第6話 ねずみと物資2

「どうしたんですか?」


「いや、足元に違和感が……」


 荒熊さんが自分の足元を見るのに合わせて、僕も荒熊さんの足元に視線を動かした。


「あれ? 靴紐がないぞ」


「たしかに無いですね」


「さっきまではたしかにあったんだ。なぜ、無い? もしかして……盗られた!?」


 さっきのねずみたちの攻撃は、僕たちにダメージを与えるためだけじゃなく、身につけているものを盗むためでもあったのか。


「兼定は何か盗られてないか?」


「ええっと……腕時計が無くなっています!」


「おい、木彫師! てめえのねずみがまた、盗みを働きやがったぞ!」


「何をおっしゃいますか。拾っただけでございますよ」

 木彫師は気味の悪い声で答えた。


「くそっ! つくづくむかつく野郎だ! 見つけ出して成敗してやる!」


 と荒熊さんが意気込んだのも、つかの間、チュンチュンと、物陰からねずみが飛び出し、再び体当たりを仕掛けてきた。


「くっ、鬱陶しい!」


 荒熊さんは、迫りくるねずみを殴り落そうと腕を振るが、動きが素早く一向に当たらない。


 そして、攻撃を終えたねずみたちは、再び物陰に隠れてしまった。


「埒が明かねえ!」


「一刻も早く木彫師を見つけないと!」


 僕たちは木彫師を探し出そうと、足を踏み出すが……。


 チュウチュウ!


 僕たちの行動を封じるように、またしてもねずみたちが猛攻を仕掛けてきた。


「う、動けない」


「ああ! もう! うぜえ!」


 荒熊さんは苛立ちからか、隣にあった棚にこぶしを勢いよく打ちつけた。


 パリーンッ!


 棚に置いてあった酒瓶が落下し、そして割れた。


「やばっ。――ああ、もったいねえ。酒が土蔵に染みていく」


「何を呑気なこと言っているんですか!」


「す、すまん」


「ちょっと、何をしているんだい。あっしの酒を粗末にして。とにかく、掃除してください。近くにモップがありますから」


 どうやら、木彫師は意外と綺麗好きなようだ。


「……わかったよ。悪かったな」と荒熊さんは謝った後、モップを手に取り掃除を始めた。


 荒熊さんがそのモップで酒がこぼれた場所を拭くと、みるみるうちに酒がモップに染みていった。


「このモップ吸水性が良いな」


「たしかに。これは優れものですね。――って感心している場合ではないですよ。早く掃除を終わらせないと」


「そ、そうだな」


 荒熊さんは、黙々とこぼしたお酒をモップで拭いていく。


 その間、木彫りのねずみは静かに様子を見守っていた。


 そして……。



「ふう、こんなもんか」


 荒熊さんはお酒を拭き終えると、モップを元の位置へと片付ける。


「ご苦労でしたね。さて、掃除が終わったところで戦闘再開です。行きなさい。あっしの可愛いねずみたちよ」


 再び木彫りのねずみたちによる攻撃が始まった。


「ちっ! 相変わらず、うぜぇ! こいつらを何とかしないと」


「荒熊さん。僕に考えがあります」


「まじか。聞かせてくれ」


 荒熊さんが掃除をしている間に、木彫りのねずみたちの動きを封じる方法はないだろうかと考えていた。何か使えそうなものないか、周りを見渡していた。


 そして、僕はそれを見つけた。


 それは、僕に1つの可能性を授けた。


 僕が見つけたそれは、猫用の缶詰だった。


「にゃ、にゃあー」


「か、兼定、何をしているんだ!?」


 突然のことに、荒熊さんは呆れたような、驚いたような顔をしている。


「猫の真似です。ねずみの天敵は猫ですから」


「おおっ! なるほど! これで、木彫りのねずみたちが静かになるってことか」


「おそらくですが」


 何とも安直な考えだが、今はこれしか思い浮かばない。


「あっしのねずみは賢いと言っただろ。そんな下手くそなモノマネじゃ騙されないさ」


 木彫師の言葉通り、ねずみたちの攻撃は一向に止む気配はなかった。


「にゃ、にゃおーん」


 僕は四つん這いになって、猫の声真似をしてみた。


 さあ、どうだ? うまくいってくれ……。


「それが猫かい? あっしには阿呆に見えますが」


 木彫師は呆れたように言う。木彫りのねずみたちも動きを止めない。


「くっ、だめか」


「おい、兼定。猫のことなら俺に任せおけ」


 荒熊さんはそう言うと、手をグーにして、招き猫のように右手を顔の横に挙げた。


 そして……。


「にゃおぉーん」


 まさにそれは、まごうことなき猫の鳴き声。


 荒熊さんは見事、猫になってみせたのだった。


 す、すごい。木彫りのねずみたちも動きを止めた。


「荒熊さん、そのまま猫の真似をしていてください」


「にゃ!」


 もし荒熊さんが猫の真似を辞めてしまえば、ねずみたちは再び攻撃を仕掛けてくるだろう。


 だから、荒熊さんが猫の真似をしている間に、僕が木彫師を見つけなければならない。


 さて……。


 明確な位置はわからないが、木彫師の声はこの土蔵の中から聞こえるのだから、確かにこの土蔵の中にいるはずだ。


 一体どこに?


