第5話 デスソース

 彼はまるで遊びにきた友人のようにどこかへ帰って行った。宛があるとは言っていたものの,そもそも彼が本気で自分の家だと思ってこの家に帰ってきたのなら、俺たちはだいぶ悪者であろう。俺はなぜか変な罪悪感に駆られてそわそわした気分だった。

 「あいついい奴だったな。」泰斗はそう言いながら不器用な手つきでピザのゴミを片付けていた。

 「なんかハイジャックした気分だわ。」俺もそう言いながら軽く部屋の掃除をし始めた。

 「あいつが言う宛って本当にあるのかな?」俺は泰斗のその一言に少し引っかかった。

 「どういうこと?」俺は直ぐに手を止めて質問し直した。

 「だって、平ちゃんは本気でここを自分の家だと思ってて違ったんだったら、その宛だって平ちゃんはそう思ってても違う可能性は十分あり得ると思うけどなぁ。」

 「確かに。」俺は珍しく泰斗の言ったことが腑に落ちた。そもそも冷静に考えたらそんなことはおかしな話だ。自分の家を間違えるってなかなかあり得ないと思うし、引越し仕立てならまだしも。という事は彼は記憶障害の可能性もあるのか。いや、もしそうだとするなら、家の中の事をそんな散らかり方まで細かく覚えていられるはずがない。

 というよりそもそも記憶障害じゃなくてもあんなに細かく自分の家のことをふつう覚えてるか?という事はもしかして監視されてる?俺はそう思いながら、部屋中を見渡して何かしらこの部屋の異変を探した。

 「おうおう。どうした急に。」泰斗が驚きと、気味が悪そうな表情で俺を見ていた。

 やはり変わったところはなかった。だが別に部屋の中になくても外から今の技術なら監視なんて難しくない。俺はそう思いながらやつが盗りそうなものを考えた。まぁ普通に考えればお金系だろう。俺は真っ先に財布の中身を確認した。

 現金はしっかり入っていた。クレジットカード類やポイントカード類も全部確認していると、俺はある異変に気が付いた。

 「キャッシュカードがない。」俺は数時間前の俺を恨んだ。もう少し早く冷静になっていれば、あんな奴絶対におかしいとすぐにわかるはずだ。なのにたかが賃貸契約書の場所が分かったからってなんであいつを信じたんだろう?俺がそう思いながらこれからの生活をどうしようか考えたりしていると、突然泰斗が立ち上がり何かを取りに行ったようだった。だがしかし、今の俺はそんなこと正直どうでもよかった。

 すると泰斗が戻ってきた。手には何か持っていた。「まさか。」俺は泰斗が救世主のように見えた。

 「お前それ・・・」泰斗の手に握られているキャッシュカードがいつもよりも輝いて見えた。俺は自分のもとへ帰ってきたキャッシュカードを再び低取れる喜びを感じていた。

 「それ、使おうと思ったんだけど暗証番号わかんなかったわ。なんだっけ?」泰斗の一言に、俺の中での時が一瞬止まるとふつふつと怒りが沸き上がってきた。

 「これを君はどこからとったのかな?」

 「もちろんマーシーの財布だけど?」泰斗は悪びれる様子は一切ないようだった。

 「なんで人の財布から勝手にキャッシュカードを抜いたのかな?」

 「だって一緒に住んでるし、そういうのも共有だろ?で、暗証番号は?」俺は開いた口がふさがらなかった。

 「そうだったね。教えるからちょっと待ってね。」俺はそういうと立ち上がり、冷蔵庫を開けると、泰斗が大事にしまっていたデスソースを手に取った。

 「マーシー?俺のデスソース勝手に触らんといて。」俺はその言葉を耳に入れなかった。俺はそのままゆっくりと泰斗に近づくと、デスソースの入った瓶の蓋を開け、泰斗の顎を抑えた。

 「マーシー?マーシー?」泰斗の声はもはや俺には届いたいなかった。俺はそのまま開いている泰斗の口の中に、デスソースを流し込んだ。泰斗の舌にデスソースが触れると、泰斗は尋常じゃない声で叫び始めた。足をばたつかせ次第に顔も赤くなっていった。

 「いいかい?人のキャッシュカードを勝手に使うとこうなるんだよ。わかった?」俺がそういうと、泰斗はすごいいきおいでうなずいた。

 「ごめんなさいは?」泰斗はよくわからない言語を話し始めた。

 「聞こえない。ちゃんと言って。」翌々考えたら、この時の俺はだいぶサイコパスだったに違いない。

 泰斗が暴れた拍子に、テレビのリモコンを踏んずけたのか突然テレビが付き、それなりの音量でどこぞのアイドルの歌が流れ始めた。俺はそんなこともお構いなしに、デスソース攻撃を続けた。

 すると泰斗が何かを訴え始めた。泰斗の目は充血し、涙が流れていた。俺もさすがにこれ以上はやばいと思い、拘束を解いた。

 「死ぬかと思ったぁ。」泰斗の顔色はみるみるうちに元に戻っていった。俺も本来なら謝るべきなのかもしれなかったが、そのままデスソースを冷蔵庫にしまいに向かった。

 「次また同じようなことをしたらやるから」しかし、泰斗はそれどころではなさそうだった。いつもテレビ番組なんて見ない泰斗が、急にテレビにくぎ付けになっていた。俺はデスソースには人格を変える作用があるのかと思っていると、突然指をさしながら叫び始めた。

 「平ちゃんがテレビに出てる。」

 「そんなに?」俺はテレビに映る彼のそっくりさんを見るために、テレビの前に行くと、そこにはきらびやかな衣装を身にまとい、歌い踊る平越時哉の姿が写っていた。

 「やば、似すぎ。」

 「もしかして、さっきのテレビの撮影だったのかもよ?」

 「まさかの?ドッキリとかか?」そんな話で盛り上がりながら、まるで知り合いがテレビに出ているかのように、そのアイドルのパフォーマンスを見ていた。それにしてもかなり似ていた。

 そして彼が決めポーズを決め、音楽が止まるとテレビの奥では大喝采が起きていた。俺と泰斗もなぜかしらないが、思いっきり拍手をしていた。

 「平越時哉さん。ありがとうございました。」アナウンサーの言葉に二人はテレビ画面を二度見した。

 「今確かに、平越時哉って言ったよね?」

 「うん」俺の言葉に泰斗は一言で返した。

 「じゃあ、俺たちアイドルとピザ食ったってこと?」

 「俺たちすげぇな。」俺たち二人とも放心状態だった。ただ、そうだったとしても意味が分からないことだらけだった。そんな超有名アイドルが何で俺たちの家に来たのかがやはりわからない。泰斗が言うように、ドッキリ番組かなんかの収録だったのか?でも普通そういう奴は、ネタバレみたいなやつがあると思ったが?もしかしてまだ続いているのか?

 すると、再び泰斗がテレビを指さしていた。俺はテレビ画面を見ると、画面の右上に小さく「LIVE」と書かれていた。

 「じゃあ、これ生放送なの?」ますます、意味が分からなかった。

 「もうわかんない、わかんない、わかんない。」泰斗は癇癪を起したかのように、わかんないと連呼し始めた。

 確かに意味が分からない。

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