第6話
「せんせい、アイアイんちへ行ってきたよ」
「あら、まあ」
「ついでにごはんもたべたんだ」
「へえ、それで」
「たべたことのないものばかりで、びっくりしちゃった」
「で、どうだった」
「うん、しょうじきに言うと、あまりおいしくなかった。だから、かまずにのみこんだんだよ。プリンもにがかったし。でも、せんせい、アイアイには言わないでね」
「先生も家庭訪問で行ったけれど、先生も食べたことのないものばかりで、味が分からなかったわ。栄太郎君と一緒ね。味が分からないとなかなか評価できないものよ」
「ヒョウカって」
「ええ。食べたことがないから、それまでの味の記憶、覚えている味と比べられないのね。次第に食べなれてくると、だんだん味が分かってくるらしいのね。だから、それまではよく分からない味となっちゃって、つまりおいしく感じられないの。大人の味なんてのもあるしね」
「ふーん、おとなのあじ」
「そう。大人にならないと分からないというか、おいしいって感じられないの。ほかにもたとえばね、外国の方はなかなか納豆が食べられないらしいの。食べてもおいしくないの。なんとなく臭いしね。でも、我慢して食べていくうちに、その美味しさや味わいが分かるようになる人もいるのよ」
「へえ。じゃあ、ぼくも大人になったら、なっとう食べられるようになるんだね」
「そう。だから、よく知ってるお醤油やお味噌、塩やソースなどの味や、よく食べるおやつの甘さなどを私たちはおいしいって感じるのね」
「そうなんだ」
「それで、栄太郎君は何しにアイアイのお家へ行ってきたの」
「パパがおしごとのおはなしでアイアイのおうちへいくって言うから、いっしょについていったんだよ」
「あら、そうだったの。ごはんのほかにもいろいろとあったでしょ」
「うん。おうちに入ったときに、よくわからないいいにおいがした」
「ああ、そうだったわ。先生の時もいい香りがしたわ」
「それから、アイアイのおじいちゃんとも会ってきた」
「あら、まあ、画伯に」
「ガハク。おじいちゃんはとっても大きな絵をかくひとだった。アトリエって言うおへやがあって、かきかけのおおきな絵があって、よくわからないふしぎなにおいがしたよ。コーヒーのようなにおいもしたんだ。パパがときどき飲んでるから知ってる。それに大きな絵がたくさんおいてあったよ。でも、何がかいてあるのかよくわからなかった。えのせんせいで、たくさんのえがびじゅつかんにかざってあるらしいんだ。おくのそうこの中にも大きな絵がたくさんしまってあって、ときどきいろいろなところにかしだされるんだって。でも、ちょっとこわかった」
「そうか。よく分からない大きな絵たちと不思議な香り。よく分からないごちそう。栄太郎君、大冒険だったね」
「うん。でも、アイアイがあんないしてくれたから、だいじょうぶだった」
「そうか。栄太郎君、よかったね」
「うん。でも、ごはんをのみこむのがくるしくていやだった」
「それからどうしたの」
「えーっとね、アイアイのえも見せてもらった。ものおきにタナがあって、アイアイがちいさなときのえがたくさんあった。あかちゃんのえだったよ。おかしかった」
「栄太郎君、アイアイの小さな時の絵はどうだった」
「うん、かわいかったよ。あれならぼくでもかけるよ」
「そうでしょ。そうして、アイアイは毎日毎日、ご飯を食べるように絵を描いたのよ」
「それでね、リスがドングリをくわえてるえがあったんだ。クレヨンじゃなかったのだけれど、ほんもののリスみたいだった。やっぱりアイアイはてんさいだ」
「そうね。アイアイは図鑑の模写もやっているって言ってたからね」
「モシャ。むしゃ、むしゃ」
「うん、食べるんじゃなくって、絵や写真を書き写すのよ。おじいちゃんが絵の大先生だから英才教育はお手の物ね」
