第31話  急死

 俺は田中先生とかいうおっさんの家にいた。おっさんは台所で何か用意をしていた。

 部屋にはなぜ不自然にスタンガンが置かれていた。なんかあまり良い気はしないなぁ・・・

 「コーヒー?紅茶?」急な問いかけに俺は体をひくつかせた。しかもどちらも俺は苦手だった。

 「いや、お気遣いなく。」おっさんは少し変な顔をすると自分のティーカップを持って椅子に座った。

 「で、話って何ですか?」おっさんはそう言いながら足を組んだ。

 「あなたはどこまで知ってるんですか?」

 「何が?」

 「タイムトラベルですよ。」どこか彼に俺は踊らされているように感じた。

 「なぜあなたはあのラジオを俺に渡したんですか?」

 「と言いますと?」

 「何か企んでますよね?」俺は疑いの眼差しでおっさんを見た。だが、おっさんはあっけらかんとした顔を装いながら、俺を見ていた。

 「そして俺はまんまとその術中にはまった。そうなんでしょ?」するとおっさんの眉が少し上がった。

 「術中とは?」おっさんは足を組み替え少し前かがみになった。

 「さぁ?」俺がそう言うとおっさんは鼻で笑った。

 「では、この話はなんですか?」

 「あなたが何を考え、企んでいるかは知りません。ただ、今あなたは俺よりも優位な立場をとりたい。違いますか?」

 「それはなぜ?」

 「男性が足を組む時、交渉の場などで優位に立ちたいという意思表示だ。あなたと初めて会ったとき、あなたは足を組んでいなかった。しかし、いまは?」おっさんはにやりと笑った。

 「今あなたは、少なくとも少し気を張っている。やはりあなたは何か企んでいるのでは?」我ながら有利な立場に立てたのではないか?

 「確かに君よりも有利な立場に立ちたい気持ちがあるかもしれない。しかし、急に話をしたいと言われればどんな話かも分からない。もしかしたら、私にとって不利益な内容かもしれない。その可能性を鑑みての心理状況とは思いませんか?」俺は次の一手を模索していた。

 「それに、足を組むという行為は有利な立場であったり、男性の場合は大きく見せるという本能的な部分の表れであるただそれだけ。君もそのような趣旨でお話になりました。」

 「そうですね。」向こうも何かしかけている。

 「それでしたら、何かを企むという論はあまりにも飛躍している。大きく見せるというだけで、急に何かを企んでいると決めつけるのはいささか早計ではありませんか?」確かに。だが、俺にはそれを裏付ける材料がある。だが、それを頭から言葉にして相手にぶつけられるほどの語彙力がなかった。しばらくの間沈黙が流れていた。

 「まぁ。君の読みは正しいです。おめでとう。君は賢い。」そう言いながらゆっくり拍手をし始めた。なんか癇に障る拍手だ。

 「そう、君にラジオを託したのには理由があります。」

 「理由って?」するとおっさんはティーカップをすすった。

 「君は私と似た境遇に立っている。」

 「あなたも親がいない?」おっさんは無言で首を横に振った。

 「誰かに人生を奪われた。」

 「別に俺は誰にも人生を奪われてはいないと思いますけど?」すると、急におっさんは立ち上がり、俺の座る椅子の周りをうろうろし始めた。

 「そうですか?ではもし彼が引き取られず、あなたが引き取られていれば今頃あなたはトップアイドルの世界で大儲け。日本中にファンがいる最高の人生を送れたかもしれない。」

 「なんでそのことを知ってんっすか?」しかし、おっさんは何も答えなかった。俺の心がざわついているのを感じた。

 「もし、彼の代わりに君が引き取られていたら、彼がこの世にいなければ・・・」俺の中の良心が薄れていくのを感じていた。俺は、その仮説を立ててから、その仮説を信じていろいろやってみた。俺と彼の立場を少し変えるだけで未来は大きく変わるものだと思っていた。

 しかし、現実はそう甘くはなかった。少し変えたところで、修正は簡単だ。現実は何も変わらない。

 「君は人生を奪われた。その気持ちはよくわかるよ。ヒーローさん。」おっさんの口調が芝居をこいているのは、今の俺にはもはやどうでもよかった。

 「さて、君が聞きたいことの答えを述べてあげなければいけないね。」

 「どういうことですか?」

 「言っただろ?君と私は似た境遇に立っていると。つまり君の目標達成は私の目標達成につながるということだよ。」意味不明。

 すると突然おっさんはテレビをつけた。俺はテレビ画面を見て、絶句してしまった。

 「平ちゃんが・・・・死んだ・・・」

 「この世界のね。」全然気休めになっていなかった。俺は変な仮説をたててしまい、今隣にいる田中という人間が怖くなっていた。

 「もし現実を大きく変えるなら、その分過去も大きく変えなけらばならない・・・。それこそ修復できないくらいにね。」おっさんの口調が軽くなった。おっさんがこっちを見ていない隙に俺は部屋にあったスタンガンをこっそり忍ばせた。

 「そうすれば、こうやっておのずと現実が大きく変わりだす。」おっさんはまっすぐテレビに映っている「急死」と言う文字を見つめていた。

 「でも、これはいったい誰が?」

 「自分の胸に聞いてみたらどうだい?」不思議だ。全力の否定ができない。あんなに必死になっていたのに、こんな簡単に?俺は成し遂げているのか?そうだ。こうやればいいのか。俺はあれよあれよと計画が頭の中で組み立てられた。こんなに簡単だったなんて。俺は本当に馬鹿な奴だ。

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