めざせ大団円!

第1話

 俺にとって八回目の創立記念パーティーが始まった。

 立食形式で溢れるほどの料理を並べたテーブルも、清掃に身を包んだ生徒たちでガヤつく広いホールも、ステンドグラス越しに差し込む華やかな日差しも、今までの七周回と何一つ変わらぬ光景である。

 ただ一つ、レストン公がパーティー開始の挨拶を務めたことを除いては。

 つまりこの八周回目の創立記念パーティーは『断罪イベント』ではない可能性が高いということだ。


 これでおそらくループから抜け出せる――というのに、俺は気持ちのどこかにもやっとしたものを感じていた。


 これは絶対にレストン公のスピーチのせいだ。

 いや、スピーチ自体になにか問題があったわけじゃない。

 宰相の立場を務めるレストン公はこうした公の場でのスピーチになれている様子で、少しユーモアを交えて人の耳を集める話法から声音にいたるまですべてが完璧であった。

 自分がかつてこのアイゼル学園の生徒であったことを明かし、さらに学生時代の思い出をおもしろおかしく語るものだから、それを聞く生徒の間からは何度か爆笑が起きたほどだ。


 しかし、そのスピーチの最後にレストン公が言った言葉、それが俺の心のどこかにちくりと小さなとげを残した。


「このパーティの最後に重大な発表をさせてもらうことになるだろう。これはシュタインベルグ家にとっては私事だが、君たち国民にとっては重大な発表である」


『シュタインベルグ家にとって私事であるが国民にとって重大な発表』といえば、これリリーナの婚約を置いて他にない。

 もちろん会場にいる誰もがそのことに気づいていた。

 だから、会場の誰もがその話題でもちきりだった。


 俺の後ろでも、女生徒たちがその話題で盛り上がっている声がする。


「ついにアインバッハさまも年貢の納め時ってやつよね」


「わかる~、リリーナさまってしっかりしてるから、浮気とかめっちゃ許さなそう」


 俺はいたたまれなくなって、その場をそっと離れる。

 少し離れた窓際では、いかにもインテリそうな男子生徒たちが、この婚約について話し合っていた。


「つまり大公家は王家に対して、完全に忠誠を誓った形になるということですな」


「これで国を覆そうという者たちも、うかつに大公殿下を反旗の旗印として担ぎ出すことはできなくなりますな」


「いやあ、これで我が国も安泰安泰」


 リリーナの話題だというのに……誰ひとりとしてリリーナ自身の気持ちを語ろうとはしない。

 それが悲しくて、俺はテラスに出た。

 白い大理石造りのテラスには、会場の熱気から逃げて体を冷まそうという生徒が何人かいるだけだった。


 その中にリリーナの姿もあった。

 彼女はこの後の婚約発表にそなえてだろうか、彼女はひときわ目を引く真っ赤なベルベットのドレスを着ていた。

 時に黒みを帯びて見えるほど深い赤が、彼女の気の強そうな顔相をより気高く美しいものに見せていた。

 胸もとに共布で作った豪華な薔薇がちりばめられているのが、なんだかうら悲しく思えた。


 俺はリリーナに歩み寄り、その隣に並んで立った。

 とてもじゃないが、正面に立って彼女と向かい合う気にはなれなかった。


「やあ」


 俺が言うと、リリーナは声だけで挨拶を返してくれた。


「ごきげんよう」


「ご機嫌は、まあ、良くはないかな」


「あら、どうして?」


「わかっているくせに、意地悪だな」


「そうよ、私は意地悪な女なの」


 リリーナはいつもと変わらぬすました顔をしていたけれど、どこか精彩を欠いているような気がした。

 だから、俺は聞いた。


「なあ、本当にこれでいいのか?」


 リリーナは少し青ざめた顔で、凛と前を向いたまま答えてくれた。


「いいんです。この婚姻は大公家と王家の関係がいかに良好であるかを世間に示すもの、特に革命軍の動きが活発になっている今、万が一にも我がシュタインベルグ家が反旗の旗印として担ぎ上げられることの無いようにするための、いわばこの国の平和のための婚約ですから」


「そうじゃなくてさ、あいつ、君のことなんか大事にしてくれないだろ」


「そうですね、彼は私を疎ましく思っている節がありますからね」


「つまり、愛のない結婚ってやつだろ、それでいいの?」


「良いも悪いも……」


 言いかけて、リリーナは「ふっ」と笑いをこぼした。


「子供の頃は、人並みに恋を夢見ることはありましたわ、想像の中で、いつか素敵な殿方が現れて私をここからさらってくれるんじゃないかって」


「良ければ……僕がさらってやろうか」


「ふふふ、素敵」


「いや、冗談じゃなくってさ」


「賢いあなたなら、そんなことをしたら大変なことになるってわかっているでしょう?」


「ああ、わかっているけど……」


 そう、わかっている。

 リリーナが逃げ出したと知ったら、革命軍は大喜びでこのスキャンダルを国民の間に広めるだろう。

 すなわち大公家がすでに王家に見切りをつけようとしていると。

 これに扇動された国民の多くは革命軍に加わり、各地に戦火の熾きることだろう。

 多くの血が流されるに違いない。


「子供っぽい小さな夢の代償を、まさか民の血で贖わせるわけにはいきませんもの」


「それは、わかってるけどさ……」


「ねえ、一つだけ、個人的なわがままを聞いてくださらないかしら」


「僕にできることなら」


「私、毎朝起きるたびにあなたのことを想いますわ。今日は何をしているかしら、元気かしらって、誰にも言わず、ただ心の中で、ずっとずっと想いますわ、そのくらいはよろしいでしょう?」


「リリーナ、それって……」


「だからあなたも時々……本当に時々でいいから、私のことを思い出してくださいね、本当に、ときどきでいいの」


 それだけを言うと、リリーナはドレスの裾をサッとあげて走り去ってしまった。

 後に残された俺は、彼女の言葉の余韻を……

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