「そうか、えのだいせんせいか。すごいな、ぼくにはまねできないよ」
「そうね。でもね、栄太郎君。お絵かき以外にも毎日できるものがあるでしょう」
「なんだろう。ごはんかな。ごはんならまいにちたべられる」
「そう、ごはんのことね。たとえば、日記にその日食べたごはんや、一日のできごとを思い出して書いてみるの。栄太郎君、ひらがな書けるでしょ」
「うん、かけるよ。そうか、にっきにかくんだね。でも、何もなかった日はどうするの」
「なんでもいいのよ。考えた事とか見たものとか。お空がきれいだったとか、夕日がとてもきれいだったとか、お空は毎日見るでしょう。ご飯がおいしかったとか、お母さんがうれしそうだったとか。先生や友だちがこんなこと言ったとか。それを思い出しながら、ひねり出すの。それを書くのよ」
「ヒネリダス。そうか。なーんでもいいんだ。じゃあ、ぼくにもやれるかも」
「そう、そうしてずーっと続けていけば栄太郎君には日記があるんだぞって言えるわ。ほかのものでもいいけれどね」
「そうか。アイアイはそれが『え』だったんだね」
「そうよ。そうしたらそのうち、栄太郎君は日記の天才ね」
「すごい。ぼくはにっきのてんさいだ」
「まだでしょ。これからそうなるのよ」
「でも、ほんとうにかくだけでいいの」
「後はね、ちゃんと大人の人に見てもらうの」
「そうか。アイアイはおじいちゃんに見てもらっていたんだね」
「先生が見てあげることもできるわよ」
「おじいちゃんはおえかきのせんせいだったけれど、せんせいはにっきのせんせいじゃないでしょ」
「そうね。でも、栄太郎君よりはうまく日記がかけるわよ」
「そうか。じゃあ、せんせい、ぼくににっきのかきかたをおしえて」
「わかったわ。じゃあ、早速今晩から書いてきてね。ほら、このノートをあげるから、ここにこうしてその日の日付を書いて、その隣から書き始めてね。たとえばさ、栄太郎君は昨日アイアイのお家へ行ったから、昨日の日付でそのことを書くの。ほら、昨日のことだけれど、今日はアイアイのお家へ行ったって、ちょっと書いてみて」
「はい。きのうはええと、4月8日、日よう日。きのうアイアイのおうちへいきました。これでいいの」
「昨日のことを昨日の晩に書いているということだから、今日アイアイのお家へ行きました、にしましょう。それから、アイアイのお家で感じた事や、見たもの事、食べたものをかいて感想を書いてね」
「いいにおいがして、きもちよかったけれど、ごはんはおいしくなかった。これでいいの」
「いいわよ。ほら、そうして少しずつ思い出しながら書いていくの。ほかにも絵の先生のアイアイのおじいちゃんのこととか。簡単でしょう」
「うん。できる。白いおひげがはえてて、何かの茶色いくだをくわえてた」
「ああ、それはパイプね。その下の空いているところに、パイプを咥えたおじいちゃんを小さく絵に描いてもいいわよ」
「ああ、じょうけいでしょう。アイアイが言ってた。ハイジのおじいちゃんみたいだ」
「そう。アイアイが絵を見せてくれてるところとかね。その日のことだけでなくて、別の日のことを思い出して書いてもいいのよ。そう言えば、ほら、この間みんなで行ったけれど、たとえばピクニックのことを思い出してみるの」
「せんせい、おぼえてるよ。せんせいのとなりでおべんとうたべたことも、おべんとうのおかずもらったのも」
「それそれ、それを思い出してみるの。それよ。行きかえりのバスの中のことや、窓の外の景色、歌った歌、ほら、たくさんあるでしょう」
「そうか。わかったよ、せんせい。えはむずかしいけれど、にっきならできそうだよ」
栄太郎は目をかがやかせた。
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