第32話 クッション

 「ねぇ、いつ来るの?もう二人とも帰りそうだけど・・・帰ったよ?」しかし、マーシーも泰斗も現れる兆候は見られなかった。

 「と言うことはこの時点でもまだ修復が可能で、もう少し先の未来の出来事で?いやそれにしては時間が足りなさすぎる・・・。」

 「ってことはもう少し前とか?」俺の言葉に男は黙ってこちらを勢いよく見た。

 「つまり?」

 「だからもっと前からその修復不可能な状況になっているとか?わかんないけど・・・」

 「なんで?なんでお前が考え付くことが俺には考え付かない?そんなのありえない。やはり境遇が違えばその分受ける影響も違う。それが頭脳知数にまで影響を与えるのか・・・」

 「なんか遠回しに馬鹿にしてる?」それか遠回しに俺をほめているか。まぁ後者と思って損はないだろう。

 「と言うことはお前たちがこの施設にくる以前の時点で修復不可能な事態が起きているのなら、お前たちが生まれる前に起きたことが原因である可能性が高い。と言うことは、お前たちと接している誰かが・・・。」男はウロウロと道を行ったり来たりしながら、ぶつぶつとつぶやいていた。いやでももし俺らが理由じゃなきゃ、俺とマーシーとの間で起きているこのパラドックスは偶然じゃなく、人為的に起きていることなのか?

 その時、けたたましいクラクションの音が聞こえてきたかと思うと、大きな衝突音が鈍く響き渡った。音の方を振り向くと、彼が道に倒れていた。車は止まることなくそのまま走り去っていった。道路にはタイヤの跡もなくただ黒い服の男が倒れている光景だけが、俺の目の前にあった。

 俺は男のもとへ駆け寄った。顔を仰向けにすると、彼は気を失っているように見えた。

 「おい、大丈夫かよ。しっかりしろよ。」俺はそう言いながら、男の懐から連絡できそうな装置を探した。すると俺の手を男の手袋で覆われた手が触れた。俺は手を止め男の意識の有無を確認した。すると、男はかすかに目を開けた状態で黒いマスクを外した。

 「お前・・・」俺は自分の目か脳みそが狂ったかと思った。辺りにはクラクション音を聞きつけて、野次馬が続々と増えていた。

 「ずいぶん目立っちまったなぁ・・・。そういうことだから警察なんざ呼んだら、お前にも不利益になるだろ?」俺は衝撃的過ぎて言葉を失っていた。

 「だが、俺はこの経験をしていない・・・俺は死んでいないはず・・・。ここまで言えばわかるか?」弱弱しい声に俺は黙ってうなずいた。

 「とりあえず・・・お前は・・・元の時代に戻れ。」俺はポケットからラジオを取り出した。するとまたしても男の手袋越しの手が俺の手に触れた。

 「見られないようにな・・・。」彼は笑っていた。

 「気をつけろ。どんな些細なことも大きな変化を伴うかもしれない。そして必ず、俺たちの歴史を・・・・」なんとも彼らしい最期だ。まさか自分の死にざまをみとることになるとは。男・・・俺は安らかに息を引き取った。

 だがそんな悠長なことを言っている場合ではなかった。俺はどこかで死ぬかもしれない。ここから先は俺の手助けもない。細心の注意を払わなければ。

 俺はとりあえず人目を避けアパートの場所まで向かった。その間も周りをきょろきょろしながら、ある種不審者のような行動をとっていた。

 「俺はこの経験をしていない・・・。」彼の言葉が頭の中を右往左往していた。今歴史が俺という存在を消そうとしている。もし自分が殺されるなら、彼と会っていなければ、あのまま病室で殺されていた。だから、彼はあの時点で俺を連れ出した。つまり俺が帰るのは病院ではなく、アパートじゃなきゃいけない。アパートの場所まで向かうと、そこはだだっ広い駐車場だった。俺はラジオの周波数のつまみを動かした。スイッチを押せば現代と言うところで俺は気が付いた。あの日、マーシーたちが俺の部屋に来た理由。そして、俺が落ちたところに不自然にあったクッション。あんな道のど真ん中にクッションを偶然に置かれているわけない。

 俺は自分が今何をするべきなのか、そして何が今自分の周りで起きているのか。ぼんやりとだが、行動に移すことが出来るくらいには理解が進んだ。

 「頼む!ピンポイントで・・・。」俺はそう言いながら、ピンポイントにあの事件が起こる時間に飛べるように願った。歯を食いしばりボタンを押すと、辺りに電流が流れ、駐車場に大きなアパートがそびえたった。

 俺は急いで近くのコンビニに入った。時計を見ると、いい案配の深夜帯の時間だった。あとは日付。俺は店員に詰め寄るように日付を聞いた。店員は深夜帯に目が血走った患者着姿の男に詰め寄られかなりビビっただろう。だが、どうにかピンポイントに戻ってこれた。俺は急いでアパートに戻った。しかし、肝心なクッションがどこを探しても見当たらなかった。

 「嘘だろ?どこだよ?」俺は辺りを探したが、あんなに大きいものがあればすぐにわかるはず。その時、耳の奥で電流が流れるような音が聞こえた。これは誰かがあのポケットラジオを使っている証拠・・・


             時間がない・・・

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