第42話 レンチ

 俺は眠りにつけなかった。戦時中の日本の夜はこんなに静かだと思わなかった。静かすぎると逆に不安な心がさらに増幅していった。その時襖が少し横に動くのが見えた。俺は寝返りをうつように襖の方を向くと目を細めた。人影は物音ひとつ立てずそのまま外へ出ると襖を閉めずに影はだんだんと小さくなっていった。

 もしかしたら戦時中だとなかなか寝れないやつもいるのかもしれない。俺は人恋しさからその人影を追うことにした。

 隣で寝ている泰斗はいつものように爆睡していた。その横で全く同じ寝相で岸本という男も寝ていた。俺はそんな二人を起こさないようにゆっくり襖に向かい外へ出た。

 外はもっと静かだった。穏やかな夜風が戦争中であることを忘れさせてくれた。人影はどうやら飛行機の格納庫へと向かったようだった。夜が静かすぎると何か物音がするとかなり響くようだ。俺は格納庫へと向かった。

 格納庫に入ると確かに誰かが戦闘機をいじっていた。

 「この時間に寮を出るのは規則違反だぞ。」男は俺に背を向けながら言い放った。

 「それ本気で言ってますか?平越さん。」

 「さぁ?」俺はその答えに憤りを感じつつもさっきとは少し違う雰囲気を感じていた。

 「何してる・・・」

 「お前たち未来人かなんかか?」俺の質問を遮って質問をしてきた。

 「それはその彼ってやつに関係が?」

 「彼?」その時、突然平越の顔色が変わった。俺もその様子を見て周りに神経を研ぎ澄ませた。すると突然平越がレンチのような道具を手に取った。

 「伏せろ!」平越の声に俺は身をかがめた。すると平越はそのレンチを俺の方に向かって投げつけると、後ろで何か・・・誰かに当たったようだった。その瞬間平越が俺を飛び越えて、後ろにいた人影にタックルをするとそのまま男の上に乗っかると何か鋭い何かを首元の突きつけていた。

 「またあんたかい。」

 「またってなんですか?あなたは何か誤解をしているようですが?」平越の言葉に男は毅然とした態度だった。俺は平越に倒されている男を覗き込むとそこに倒れていたのは、田中だった。

 「お前!」

 「知り合いか?」平越は俺に尋ねながら田中から目を離さなかった。

 「雅志、話しても良いが、歴史がどうなるかわからんぞ?」俺はその言葉に躊躇してしまった。そもそもこうなったのも安易に歴史を変えようとした結果だった。

 「なんの話か知らんがお前もなんかしてんだろ?」平越が自然に話に入ってくるという不自然な現象に田中の気づいたようだった。

 「我々の話を理解できていそうですね。」

 「まぁこう軍隊にいるといろいろあるんでね。」全く腑に落ちない答えが返ってきた。

 「で、あんたが俺を殺そうとしたのはどういうつもりだぁ?」

 「何を言っているのですか?今殺そうとしたのはあなたではなく・・・」

 「今の話じゃない。」平越は静かにさらに威嚇を増していた。

 「なぜそんなことを・・・」

 「最近、飛行機の異変だったり食事や衣服の異変が多くてね。しかも気づかなかったら取り返しのつかないことが起きてたりしてね。」田中はニヤニヤにしながら平越の話を聞いていた。

 「しかも、あんたが現れたあの日からそれが起き始めてなぁ。単なる偶然か?」

 「偶然ですねぇ」田中は笑っていた。

 「偶然ならこの話は関係ないかもしれんが、もし平越時蔵を殺そうとしているなら無意味だぞ。」今度は平越がニヤつきながら言い出した。

 「それはなぜ?」

 「おや?ご興味がおありで?偶然なら気にする話じゃないですけど?」

 「単なる探究心ですよ。もしあなたを殺そうとしている私があなたを殺すことが無意味というのはいささか奇妙ではありませんか?」なんかよくわからない駆け引きが行われていた。俺よりも平越の方が状況を飲み込めてすぎて逆に奇怪だった。

 「そんなことより自分の命の心配をしたらどうだ。お前がここで死んでも、処理方法はいくらでもある。」それに対しても田中ずっと笑いながら聞いていた。

 「確かに、今の状況はこちらに武があるとは思えませんね。」

 「そうだろ?」平越もニヤニヤとはしているもののよく見ると目は少し臆病な目をしていた。

 「では取引をしましょう。」俺は田中が何を言い出すのか固唾を呑んで見守った。

 「私もあなたが知りたいことを言いますので、あなたも言っていただけませんか?先ほどの言葉の意味を。」

 平越の顔色が少しひきつっているように見えた。

 「そこまで言うなら別にあんたに隠している必要もない。ただし、その行動のせいでお前が俺を殺そうとしていることを俺は確信した。この体勢のままにしてもらうぞ。」

 「わかりました。では、何を話したらよろしいですか?」田中はまだヘラヘラしていた。

 「なぜ俺とあいつを殺そうとした?」平越は田中をまっすぐ見ながら尋ねた。

 「二つも答えないといけないのですか?欲張りですねぇ。特別ですよ?」

 「早く答えろ!」体勢は平越の方が有利そうなのに、表情はどことなく逆に感じた。

 「わかりました。どちらにしても共通しているのでね。」そう言うと田中は顔色を変えた。

 「復讐ですよ。」

 「復讐って俺がお前に何をしたって言うんだよ。」

 「正確にはあなたの子孫の皆様ですかね?」その時平越がチラッと俺を見た気がした。

 「なるほどな。じゃあ尚更無意味だ。」そう言うと平越の表情が少し柔らかくなった気がした。

 「俺は平越時蔵じゃないからな。」流石の田中もこの返答に驚きを隠しきれなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る