第5話

「せんせい。やっぱりぼく、うまくかけないよ」

「ふふふ、またルイルイのが選ばれたわね」

「せんせい。ぼく、ルイルイにいわれたとおり、おうちでレンシュウしたんだよ。やっぱり、えのさいのうがないのかな」

「それは先生にもよく分からないわ。でもね、栄太郎君。継続は力なりって言うの。アイアイだって、はじめから絵がうまかったわけじゃないの」

「へえ、てんさいでもそうなの」

「そう。アイアイは赤ちゃんの時から絵を描くのをずーっと続けてるからうまいのよ。それに、ときどきおじいちゃんに教えてもらってるのかしらね。これまで描いてきた枚数が、もうぜんぜん違うのよ。栄太郎君はまだ10枚足らずでしょう。これまでにどれぐらい描いたのか、こんどアイアイに聞いてごらんなさい」

「うん、わかった。へえ、そうか。赤ちゃんのころからなんだね」


「アイアイ。せんせいがね、アイアイは赤ちゃんのころからえをかいてたんだって言ってたんだけど、ほんとうなの」

「ええ、そうよ。今では水彩画も油彩画もやってるわ」

「スイサイガとユサイガ」

「あのね、クレヨンは使わないのよ」

「ええっ、クレヨンつかわないでどうやるの」

「絵具って言うのを使うの。時には色鉛筆も使うわよ」

「へえ、えのぐかあ。てんさいなんだね」

「赤ちゃんのころからというのは自分では分からないけれど、ママもそう言うし、小さいころからの絵も全部取ってあるからね」

「ふーん、そうか。せんせいがね、赤ちゃんの時からずーっとやっているからアイアイはてんさいなんだって」

「つまり、好きだったのよ。好きこそものの上手なれって言うんだって。好きだから続けてこれたのよ」

「ふーん。すきだからてんさいなんだ」

「まあ、そう言う事ね」

「へえ。じゃあ、えがすきになれば、アイアイのようにうまくなれるかな」

「うん。絵を描くことをね。ご飯を食べるように」

「ごはんをたべるように」

「そう。日常の中に絵があるの」

「ニチジョウ」

「みんな、ご飯を食べるのは忘れないでしょう」

「うん。だって、おなかがすくよ」

「それと同じように絵を描くの。食べたくなるように絵を描きたくなるの」

「ふうん、むずかしいね。おなかがすいていなければ、わすれちゃいそうだよ」

「ご飯を食べなかったら、お腹がすいて動けなくなるでしょ。絵を描かなかったら、同じようにおかしくなるの。ご本を読んだりのお勉強も同じよ」

「おべんきょうも」

「そう。わたしは本を読まないと落ち着かないの。それで最近は、お話の中の気に入った情景を自分で絵にして描いているのよ。ほら、絵本の中には絵が描いてあるでしょ」

「うん。じょうけいって言うんだね。そうか、えほんの中のえのことだね」

「そう。分かったかなあ。ほら、今、栄太郎君と私が絵についてしゃべってるでしょ。それは情景なのよ。絵に描くとすれば、たとえば二人が一枚の絵を見ながら『いい絵だなあ』とか『きれいだね』とか言いながら、しんけんに話し合っている場面があるの。それが情景よ」

「そうか。それ、アイアイはおじいちゃんにならったの」

「そうかもしれない。小さなころから絵本の絵をマネして書いていたし、紙芝居も作ったわ」

「かみしばいって、先生がときどき見せてくれるかみしばいのことかな」

「そう。自分でお話を作って、それを絵に描くの」

「アイアイ、すごいや。やっぱりてんさいだね」

「それをふつうにするの。ごはんを食べるようにそうするの。好きだから」

「そうかあ。えのてんさいって、やっぱりむずかしいね。そうだった。アイアイがこれまでどれぐらいかいたか、せんせいがアイアイにきいて来いって」

「ええとね。よく覚えてないわ。毎日何枚もかいていたからさ。数えたことないけれど、すごく多いと思う。ぜんぶ取ってあるわ。いつか見せたげる」


「せんせい、アイアイにおはなしきいてきたよ。かみしばいもつくるんだって」

「あら、そう」

「それからね、おはなしのえもかくんだって」

「ええ。それは先生も聞いたことがあるわ。だからアイアイはいろんなお話や言葉をたくさん知っているのよ」

「うん、そうだった。スイサイガとかユサイガとかいってた」

「そうね。だから、みんなが描いてるクレヨンの絵は、もうアイアイは卒業しちゃってるのよね」

「ソツギョウ」

「そう、もうその先へ行ってるの。だからあなたたちに教えることもできるの。すごいわよね」

「やっぱりアイアイはてんさいだね。そういえば、アイアイはえの数をかぞえたことはないんだって」

「そう。でもね、栄太郎君に『アイアイばかりほめられる』と言われて、アイアイ、ちょっと沈んでいたわ。『絵をやめようかなあ』ってね。とは言っても、みんなと同じクレヨンの絵のことなのでしょうけれどね」

「そしたら、こんどははルイルイがいつもほめられるんだね」

「栄太郎君。じつはアイアイはね、クレヨンの絵をほめられても、決してうれしくはないらしいのよ」

「ええっ、ほんとうなの、せんせい。でも、やっぱりぼくはほめられたいな」

「そうでしょう。でも、アイアイは自分でいい絵が描けたと思った時が一番うれしいんだって。ちょっと難しいかしらね、アイアイはね、ほめられるために絵を描いてるんじゃないの」

「そうか。そういえば、アイアイはごはんをたべるようにえをかくんだよって言ってたよ。でも、それはぼくにはできないよ」

「アイアイはね、それぐらい絵を描くことが好きなのよ。ほめられるのは付け足しのことなの。アイアイにとっては絵を描くことが生きることなのよ」

「つけたし」

「そう。だから、ほめられることは絵を描くことほどには大切なことじゃないの。絵がアイアイほどには好きでもないのに、栄太郎君は自分の絵をほめられたいのよね。アイアイは絵のことがとても好きなのに、別に絵をほめられたいわけでははないの。つまり、自分のために絵を描いてるって言えばいいのかな。ちょっと難しいかな。でも、どう、アイアイのことが少し分かって来たでしょ」

「うん。アイアイがてんさいなのと、えがとっても好きなこと。でも、ほめられてもうれしくないこと。アイアイにはえをかくことがいちばん大切なんだってこと」

「まあ、まとめて言えばそうかな。でも、栄太郎君だって何か一生懸命にやってることあるでしょ」

「鼻くそはやめて、手をあらうようになったことかな」

「そうじゃなくて、好きなことよ」

「まえは鼻くそだったかな。あとは、ときどきへんなことを言うこと」

「うまくできること、何かあるでしょ」

「なにもないよ」

「じゃあ、そうね。栄太郎君は先生の言うことをよく聞くでしょう」

「うん」

「それでもいいわ。先生のいう事をしっかり聞く事」

「そんなのでいいの」

「いいわよ。だって、それはとっても大切なことなんだもの。そして絵のことを簡単にあきらめなくてもいいのよ」

「せんせい、わかったよ。よく分からないけれど、ぼく、もう少しえをがんばってみるよ」

「その調子、その調子」 

 栄太郎はすっきりした顔でまっすぐに先生を見つめた。








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