 しかし、なんだろう。この違和感は。さっきから何かが引っ掛かっている。


 もう一度、周りを見渡す。


 とうもろこしの缶詰、梱包されたままの冷蔵庫、柄の長いホウキ、食材がこびりつきにくそうなフライパン、タヌキの置物……。


 まさか!?


 僕はタヌキの置物に近づいた。


 こいつだけ、なんか雰囲気が違うんだよな。怪しすぎる。


 きっと、こいつに何か仕掛けがあるんだ!


 僕はそのタヌキの置物を調べた。


 置物をよく観察し、手で触れておかしな所がないか確認した――しかし、何も見つけることはできなかった。


 そうだよな。わかりやすく怪しすぎる。わざわざこんな怪しい物に仕掛けをするわけがない。


 だけど、この違和感はなんだ?


「に゛、にゃお゛ん」


「荒熊さん!」


 僕が木彫師を探索している間、荒熊さんは招き猫のポーズをしながら、絶えず猫の声真似をしていた。


 しかし、ここにきて荒熊さんの声に異変が出始めた。


 猫の声真似は喉かかる負担が大きいようだ。


「に゛ゃおーん」


 荒熊さんは喉の痛みからか、顔を歪める。


 まずい。荒熊さんの猫真似がなくなってしまえば、再び木彫りのねずみによる攻撃が始まってしまう。


 急がなければ。


「くくくっ、ずいぶん苦しそうな顔だな。そろそろ限界か?」と、木彫りの挑発が聞こえる。


 くそっ! 卑怯な奴め! 自分はコソコソと隠れながら、こちらが消耗していくのを観察だなんて……いや、待てよ。


 なるほど。違和感の正体はこれだ!


 木彫師は、僕が四つん這いになって猫真似をしたとき「あっしには阿呆に見える・・・」と言った。


 そして、さっきも「ずいぶん苦しそうな顔だな」とまるで荒熊さんの顔が見えているかのような言葉を吐いた。


 そう。僕たちからは木彫師の姿が見えないが、木彫師からは僕たちの姿が見えているんだ!


 僕は、すぐさま視線を走らせる。


 僕たちを視界に入れることができて、なおかつ自分の姿を隠せる場所……。


 ――あそこだ! あそこに置かれている段ボールだ!


 それは一見、冷蔵庫を梱包しているダンボール。


 それは、大人が1人その中に隠れるのに十分な大きさの段ボールで、持ち手の部分が開いていて、段ボールの中から外を覗くことができる。


「うおぉぉぉー! とりゃあー!」


 僕は段ボールに向かって走っていき、飛び蹴りをかました。


 段ボールが消し飛ぶと、木彫師の姿が現れ、木彫師は腰を抜かして地面に座り込んだ。


「ひぃいいい!」


 木彫師は悲鳴をあげながら、なんとか四つん這いになり、土蔵の出口に向かって進み出すが……。


「おっと。逃げるつもりか? ド阿呆よ」


「ひいぃー! ご勘弁をー!」


 木彫師の進んだ先には、荒熊さんが待ち受けていた。


「てめえは、許さねぇ」


 こぶしを力強く握り、殴りかかろうとする荒熊さん。


「く、くそっ。ね、ねずみたちよ! やってしまえ!」


 今の荒熊さんは招き猫のポーズを解いていて、猫の声真似もしていない。


 たしかに木彫りのねずみの動きを止める要素はなく、木彫りのねずみたちは荒熊さんに向かって飛びかかってきた。しかし――。


「させるかよ!」


 木彫りのねずみの攻撃が荒熊さんに到達する前に、こぶしが木彫師に到達する。


「ぐぎゃぁああー!」


 木彫師が光の粒子となって消えていくのと同時に、木彫りのねずみも消えていった。


「ふう。人の物を盗むと罰を受けるから気をつけな。って、もう遅いか」


「無事に終わりましたね。そういえば、荒熊さん。喉は大丈夫ですか?」


「ああ。普通に喋る分には問題ない」


「そうですか。良かったです」


「さて、そろそろ帰るとするか」


「はい」


 僕たちは盗まれてしまったボールと靴紐、腕時計を回収してから土蔵を後にした。


 そして、帰り道の途中、荒熊さんの提案によりコンビニに寄ることとなった。


 僕はジュースを、荒熊さんはお酒を買ってコンビニを出る。


「それにしても、今日は疲れたな。キャッチボールで軽く運動するだけのつもりだったのに」


「そうですね。でも、荒熊さんの猫の真似が見られて面白かったです。あんな特技があるなんて驚きました」


「あはは。まあな。――とにかく、今日はお疲れ様。ということで、乾杯!」


「乾杯!」


 乾いた喉に冷えたジュースを流し込む。


 爽やかな炭酸が心地いい。


 荒熊さんも美味しそうにお酒をグビグビと飲んでいる。


 その後「ぷはぁー」と息を吐き、満足そうな表情を浮かべて、荒熊さんはこう言った。



「いやー、運動した後の酒はうまいな! 酒が五臓(土蔵)六腑(モップ)に染み渡る」

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