第二話
入学式の終わったあとで、俺はチヒロと中庭で落ち合った。
ここは色とりどりの花を咲かせた小庭園になっていて、生徒たちの癒しスポットでもあるのだ。
チヒロは俺からリリーナ嬢との衝突事件顛末を聞いて、ふかくうなずいた。
「なーるほどね、それ、フラグたったんじゃない?」
「え、なに、なんのフラグが?」
「リリーナ攻略フラグよ」
「ええっ、まさかぁ」
確かに恋愛においては、出会いの悪印象は『好きの始まり』である。
ただし二次元に限る。
ここからお互いの誤解を解いていくことによって当初の悪印象が好印象へと変わっていく。
よくある話ではあるが、恋の物語としては、もっとも盛り上がるパターンでもある。
しかしリリーナ嬢に関しては、フラグ云々以前に『設定』に大きな壁がある。
「リリーナはアインバッハ皇子の婚約者だろ? まあ、最後には婚約破棄されるわけだけど、今のところは皇子の婚約者として、他の男に目移りしたりなんかしないだろう」
「あのねえ、私たちは『リリーナ救済エンド』を目指してるのよね? その場合、婚約破棄を言い渡すのはリリーナの方なのよ」
「そうなのか」
「まあ、非公式だけどね。皇子のわがままに愛想を尽かしたリリーナが、あの断罪イベントの席で皇子に三下り半を突きつけるのよ、で、そのあとは皇子とは関係ない平民のもとへ嫁いで、ささやかながら幸せに暮らしましたとさ、ってのがリリーナ救済のテンプレなの」
「あー、なるほど……って、もしかして平民って俺?」
「そうよ、三男のあんたはどうせ家を継げない、だから自分の頭の良さを生かした職を求めてこの学園に来たって設定だからね。爵位は得られない代わりに、リリーナを養うには十分な良い職につけるはずよ」
「いやいやいや、だからって、ねえ、あのおっかないリリーナが俺になびくとかないわ〜」
「あんた、このループから脱出したいんじゃないの?」
「いや、まあ……そりゃ、したいけど」
「だったら、とっととリリーナ嬢を口説いてきなさいよ!」
「だから、無理だって、だいたい、口説くってどうやればいいんだよ」
俺たちが言い争っているところへ、カツカツと靴音を響かせてリリーナがやってきた。
「ご機嫌よう、エーリア、それと……チヒロ=ミズウェルね」
チヒロがピョコンと立ち上がり、スカートの裾を軽くつまみ上げて深く頭を下げる。
「ご機嫌よう、リリーナ=シュタインベルグ様」
リリーナは「フン」と鼻を鳴らした。
「さすがミズウェル家の養女にとられただけのことはあるわね、礼儀作法は一通り心得ているようね」
それでやめておけば少し高飛車な女で済むものを……いじわるそうな顔で、さらにひとこと付け加えなくては気が済まないのがリリーナという女。
「しかし所詮は付け焼き刃、自分より目上の女性を呼ぶときは名前の前に『レディ』をおつけなさい」
そして、こちらもやめておけばいいのに、無邪気な顔をしてひとこと言い返さずにはいられないのが、チヒロというヒロイン。
「でもここは学園の中ですよ? ここでは身分は関係なく、すべての学生は平等であるって、校則にありますけど?」
「あなたが恥をかきたいのなら、私の忠告など無視してくださって結構よ。でも校則にある平等なんて建前、いままで高貴な家柄ということでチヤホヤされて育った者たちが、そんな簡単に平民と同じ扱いを許すと思って?」
リリーナはさらに、言葉の矛先を俺に向けてきた。
「ロード・エーリア、あなたも少し慎みが足りないのではなくって?」
「ええっ、俺……僕がですか」
「いくら田舎の育ちとはいえ、仮にもあなたは貴族に連なる身、それがこんなところで恋人でもない女性と相引きなんて、外聞が悪いのではなくって?」
そう言い切ったあとで、リリーナは少し首を竦めて、自信なさそうな小声で呟いた。
「恋人ではない……のよね?」
なにを察したか、チヒロがにやーりと笑った。
