第3話

「せんせい、またアイアイとけんかしちゃった。アイアイ、ふきげんなんだよ」

「あら、どうしたの。またアイアイに何かしたの」

「うん。いいや、何もしてないよ」

「じゃあ、今度はどういうケンカなの」

「どういうわけだかわからないんだ」

「それは困ったわ。それじゃあ先生にもどうしようもないわ」

「そうかあ」

「直接アイアイに話を聞いた方がいいのかしらね」

「うん。ぼくもそう思う」


「アイアイ。ねえ、アイアイは最近、調子どうなの。今度の絵のコンテスト、あなた、絵を出さないの」

「あっ、先生。なかなかうまくいかないんです。だから私、もう今月の提出はよそうかなって思ってるんです」

「そう。でもまだ一週間もあるわよ」

「私、なんだか自信がないんです」

「そう。でも、今度の表彰にあなたの作品がないのはとても寂しいわ」

「ええ、でも」

「ストックもなかったの」

「はい。いいのがないんです」

「ところでさ、アイアイ。栄太郎君のパパの話、聞いた」

「はい。うちのパパが話しちゃって。でも、大変だなって思いました」

「そうよねえ。私たちだって、ネコが体をなめるのは邪魔できないものね」

「先生、栄太郎君はネコじゃありません。手も指もなめなくなりましたし、それに手もよく洗うようになりました」

「うん、ごめんごめん。栄太郎君はネコじゃないよ」

「でも」

「でも、なあに」

「最近、ルイルイと仲がいいんです」

「ほんと。どうしてかしら」

「あのあとから私のクレヨンを借りにくくなったらしくて、ルイルイにばかりクレヨンを借りるんです。それに」

「それに、なあに」

「私ばかりが絵のコンテストで表彰されるのはおかしいって言ったんです」

「そうか。そういえばそうだもんね。でも、みんな当たり前だと思ってるからね」

「まえはいつも、すごいね、すごいねって、ほめてくれてたのに」

「そうか。栄太郎君も成長して、自我が芽生えてきてるんだね」

「だから私、なんだかとってもいやな気持になっちゃったんです。それに絵をかくのもちょっと嫌になって。気分も乗らないんです」

「そう。分かるわ。ルイルイはおとなしそうな、いい子なんだけれどね」

「私、いっそのこと絵をやめちゃおうかなって」

「うーん。それはゆっくり決めればいいわよ」

「だって、絵を描くことや私の絵がもんだいなんですもの」

「そう言えば、そうとも言えるかもね。でもね、アイアイ。あなたの絵を見たがっているたくさんのお友達や先生がいるのを忘れないで」

「そうかなあ」

「そうよ。アイアイの絵を見てると、先生、パーッと気持ちが明るくなるの。それに気持ちが沈んでいる時にも、とっても元気づけられるのね。そんなものは中々ないから、それが見られなくなったら先生、とっても悲しいな。みんなもきっとそうだと思うよ。

 それはあなたが絵が上手だってことだけじゃないの。これはもう、絵そのものの力だと思うの。それは、あなたの手をはなれたその絵が何かのパワーを持っているってことなのね」

「へえ、そうなんですか」

「そう。例えていえば、神様の下さる、ごはんやおやつみたいなものよ。そういうものの持つ力って、みんなを生き生きとさせてくれる必要なもので、とても大切でしょう。そう思わない、アイアイ」

「そう言われると、私なんだかとてもうれしいです」

「じゃあ、さっきの、やめちゃうって言うのは考えなおしてほしいな。だってアイアイの絵が見られなくなるって、とっても残念な事なんだよ。まるで、大好きなおやつがこの世から消えちゃうみたいだよ」

「ありがとう、先生」

 アイアイは両目に涙を浮かべながら先生をじっと見た。

「また、絵、やろうね」

「はい」


「栄太郎君、アイアイはおこっていなかったわよ」

「ほんと。よかったー」

「なんとなく体調がよくなかったみたい。でもね、栄太郎君に『アイアイの絵ばかりがほめられる』って言われたって言ってそれを気にしてたみたい。たしかにアイアイの絵ばかりがほめられるものね」

「そうか。でもね、ぼくは絵が上手じゃないから、アイアイのことがうらやましくてそう言っただけなんだ」

「それにね、栄太郎君。アイアイは気にしてないから、クレヨン、かりてもいいよって言ってたわよ」

「そう、ありがとう。でもさ、アイアイは絵のてんさいだから、クレヨンやっぱりかりにくいよ。それでルイルイにかりてたんだよ」

「だいじょうぶ。でもさ、アイアイが絵の天才なのだったら、ルイルイもいっしょに絵の描き方を教えてもらったらいいじゃない。そしたらアイアイも機嫌を直すだろうし、栄太郎君も絵が上手になって、ほめられるかも」

「そうだね。そしたらぼくもうれしい。アイアイに聞いてみるよ」

 栄太郎は目を輝かせた。










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