第5話 ねずみと物資
「よお、兼定。キャッチボールしようぜ」
突然、荒熊さんが僕の部屋を訪ねて来て、そう言った。
「いいですよ。でも、その前にやっておきたいことがあって……。荒熊さん、トンカチ持ってませんか?」
「悪いが持ってないな。何に使うんだ?」
「本棚を組み立てているんですが、釘を打つためのトンカチが無くて困っていたんです」
今まで、本は床や机に無造作に置かれていたが、せっかくなので綺麗に収納したいと思い、今朝、組み立て式本棚を買ってきたのだ。
「そういうことなら任せておけ」
荒熊さんは腕をまくるような動作を見せながら、僕の部屋に入り込んできた。
組み立て途中の本棚の前に立つ荒熊さん。
「何をするつもりですか?」
「トンカチなんて要らねえ。俺のこぶしで十分だ!」
ドンドンドン!
荒熊さんは見事にこぶしで釘を打ち込んだ。
その後も残りの釘をドンドンドンと軽快に打ち込み、ものの数分で本棚を完成させてしまった。
「ほい、完成」
「あ、ありがとうございます。それよりこぶしは痛くないんですか」
「当たり前だ。それより、早くキャッチボールをしに行こうぜ」
「は、はい」
色々と無茶苦茶な人だな。
呆れるような、感心するような気持ちになりながら荒熊さんと一緒に部屋を出た。
外は最高に晴れていて絶好の運動日和だった。
「いい天気ですね」
「ああ。こういう日はやっぱり、外で体を動かしたくなるんだよな」
「そうなんですね。僕は天気のいい日でも、部屋で落語を聞くことが多いです」
「なんだよー。もったいねぇなー」
などと話しながら歩いていると、道の脇からヒョイと1匹の猫が現れた。
その猫は僕たちの足元に寄ってきて、「にゃー」と何かをねだるように鳴いた。
「なんだ? 腹が減っているのか?」
荒熊さんが優しい声で話しかける。
「にゃあ」
「ごめんな。今なにも持ってないんだわ」
「にゃぁー」
猫は少し残念そうに鳴いた後、どこかへ走り去って行った。
「猫っていいよな。可愛くて」
荒熊さんは顔をほころばせながら、そう言った。
乱暴そうな荒熊さんだが、意外と可愛いところがあるんだな。
そんな発見をしつつ、河原へと歩みを進める。
「よし、到着だ」
河原に到着した僕たちは、早速キャッチボールを始めた。
パシッ、パシッ、と気持ちの良い音が鳴り響く。
しばらく無心で投げていたが、ふと、さきほど荒熊さんが猫に優しくしていた場面を思い出す。
荒熊さんの可愛らしい一面がやっぱり少し可笑しくて、微笑ましい気持ちでボールを投げていたら、ボールがすっぽ抜けた。
ボールは本来の軌道を大きく逸れて、荒熊さんの後方の草むらに落ちた。
「すみません。取ってきてください」
「やれやれ。なんだか犬になった気分だ」
荒熊さんはボールが落ちた辺りまで走って向かい、草むらをかき分けてボールを探し始めた。
キャッチボールが中断したところで、『さて、いつごろ帰ろうか』と思い、腕時計で時刻を確認すると、現在午後の3時。
後、30分から1時間ぐらいしたら帰ることにしようかな。
そんなことを考えていると
「おーい、兼定。こっちに来てくれ」
と、荒熊さんの僕を呼ぶ声が聞こえた。
荒熊さんの所まで走って行くと、荒熊さんは右手にボールを持ち、左手には何やら怪しげなものを持っていた。
「ボール見つかったんですね。それよりも、その左手に持っているものはなんですか?」
「木彫りのねずみだ。ここに落ちていた」
「へえ。でも、なんでこんな所に木彫りのねずみが落ちていたんだろう。誰かが捨てたのかな?」
それにしても、木彫りのねずみなんて珍しいな。
そんなことを思いながら、木彫りのねずみを覗き込もうとすると、突然、木彫りのねずみが荒熊さんの手からピョイと飛び出し、僕らの周りを走り出した。
「えっ!? 木彫りのねずみが動いた!」
僕らの周りを走り回っていた木彫りのねずみは、突如、ピョンとジャンプして、荒熊さんが持っていたボールをかすめ取ると、ピューと逃げ出した。
「しまった! 追いかけるぞ、兼定!」
「はい!」
木彫りのねずみはボールを持ったまま一目散に走る。
僕たちは木彫りのねずみを見失わないように必死に走って追いかける。しかしどうして木彫りのねずみが動くのだろうか、という疑問はあったが、深く考える余裕が今はなかった。
「はあはあ、すばしっこい野郎だ」
「ふふっ、そうですね」
「なに笑ってんだよ」
「だって、こんなに一生懸命走ったの久しぶりで、なんだか青春を思い出すって感じで」
