第15話 スタンガン

 俺は家で一人テレビを観ていた。そこに映っているのは、お笑い芸人としてのあの二人だった。容姿、声だけでなく喋り方や動きの癖まで全くと言っていいほど一緒だった。やはり彼らは同一人物でこの世界では、お笑い芸人をしているということになるのか。

 俺はしばらくそのことを考えていたが、だんだんしんどくなっていき、テレビを消すとベッドに横になった。

 俺は自分の部屋の真っ白い天井を見つめながら、自分の部屋に対してのありがたさを噛み締めていた。突然放り出されたあの世界では、俺はまるで存在していなかったかのような扱いを受け、孤独感との戦いだった。頼れる人間は目の前にいるはずなのに、そこにいるのは俺の知らない人ばかり。自分がいかに孤独に弱く、一人で生きていく術を身につける必要があるのか改めて感じることができた。

 とりあえず今はあの現象が起こる原因がわかっているというだけで、もうあの世界に行くことはないと思えるだけで今までにないほどの安心感を感じていた。そしてもう二度とラジオは聞かないと、心に強く誓った。

 しかし、俺は愚かだ。ふとあることを考えてしまった。それはさっき先生と話していた内容を思い出していた。

 「もしかしたら俺もこんなふうに人気者になっていたかもしれないってことかぁ」俺はため息のように独り言を言った。

 すると突然微かに、電流が流れたような小さな雑音が耳の奥の方で聞こえる感じがした。かなり小さな音だったが、どこか気になる感じの音だった。俺は外で時々聞こえるモスキート音だと思い、それが聴こえたことを自分の若さへの根拠にしていた。

 そんな呑気なことを考えていると突然部屋の扉が開いた。大きな音を立てながら開いた扉の奥に人影が二つあった。

 「いた!」急に入ってきたどこかで見たことがある男二人組のうちの人が俺を指差しながら、叫んだ。

 「それにしても確かにマーシーん家の中まんまだね。そりゃああなるわ。」

 「ほんと変なシミの位置まで全く一緒だわ。」急に入ってきたと思ったら、マイペースに話し始めるその二人は間違いなく、あの世界で俺の部屋にいた二人に間違いなかった。

 「そういえば俺たち映ってるかなぁ?」そう言うと、一人がテレビをつけ始めた。

 「やっぱり!映ってる!」男は嬉しそうにテレビを指差しながら俺に訴えかけた。俺は悪夢が再来した気分で、頭がフラフラしていた。

 「そんなことは良いから。この時間の平ちゃんはまだ1回目のジャンプを終えたばかりでまだ状況が分かってないんだから。」

 「あのー?」俺は男たちに話しかけた。

 「ごめんなさい。名前なんでしたっけ?」結構話し込んでいたつもりだが、俺はどうしても名前を覚えるのが苦手だった。するとちょっと抜けてそうな男が答えた。

 「まじか。泰ちゃんとマーシーだって!覚えといてー」まさかのあだ名紹介で、否応でも頭に残った。

 「意外に落ち着いてんだな。」単純に気持ちが表に出ていないだけで、実際は困惑しすぎて、今すぐにでも気を失える自信があった。

 「ねぇ、せっかくこの時点に来れたんだったらあの事言っておいたほうがいいんじゃない?」一生懸命にこそこそとはなしていたが、ワンルームの部屋の隅と隅だったとしても、内容は丸聞こえだった。

 「いや、そんなことしてもっと状況が悪くなったらどうすんだよ。もうこれ以上面倒なことはだるいって。」彼らは本気で俺に聞こえていないと思って話しているようだった。

 「あの?」俺は思わず二人の会話に割って入った。二人はいきなりの出来事にびっくりした表情を浮かべていた。

 「もうそこまで言われたら気になるんで、言ってもらってもいいですか。」二人は俺の言葉に少しばつが悪そうな顔になった。しばらくの沈黙から彼らからの返答は得られそうにないと判断した俺は、とにかく一番聞きたいことを尋ねることにした。

 「とりあえず今は、俺は自分の世界にいるってことでおけ?君たちが今よそ者ってことだよね?」すると、二人は顔を見合わせなにか目配せをしながら、答え始めた。

 「そう、だな?」「うん、たぶんそういう事・・・だな?」何かをごまかしているのか?それとも本人たちも今の状況をよく理解しきれていないのか?またしばらく沈黙が続いた。今度は何の沈黙なのか分からなかった。

 すると突然泰斗の呼吸が乱れ始め、変な汗をかいていることに気が付いた。俺は泰斗に視線を送ってみると、彼は急に叫び始めた。

 「もう無理。我慢できない。ごめん、マーシー。」するとマーシーは呆れた口調で彼を止めた。

 「何言ってんだよ。まだ言ってないんだからあきらめんなよ。」しかし、泰斗の耳には届いていないようだった。

 「俺たち平ちゃんを捕まえに来た。あとコップ割ってごめん。」泰斗はもはや叫びながら目的を暴露し始めた。マーシーは呆れてものが言えないのかただ黙っていた。

 「俺を捕まえるってなんで?」俺は冗談じみた内容を真に受けてしまった。

 「もうしゃあないなぁ。どうなっても知らんぞ。」マーシーはそういうと懐からスタンガンを取り出した。

 「いやがちじゃん。」マーシーが持つスタンガンが、不気味な光とはじけるような明らかに痛みがある音を発していた。

 「ちょっと待て。まず説明してくれよ。」俺は必死で二人に語り掛けた。

 「捕まえたらちゃんと説明するからとりあえず、スタンガンに当たって。」マーシーはそう言いながらゆっくりと近づいてきた。

 「いやめちゃくちゃだろ。」俺に残されている道は、二人の注意をそらして玄関まで走るか、3階のベランダから飛び降りるかの二択だった。

 

 

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