「おや、おやおやおや、レディ・リリーナ、もしかして、私たちの関係を気にしておられるのですか?」
俺も、なんとなくピーンときてしまった。
「え、待って、まさか、それを確かめるためにここへ?」
リリーナは俺たちの反応がお気に召さなかったのか、ピンと背筋を伸ばして「ふんっ」と鼻息を吐く。
「そっ、そんなわけがないでしょう! 私はただ、世間もろくに知らない新入生が学園の風紀を見出したりしないように、注意しにきただけですわ!」
リリーナは令嬢にあるまじき狼狽っぷりで、早口に捲し立てる。
もはや悪役令状としての威厳など微塵もない。
俺の目の前には、威厳があるように見せかけたくて無駄に虚勢を張っているだけの、つり目の美人がいるだけだ。
「聞いてますの? なにをニヤニヤしてるんですの! だからぁ、違うんですってば!」
俺はとどめの一言をリリーナに向かって投げる。
「リリーナさんって、けっこう可愛らしいんですね」
「か、かわっ!」
絶句したリリーナの顔は真っ赤だ。
それでも悪役令嬢らしく振る舞おうというのか、怒ったような表情をしているのが逆に可愛い。
俺はさらに。
「可愛い」
リリーナが「ぎゃぁ!」と奇声を上げた。
もう、悪役令嬢も色気もない。
ともかく、そのくらい慌てふためいたらしい。
「あああなたねええええええ!」
「落ち着いてください、レディ・リリーナ」
「私は落ち着いてますわ! そう、私はいつでも落ち着いてますの!」
「ちっとも落ち着いてないじゃないですか、レディ?」
ダレスのイケメン顔を最大限に利用して、とびっきり可愛らしく上目遣いでリリーナを見上げる。
それから、無邪気に歯を見せて微笑めば、リリーナが「きゅう!」と、また奇声を上げた。
「きょっ! 今日のところはこのくらいで勘弁して差し上げますわ!」
そう言い捨てて、リリーナは走り去ってゆく。
俺の隣でそれを見ていたチヒロは、少し呆れたように肩を竦めた。
「お見事、ちゃんと口説けんじゃん」
「まあ、乙女ゲーはやったことないけど、ギャルゲーはやったことあるからね」
「エロゲーでしょ」
「ギャルゲーだから! 全年齢対象だから!」
「ま、いいわ。この調子でガンガン口説いちゃってよ」
「いいのかな、俺なんかが彼女の相手で」
正直、リリーナ嬢を口説き落とすことはそんなに難しくなさそうだ。
しかし彼女がアインザッハ皇子の正式な婚約者
であるという、その一点が俺の心にひっかかった。
「リリーナにとっていちばんのハッピーエンドはさぁ、アインザッハ皇子と結ばれることなんじゃないの?」
俺の問いに、チヒロが不愉快そうに顔をしかめる。
「皇子とぉ? ないないない、絶対ない。あんなのと結ばれたって幸せになんかなれやしないよ」
「そうなの?」
「だいたいさあ、俺様男子が許されるのは、あれが二次元の世界だからよね。なんていうの、他人にぶつかったのにろくに謝りもしないでいきなり自己紹介を始める男とか、あんた、女だったら付き合いたいと思う?」
「あ、いや、付き合いたくはないかな」
「でしょー? つまり、そういうことよ」
つまり、『俺様な振る舞いで女性をリードしてくれる男』が許されるのはゲームの中だけだと……いや、ここ、ゲームの中なんだけどね。
確かに実際に付き合うには、皇子の性格では女性を振り回すだけ振り回して省みることもしなさそうだ。
「このままリリーナを口説きまくって、皇子をふるように仕向けてよ。エロゲ仕込みの口説き文句でさ」
「だから、ギャルゲーだから!」
「ま、どっちでもいいし。ともかく、このループが終わるのが続くのか、すべてあんたの口説きテクにかかってるんだから、頑張ってちょうだいよ」
「ま、善処しますけどぉ」
こうして俺は翌日から、『ギャルゲー』仕込みの口説きテクを駆使してリリーナ嬢を口説き落とすことになったわけだ。
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