「青春ね……。たしかにな。それなら……。うおぉおお! あの夕日に向かって全速力だ!」
「はい! ――って、夕日じゃなくて、ねずみを追いかけないと!」
その後も、必死に木彫りのねずみを追いかけていたら、古びた土蔵の前までやってきた。
その土蔵は扉が開いており、木彫りのねずみはそこから土蔵の中に入ってしまった。
「はあはあはあ。どうする?」
「はあはあ。まずは、中に人がいないか確認しましょう」
恐る恐る土蔵の入り口に近づき、呼びかけてみた。
「すみません。どなたかいらっしゃいませんかー?」
「はーい。どうぞお入り下さい」
土蔵の中から、朗らかな声で返事が聞こえた。
失礼します、と断りを入れてから、土蔵の中に入って周りを見渡した。
土蔵の中には、缶詰やお酒などの食品や、Tシャツやパーカーなどの衣類、他にもゲーム、ホウキ、炊飯器、フライパン、冷蔵庫、タヌキの置物など、多種多様なものが、ジャンルごとに区分けされるように、地面に置かれているか、棚に収められていた。
また、ほとんどのものは梱包が解かれていたが、缶詰や冷蔵庫の中には、段ボールに梱包されたままのものがあった。
ただ、持ち運ぶ際に利用しただろう持ち手の部分は、開けられていた。
「たくさんありますね」
「ああ。――おい、兼定。これ見てみろよ」
荒熊さんが指さしたのは、透明で頑丈なケースに大事そうに保管されている、金色のゲームソフトだった。
「わぁー、キラキラしていてかっこいいですね。僕はゲームにあまり詳しくないですけど、これ昔のゲームじゃないですか?」
「たぶんな。実は、俺もそんなに詳しくないんだ」
「そうなんですね。というかこれ、とても貴重で、高価なものなのでは……?」
「かもな。触らない方が良さそうだな」
「そうですね。それよりも、僕たちのボールはどこにあるんでしょうかね? それに先ほど返事をしてくれた人も見当たりません」
「どこかの物陰に隠れてしまっているのかもな」
「もう一度、呼びかけてみましょう。――こんにちは。お邪魔しています。ボールをねずみに盗まれたので、追っかけていたら、ここに辿り着いたんです」
「ああ、ねずみか。それってもしかして木彫りの『ねずみ』かい?」
やはり、姿は見えないが声は聞こえる。
しかし、土蔵の構造のせいだろうか。声の発信位置を把握することはできなかった。
「ええ、木彫りのねずみでした」
「くくくっ。実は、あっしは木彫師でしてね。その木彫りのねずみは、あっしが作ったんですよ!」
木彫師のその声は自信に満ちた声であり、どこか不気味な声でもあった。
「あっしのねずみは、とても賢いですよ。あちこちから、色んなものを拾ってくるんです。それに、素早い」
気づくと、大量の木彫りのねずみが僕たちの目の前に群がっていた。
そして、その群れの中には、僕たちのボールを持ったねずみもいた。
「そのボール、僕たちのボールです」
「本当にそうですか? あっしのねずみがその辺に落ちていたものを拾っただけじゃありませんか?」
姿の見えない木彫師はどこからか反論をする。
「いいや、違う。そのねずみが盗んだんだ」
「何か証拠とかあるんですか~?」
木彫師はふざけた様子で、まともに取り合う気がないようだった。
「さてさて、あっしの可愛いねずみたちよ。もっといっぱい拾っておいで」
木彫師がそう命じると、目の前に群がっていた木彫りのねずみたちがあちこちに散らばり、物陰に隠れた。
そうかと思うと、木彫りのねずみたちはあちこちから飛び出し、僕たちに体当たりを仕掛けてきた。
バシッ! バシッ! バシッ!
「くっ! なんだ!?」
「うわぁ!?」
木彫りのねずみたちの攻撃は素早く、また、いつ、どこから、やってくるかも分からないため避けるのは難しい。
「蚊でも止まったか? 痛くも痒くもねえ」
「いや、少し痛いですよ」
「まあ、そうだな。ちょっと言い過ぎた」
木彫りのねずみたちは、攻撃が終わるとまた物陰に隠れるという、いわゆるヒットアンドアウェイ戦法を採用しているようで、すでに木彫りのねずみたちはどこかに隠れてしまった。
「このままやられっぱなしってわけにはいかないよな。反撃だ」
「でも、どうやって? 奴らは隠れていますよ。それに素早いから反撃をする隙もありません」
「とにかく探すぞ。攻撃のチャンスはきっとある」
荒熊さんはそう言って、歩き出そうとしたのだが、「ん?」と声を発し立ち止まってしまった。
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