第2話 賃貸証明書

今日も俺はつまらない一日を終えて、家路に向かっていた。帰っても特に何も待っていないしそこまで足早に帰る必要はないかもしれない。とは言え外でフラフラしていてもお金がかかるだけだしと思いながら寄り道をせずまっすぐ家へと向かていた。今日はいつもより早上がりが出来たせいかいつもと帰り道の雰囲気が違うだけで、何か少し足が軽く感じた。だが、そんな気分もすぐに冷めてしまうことは自分でもわかっていた。俺はポータブルラジオをカバンから取り出した。毎回このポータブルラジオを取り出すと、周りにいる人間が物珍しそうにこちらを見ている気がした。俺はそれに少し優越感を感じながら、イヤホンを耳にし、聞きたいラジオのチャンネル周波数を合わせようとつまみを回すと、突然イヤホン内に脳が硬直するようなものすごい高音が響き渡った。俺の視界は一瞬白くなった。

 もちろんすぐにつまみを回して高音を消したが、まだ耳から頭にかけて、意識が遠くなるような痛みを感じていた。だがすぐにその痛みも消えていき、俺はまたいつもと変わらず、ラジオを聴きながらボケーっと電車の車窓からの景色を見ていた。今日のラジオニュースは、どこがとは言えないがなんか雰囲気が違って感じた。そういえば、いつも聞こえてくる話題のニュースが今日はまるで今まで触れていなかったのではと思うほど全く聞こえてこなかった。まぁそこまで好きな話題ではなかったため、別に気にもしていなかった。

 少し違った雰囲気の帰り道を楽しんだ俺は、誰もいない自分の住んでいるアパートにたどり着いた。下から自分の部屋を眺めると、自分の部屋以外は明かりがついていたせいもあって、どこかさみしく映っていた。

 俺の部屋の窓枠の端の方から少し光が漏れているように見えた。

 「もしかして俺テレビつけっぱ?」少し大きめの独り言に、アパートの近くをうろついているクロネコがニャーと反応した。ちょっとついてないなと思いながら、エレベーターを上がっている途中でふと、自分がテレビをあまり見ないことに気が付いた。

 「もしかして泥棒?」そうは思いながら心の中で何を盗むねんとしょうもないことをつぶやきながら、俺はエレベーターを降りて、部屋の扉に鍵を差し込んだ。鍵が開く音が聞こえ俺はドアノブに手を取り、思いっきり引っ張った。しかし扉は鈍い音を立て、開くことはなかった。俺の中での泥棒侵入説が再び浮上した。すると中から明らかに人の声が聞こえてきた。絶対に誰かいる。秋の涼しい風がまるで俺を後押しするように、風を送ってきた。

 俺はもう一度ドアノブに鍵を入れ、まわした。扉はもう一度、今度は確実に解錠された。俺は頭の中でいろいろとシミュレーションをした。しかし、一番は向こうがビビッて何もしてこないことが一番である。俺はその未来を信じて、扉を引いた。今までで一番扉が重く感じた。

 玄関に入ると、主を出迎えるように廊下の電気がついた。中はいたって荒らされている形跡はなかったが、明らかに奥の部屋の電気がついており、二つの人影が見えていた。だが、向こうからは何のコンタクトもない。もしかしたら、拳銃を構えて待っているかもとか言う何とも厨二病が思いつきそうなことを考えながら、俺は扉を思いっきり開いて高圧的に攻めた。

 するとそこには俺と同い年くらいの男2人が、まるで我が家でくつろいでいたかのように、一人は身構えているようだったが、もう一人はいまだに状況が読めていなかったのか、のんきにゲーム機のコントローラーを手に、間抜けな顔でこちらを見ていた。

 「お前ら何してんだよ。」そうは言いながらも一瞬部屋を間違えたかなと考えるほど、その部屋に溶け込んでいた。

 「そういうあんたこそ人の家に勝手にどういうつもりですか?」身構えていた男がどこかぎこちない感じで、反論してきた。まさかのしらを切る作戦に出たと思い、俺は頭に血が上ってしまった。

 「は?何言ってんだ?お前らこそ人の家に勝手に上がり込んで、勝手にゲームしてんじゃんか。」その時俺は彼の服装に目が行った。それは俺がいつも着ている寝巻に使っている軽い素材の半袖短パンだった。しかもその格好で、俺のベッドに座っているではないか。俺は自分のベッドに人が上がるのだけはどうしても許せなかった。しかも自分ですら風呂後でなければ、ベッドに上がることはない。俺の怒りはおかしなところでエスカレートした。

 「しかも、何俺の寝巻着て俺の布団に上がってくれちゃってんの?」俺はそう言いながら、彼に言い寄った。

 「なんっすか?警察呼びますよ。」俺はそれはこっちのセリフだと思いながら、俺は今日の朝の自分を恨んだ。俺が鍵さえ閉めていればこんなくそ野郎どもがここでしらを切って家に居座らせずに済んだのに。」その時ふと今日の朝の状況が頭の中に浮かんだ。いつもと同じ日常過ぎて、いつの記憶なのか混同していたが確かに、今日の朝鍵を閉めているという確信が生まれた。なぜなら、今日は大量にゴミを捨てたため、鍵を閉めるときに少してこずったことで強く印象に残っていた。

 では、どうやって?その時ふとスペアキーが保管してあるクローゼットを開けた。彼がなんか言っていたが気にしていなかった。中を見ると確かにスペアキーが保管されていた。

 「スペアキーが無事ってことはお前らどうやって入ってきた?」俺はだんだん気味悪くなってきた。こいつらは本当に見えていい人間なのか?すると、さきほどから俺に突っかかってくる彼が少し動揺している様子になった。

 「ちょっと待ってくれよ。なんでそこにスペアがあるの知ってんだよ。」

 「それは俺の家だからな。」向こうが少し引き気味の姿勢になったチャンスに俺は攻めの姿勢になった。

 「そこまでここをあなたの家と言い張るなら証明してくださいよ。出来ますよね?」彼はどこかやけくそで言っているようにも感じた。

 俺は少し考えふとそのクローゼットの中に賃貸の契約書があることを思い出した。俺はクローゼットに手を伸ばし、賃貸証明書を手に取った。その姿を見た男は、まるで幽霊をみつかのような眼差しでこっちを見ていた。もう一人は訳もわかっていなさそうであった。

 俺はそんなことは気にもせず、賃貸証明書の中を見た。そこの契約者の欄には「時田雅志」と自分の名前とは違うものが書かれていた。

 「どういうこと?」俺はそう言うと腰を抜かしてしまった。

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