第43話 銃口

 あの時、俺は田中さんの飛行機に細工をした。あの人は未来を生きるもの。こんなところで無駄死する人間ではない。田中さんはなぜこの戦争に参加するのだろうか?やはり未来でもお国のために国民がみんなで運命を共にすると言う文化なのか。こんなことを言ってしまったら俺は非国民になってしまう。みんなそれが正しいと思ってる。でも俺はどうしてもそれが正しいと思えなかった。

 そしてあの日は俺が死ぬはずの日だ。俺の飛行機は鬼畜兵に撃たれ、俺自身も負傷していた。このままだと確実に俺は死ぬ。だが俺は田中さんを逃すまでは死ぬわけにはいかなかった。

 いいタイミングで田中さんの飛行機はエンジンを止めた。だが俺が想定したようには行かなかった。俺は馬鹿だ。あの場で落ちても弾薬を積んでる俺たちの飛行機は、弾が少しでも当たれば大爆発だ。

 俺は田中さんにお別れを告げた瞬間気を失った。気がつくと俺は医務室の病床の上で寝ていた。体は動かすことができるようだが、頭が重い。頭を手で触るとどうやら包帯を巻かれているようだった。しかし、激痛が走ったのは頭だけではなかった。痺れるような痛みが手足を襲った。手足は軽い火傷を負っていた。俺はあの後どうなったんだ?飛行機が爆発した?でもそうだとしたら火傷が軽症すぎる。

 すると突然医務室の扉が勢いよく動いた。叩きつけられる音で俺は飛び上がった。

 「平越ー!」曹長が鬼の形相で俺に近づいてきた。俺はあまりの迫力で声が出せなかった。早朝は俺の胸ぐらを掴むとものすごい勢いで引き寄せた。

 「貴様なぜ戻ってきた?」俺は頭の上に疑問符が浮かんだ。

 「それはつまりどう言うことでしょうか?」曹長の眉間のシワがさらに深くなった。

 「貴様は三日前に戦死したという報告が入ったはず。お前が操縦する機体が敵の軍艦に突っ込み立派に任務を果たしたと。」今度は俺を壁に叩きつけた。

「なのになぜ今貴様は俺の目の前で、呼吸をしておるのだ。貴様に説明を求める。」そういわれて一番困るのは俺である。俺はただ黙っていることしかできなかった。しばらくすると曹長は俺から手を離すと両手を頭に乗せ、うろうろ歩き始めた。

 「全く貴様が帰ってきたことで、俺が虚偽の報告を軍にしたことになる。これは天皇陛下に対する虚偽罪にあたるのはお前にも分かるはずだよなぁ?」そういうと曹長は胸元から拳銃を取り出した。

 「今俺が直々にお前を殺してもいいんだぞ?」俺の視線には真っ黒い銃口がこちらを向いていた。俺はその銃口を見ながらまっすぐ曹長を見ず、誓いを述べることにした。それしか今の俺に生きる道はない。

 「此度は自分も大変悔しく思っております。仲間が戦地で甚だしく戦果を挙げている中、自分は生き延びてしまったこと。上官殿に虚偽の報告をさせてしまったことに対し、自責の念でいっぱいでございます。」俺はこんなことを言いながら、田中さんのことを考えていた。こんなことを言っている姿を見たら、たぶん殴られていたんだろうなと。

 「そんな自分の罪をお国への大儀を尽くすことで償わせて頂く事は出来ないでしょうか?」

 「貴様、それは本気か?」曹長の銃口が少し下に逸れた。

 「自分は正気でございます。」曹長の銃口は完全に地面を向いていた。

 「ではなぜこんなところでまだ寝ているのだ。明日には戻ってまいれ。」

 「了解しました!」俺は安堵の声を誤魔化すようにただ大きい声を出した。

 それから俺は軍に戻りすぐに異変に気づいた。誰一人田中さんの話どころか記憶すら無いようだったのだ。しかも田中さんの部屋や私物、しまいには写真までなかった。まるでこの世界には田中さんなんて存在していなかったかのように。

 俺は日付を確認した。そして三日前俺が死んだはずの日、その日には俺を含め八人の仲間が死んだことになっていた。だがそこには田中さんの姿はなかった。俺はお国のために、明るい未来のために散っていった仲間を尊厳を持って弔った。

 しかし、田中さんへのこの気持ちはどうしたらいいか。どう整理したらいいか俺には分からなかった。弔うべきなのか。どこかで彼は生きているのかそれともあの時、不本意に人生を終えてしまったのか?俺は何のために生き延びたのか。俺の精神は壊れる寸前まで来ていた。

 その時ふと田中さんとのある会話を思い出した。

 「田中さんって結局今からずっと先の未来から来たんですか?」

 「いや、正確にはこの時点の未来からではないんだけどな。」

 「どういうことですか?」

 「この世界は無数に隣り合っている。一人の人間の選択によって世界は大きく変わっていく。そのすべての選択肢が実は隣り合って並行して進んでいるんだ。」

 「という事はこの国が戦争していない世界も、この世界のどこかに存在しているってことですか?」

 「俺もそう・・・思ったけどこの世界はそう単純な物じゃないのかもしれないって最近思えてきた。」田中さんの様子が明らかに下がっていた。

 「じゃあ、田中さんはそのどこかの世界から来たってことですか?」俺がそう質問すると、田中さんは夜空に輝く月を見ながらぼーっと答えた。

 「ああ、この世界によく似た世界からね。」

 田中さん、正直俺はあんたが言っていること、ちっとも理解していなかった。でも、あんたのおかげで分かった。俺はその瞬間この世界が俺が元居た世界でないことが分かった。この世界の俺は死んでいる。この世界の俺の代わりになって、俺がこの世界で生かされた理由を探ることにしよう。

 そして今、それが分かりそうだ。

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