第2話
「って、な~にをセンチメンタルしてんのよ!」
「うわっ、チヒロ⁉」
突然テラスに飛び込んで来たチヒロの一喝で、切ない会話の余韻はすっかり吹き飛んだ。
チヒロは一目でわかるほどにご立腹である。
「あんたねえ、何をグズグズしてんのよ、あそこでチューの一つでもかまして、さっさとリリーナを奪っちゃえばいいでしょ!」
「いや、それは、だって……できないでしょう」
「なんでよ!」
「だってさ、ここで大公家と王家の関係が悪くなったらさ、大変なことになるじゃんよ」
「あんた、なに言っちゃってんの? ここは私たちにとってはゲームの中の世界なんだから、そんなんどうでもいいことでしょ」
「どうでも良くないだろ、もしも革命軍が大公家を担ぎ上げて内乱でも起こしたら、たくさんの血が流されるんだぞ」
「だからぁ、あんたさあ……」
チヒロが呆れたようにため息をつく。彼女は片手を伸ばして俺の胸をドンと小突いた。
「しっかりしなよ、その血も所詮はゲームの中で流されるニセモノの血でしょ」
「ニセモノだなんて思えない。俺はダレスとしてこの世界で生まれ育った記憶がある。ここがゲームの世界だとは思えないんだ」
「ねえ! あんた、元の世界に帰りたくないの?」
「どうかな……帰りたくないわけじゃないけど、帰りたいわけでもない、みたいな……」
「あ、そ。でもねえ、私はどうしても元の世界に帰りたいわけよ、でも、このままじゃ無理かも」
「無理じゃないだろ、すでに元のミララキとは全然違うオリジナルルートに入った、リリーナのお父さんも出てきた、本来なら皇子から捨てられるはずだったリリーナが婚約発表をする……相手は皇子なんだから、一応ハッピーエンドだろ、これ」
「それのどこが『ハッピー』なのよ、リリーナにとっては不幸じゃないの」
チヒロは自分の論を曲げるつもりはない様だ。
「目指してるのはリリーナのためのトゥルーエンドでしょ」
「トゥルーエンドは必ずしもハッピーエンドじゃないし……」
「だまらっしゃい! 『あるところにお姫様がいました、彼女は好きでもない男と婚約させられていました、しかし彼女にはひそかに心に思う男がいたのです、ところがその男は鈍くて腰抜け、姫がいよいよ結婚するというのになんのリアクションもせず、姫は結局好きでもない男の元へ嫁いでいったのでした』なんて話、誰が喜ぶのよ、少なくとも私は喜ばないわよ!」
「チヒロ、少し落ち着いて」
「おちつけるかっつーの! この婚約、皇子の方は何とかしてこれをぶち壊そうとしてるわよ。リリーナを殺すって言ってたし」
「なんだって!」
「そんな男と結婚して、リリーナが幸せになれるわけないでしょ! 私、あの子が不幸になるのを見るのは嫌よ!」
「まて、お前こそ、なに言ってるんだ、ここはゲームの世界なんだから、そんなこと、関係ないだろ」
「どうでも良くないっつうの、わかってないなあ」
チヒロは行儀悪く「ちっ」と舌を鳴らした。
「ゲームの中だからこそ、完全なハッピーエンドが見たいじゃないの、これ、ゲーマーなら当然の心理でしょ」
「言ってることがめちゃくちゃだぁ」
「ともかく、こんなもやっとしたエンド、私はイヤだから!」
「じゃあ、どうするっていうんだよ」
「そうねえ……あんた、皇子と決闘しなさいよ、リリーナをかけて」
「まてまてまてまて、なんでそうなる!」
「少なくとも、皇子のリリーナ暗殺計画を邪魔することはできるでしょ、ほら、早く、皇子を探すわよ!」
それからしばらく、俺はチヒロに引きずられるようにして人でごった返す会場内を歩き回る羽目になった。
もちろんアインザッハ皇子を探すためだが、彼の姿は会場にはなかった。
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