒る偽物の大家さん。
「そんな生意気なお前にはこれだ!」
そう言うと、大家さんは瞬く間に形を変え、女の幽霊となった。
「どうだ! お前は幽霊が怖いんだったよな」
「どうだ、って言われても、タネが分かれば別に怖くはないかな」
「何だと! じゃあ、何か他に怖いものを聞かせろ! 聞ーかーせーろ! 聞ーかーせーろ!」
「子供か!」
「うるせー! 聞かせろよ!」
「はいはい。他に怖いものね。地震、雷、火事、おやじ……」
「ふむふむ」
「歯医者、非通知電話、抜き打ちテスト……」
「なるほどな」
「怒りの感情を抱かなくなること……」
「お、おう」
「それと……お前の後ろにいる人」
「へっ?」
僕と妖が話している間に、気絶していた荒熊さんが意識を取り戻し、鬼の形相で殺気をほとばしらせながら、こちらへ近づいてきていたのだ。
女の幽霊の姿をした妖は後ろを振り向き、荒熊さんと目を合わせた。
「ひぇぇえええ!?」
人間を脅かす側の幽霊が、人間に脅かされているなんて、なんとも可笑しな噺だ。
「冥土の土産に聞いてやる。お前は何が怖いんだ?」
凄みのある声で聞く荒熊さんに、妖は怯えながらこう答えた。
「あんたに殴られるのが怖い!」
「お望みとあらば!」
荒熊さんが妖を殴ると、妖は光の粒子となって消えた。
「ふう。因果応報。人に嫌がらせすると、いつか自分に返ってくるから気をつけな。って、もう遅いか」
「荒熊さんが目を覚ましてくれてよかったです」
「いつまでも寝てるわけにはいかないからな。さぁ、[終末戦争~最後のラストウォーズ~]を見るぞ!」
切り替え、早っ!
よほど楽しみなのだろうか。
荒熊さんはウキウキでDVDをセットし始めた。
それから [終末戦争~最後のラストウォーズ~]を2人で見た。
そして……。
「いやー、2回目でも面白かったわ! 兼定は楽しめたか?」
「ええ。思っていたより面白かったです。最後の名にふさわしい綺麗な終わり方で、よかったと思います」
「そうか、そうか。――おっ、なんだこれ?」
荒熊さんはテレビに映る、映画のメニュー画面を見ながら疑問の声をあげる。
メニュー画面には、本編再生、チャプター、設定、そしておまけという項目があった。
「おまけって何だ?」
「ああ、たいていのDVDにはありますよ。NGシーン集とか、インタビュー映像とか、そういうのが見られます」
「そうなのか。DVDで映画を見るのは初めてだったから、知らなかったぜ。よし。早速、再生だ」
荒熊さんはリモコンを操作し、おまけ映像の再生を始めた。
デデーンという壮大な効果音と共に、『重大発表!』という白い文字が黒背景の画面に勢いよく現れる。
ま、まさか。……いや、そんなはずは。
だって、この映画のタイトルは――。
『続編制作決定! タイトルは[終末戦争~最後のラストウォーズ2~] 乞うご期待!』
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