悪役令嬢がこんなにかわいいわけがない

第1話

 私、チヒロ=ミズウェル!

 今日からこのアイゼル学園の生徒になるの!


 でも、ちょっと朝の自宅に手間取っちゃって、入学式なのに遅刻しちゃいそう……


 se:走る足音

 衝突音


 ??「いたいな、気を付けろよ」

 ??「なんだ、その顔は、まさかお前、俺の顔を知らないのか?」

 アインバッハ「俺はこの国の第一皇子、アインバッハだ」


 ◇◇◇


 と、このゲームの主人公ヒロインが運命の出会いを果たしているその時、俺もまた、『今回の物語の主人公ヒロイン』であるリリーナ嬢と運命の出会いを迎えていた。


 俺がいるのは講堂へ向かう渡り廊下の中程。

 俺の脇を入学式のために講堂へと向かう生徒が絶えず通り過ぎる。

 つまり場面的には雑踏。


 俺はアイゼル学園の白い制服を着た人並みの中に立ち尽くしている。

 俺の目の前には吊り目の美少女--もちろんリリーナ嬢である--が尻餅をついてぽかんと俺を見上げている。


 状況を説明しよう。

 俺は講堂へ向かおうと、この渡り廊下を歩いていた。

 リリーナ嬢は上級生であり、しかも生徒会の役員なのだから、新入生より先に講堂で入学式の準備をしていたのだろう。

 そして何か校舎に戻る用事ができた。

 だから人の流れに逆らって、この渡り廊下を校舎に向かって足早に歩いていた。

 そして前方不注意で俺にドシーンとぶつかったのだ。

 俺は……というか、今はダレスの体躯だが、小柄とはいえ筋肉の引き締まった若い男の体、リリーナ嬢の衝突にもびくともせず、逆に彼女を転ばせる結果となってしまった。


 乙女ゲームの男キャラとしてはこういった状況にもスマートに対応するべきなのだろうが、何しろダレスの中の人は俺だ。

 それにダレス自身も、女慣れしていないウブな性格に設定されている。

 こういう時にできることといえば、ただ謝り倒すことしかないのだ。


「御免なさい、本当にごめんなさい、怪我とかしていませんか?」


 ポカンと俺を見上げていたリリーナ嬢が、突然険しい顔をした。


「ちょっと、いつまでそうしているんですの!」


「えっと……」


「男ならこういう時、手を差し伸べてくださいまし!」


「ああ、はい!」


 俺が慌てて片手を差し出すと、リリーナはその手を強くつかんで立ち上がった。

 その勢いによろけず、しっかりと彼女を助け起こしたのだから、俺は少しくらい感謝されるとか、褒められるとか、そういう反応を期待した。


 ところがリリーナは、俺をぎゅっと睨み付けて、吐き捨てるように言った。


「紳士たるもの困っている女性がいたら手を貸すべしですわよ! まったく、そんな礼儀も知らないなんて、これだから田舎者は!」


 物言いがキッツイのは悪役令嬢だから仕方ないのかもしれない。

 しかし彼女のセリフにはどこか、違和感を禁じ得ない。

 俺はダレスらしく、少し気弱な感じで聞いてみた。


「僕が田舎者って知っているんですか?」


「ええ、新入生のプロフィールは昨日のうちにすべてチェックさせてもらいましたからね。あなた、ダレス=エーリアですわよね、田舎町エレメン領主の三男坊の」


「そ、そうです、よくご存じですね」


「このくらいは上級生として当然の義務ですわ」


「そんなことないです、だって、新入生全員のプロフィールを把握してるんでしょ、それって努力しないと無理ですもん。努力家なんですね」


 リリーナがおかしな表情をした。

 口の端を少しプルプルと震わせて、眉を思いっきりしかめて、一瞬、笑うのを我慢しているみたいな表情に見えた。

 だけどそれは、たぶん、怒っている表情だったのだろう。

 彼女は俺をにらみつけて冷ややかな声で言った。


「そう、ダレス=エーリアね。あなたの名前、覚えておくわ」


 リリーナはそれだけを言うとスッと俺の横を通り抜けていったけれど、俺はその後しばらく、恐怖で身動きすらできずに立ち尽くしていた。

 あれは絶対、「覚えてやがれよこの野郎」の悪役令嬢的言い回しに違いない。


 俺と『悪役令嬢』のファーストコンタクトは、最悪の印象だけが残った。

 俺だけじゃなくて、たぶんリリーナ的にも『出会い頭につっ転ばされた気の利かない田舎者』として最悪の印象を残したに違いない。


 俺はそう思っていたのだが……

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