第16話 毛根
「いやそれにしても皮肉なもんだな。」こんなにも嬉しそうな先生が、不気味に感じたことはなかった。
「何が皮肉なんですか?」マーシーはそう聞き返したが、そもそも俺は皮肉の意味がわからなかった。
「いや、私がずっと探していたヒーローたちは、私がいなければあの場に現れていないのだから。なんかスーパーヒーローのスーツを作ったような気分だよ。」なんとなく先生の気持ちがわかった。
「で、僕らを探していたのならなんか僕らに用があるんじゃないんですか?」俺は少し不機嫌そうに言い返した。だって先生を昔から知ってるのは俺なのに、ずっとマーシーとしか喋ってないからだ。俺は先生の秘密ならなんでも知ってるのに。お父さんが居なくなってずっと探してるのだって、俺しか知らなかったのに、今じゃマーシーまで知っててこれじゃ秘密でもなんでもないじゃんか。
すると突然マーシーが呆れた顔でこっちを見ていた。
「何?」俺が不機嫌そうに応えると、
「お前ガキか?」と表情のまんまの口調で言い放った。どうやら今の口に出していたようだ。先生もただ笑っているだけだった。今日は非常に不機嫌だ。
「君たちを探していたのは、このラジオをどうやって使うのかとかどういう仕組みなのかを詳しく聞くためだった。」明らかに先生はマーシーと話していた。
「すいません。どうやらご期待に添えないみたいです。」マーシーがそう応えると先生は首を横に振った。
「いや、たしかにその疑問に関しては、そうかも知れんが、もう一つ君たちに聞きたいことがある。」先生の表情から嬉しさを少し残しつつも、どこか鋭く少し恐怖を感じる表情で“マーシーを”見ていた。
「君たち平越時哉を知っているかね?」一瞬誰だかわからなかったが、すぐに平ちゃんのことだとわかった。
「あのアイドルのですか?」このマーシーの表情は俺に黙っていてほしいという表情だ。マーシーがこの顔をするときは、何か考えがある時と俺は知っている。俺はあえてマーシーに事を委ねた。すると突然、先生は俺に視線を向け始めた。
「いや、彼ではないかもしれないが、彼によく似た別人の平越時哉。」明らかに先生は俺に余計な事を言わせようとしていたがそうは行くか。
だけど・・・平ちゃんのことをなんで隠す必要があるんだ?いやでも俺はマーシーに事を委ねたんだから俺は絶対に平ちゃんのことを言うことはできなかった。
必殺他思考!!
説明しよう。何か詰められたとき俺は別の事を考え気を紛れさせる事ができるのだ。今回は・・・よし!先生の死んでしまった毛根の数を数えよう。
俺は先生の頭をじっと見た。髪の毛の数は数えたことがあるが、毛根の数は流石の俺も初体験だ。どうやってまず毛根を確認しよう?
そんな事を考えている間にもおそらく話は続いているのだろうが、今はそれどころではない。
数分してやっと毛根を目で確認できるようになったとき、マーシーが俺の肩を軽く叩いた。
「帰るぞ。」やっと毛根が見える術を身につけたのに、またしても俺のたわいのない技リストが増えた。
「待ちなさい。」急に先生は俺たちを呼び止めると、例のポケットラジオを差し出した。
「これは君たちが持っているといい。」
「いや別に俺たちのじゃないってわかってますよね?」マーシーがそう言って突っぱねたが、先生は差し出したままだった。
「いや頭が痛くなるって聞いてからちょっとね・・・」そう言いながら先生は自分の頭をさすった。
「それになんかわからないけどこれを君たちに渡さなきゃいけない気がするんだ。」マーシーも不思議そうな顔をしていた。何回もいうようだが、このポケットラジオは俺らのじゃなくて先生のだ。
すると僕らの不思議そうな顔を察した先生はさらに話を続けた。
「失意のどん底に落ちた私の唯一の好きだったのが君たちなんだよ。それはこのポケットラジオを持っている君たちなんだよ。一人の年寄りの願いだと思って受け取ってくれんか?」
俺はマーシーの顔を見た。初めて見る表情に久しぶりに何考えてるのかわからなかった。
「わかりました。とりあえずお受け取りいたします。」そういうとマーシーはポケットラジオを受け取った。
「まぁ君たちならうまく使えるだろう。」なんか二人の会話がめちゃくちゃ気持ち悪く感じた。
俺たちは先生の家を後にし、真夜中の路地を歩いていた。
「なぁ、なんでそんなもんもらったんだよ。」するとマーシーは表情一つ変えずに答えた。
「そんなのタイムトラベルするために決まってんじゃん。」俺が求めていた答えではなかった。
「そうじゃなくてさ。何のためにタイムトラベルするのさ。」俺の言葉にマーシーは歩みを止めた。
「まさかその感じじゃあ単なる好奇心で言ってるわけじゃないんだろ?」俺にはわからないし説明しづらいが、今のマーシーからはただならぬ何かを感じた。恐らく俺が毛根を見ている間に先生と話した時に何か言われたのか?それとも何かひらめいているのか?するとマーシーは俺の顔を見ると少しはにかんだ。
「さすが泰斗だな。」今のマーシーは本当に恐怖しか感じない。
「もしかしたら俺たち成功者になれるかもしれないぞ?」ますます恐怖しか感じない。
一体俺が先生の毛根を見ている間に何が起きていたのだろうか?
切れかけの電灯がマーシーの狂気さをさらに演出していた。
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