板外編:あの時の彼女の心境【2板目】

  ロキはフユミの落としたスマホを拾い上げる。


 そこでやっと、彼女の目の焦点があった。


「……コレ……見たことのない言語だね」


「……あ……かえ、して……!!」


 返して、と震える口で言おうとしながら、フユミは意地でロキの手に光るスマホに手を伸ばす。と、同時に痛めた右を伸ばしてしまった為にズキリッと痛みが走った。


 ロキは高身長イケメンあるあるなひょいと物を持ち上げてからかう……をしようとしてやめた。その手には力が入ってなかったらしく、今上手く力を入れられないフユミでも簡単に奪い取ることができる。


「……その肩……」


 ロキはフユミの肩に触れようとして……ひきつった表情に、やめた。


 こういう時には揶揄からかわずやめる所が彼の人気の秘訣の1つだろうが、そんなことを考える余裕のないフユミは両手で持ったスマホの中、心配するスレ民に高速で安否の入力をする。


「“…………傷を癒せ”」


 何かを呟くロキ。言わずもがな、詠唱だ。

 フユミに聞き取れたのは最後の一節だけ。だがその言葉がすべてを物語っていた。


 フユミの肩を、まるで安心させるような、優しい熱を持つ光が包んだ。


 自分でかけるものとも魔法薬ポーションのものとも少し違うような。何より、あの回復の時に感じる独特の倦怠感ダルさが全く無くて。


「……どう? 痛くない?」


 そう微笑んでくるロキの顔が、フユミにはやけに優しく映った。

 

 が、ここはもうスレの亡者と化してしまったフユミ。「ありが……とう……ございます……」とほとんど反射でひどく小さな礼を言うと、すぐにスレに現実逃避しに行く。……もちろん、ロキには警戒しながら。


 そして、当のロキは近づいてきて、フユミの弄る端末をまじまじと見つめていた。


 狡猾で聡明とされるロキ、知識に貪欲とされるオーディン程ではないにせよ、未知の言語となると気になるようだ。


「コレは何語? どの国の?」


 ロキがフユミに聞く。フユミはその声の近さにビビりはするものの、過呼吸も震えももうすでに止まっていた。少し距離を取り、「召喚士の間の……暗号」と咄嗟に答えてスレに戻る。あながち間違いでもない。


 するとロキは詰めて、スマホを覗いてくる。


「ふーん……それはオレに教えられるヤツ?」


 フユミは逃げてもまた詰められると気が付き、もう下がるのもやめてフルフルと首を振った。


「そっか、…………そうなんだ」


 ロキは中々に不満げな、気になると言いたげな表情をしていたが、それ以上何かをしようと、手を出そうとはしなかった。


 普段のロキなら何かしらからかったり、交渉条件を出したり、理由を詮索したり、と絶対に何かするだろうに。そういう性格だと、ゲームでは語られていたのに。……いや、フユミは自身が気を使われているだろうことは十分に理解していた。そういう何かある時は、彼が気を使えることも。


 肩を治してもらったこととかはまた心配させるし、トラウマの件とかも説明長くなるし思い出したくないし、報告する必要はないだろう、と勝手に判断して打ちかけた字を消す。


(そうだ、私、屋敷の案内して部屋決めてもらわないと……)


 その考えをそのまま打つ。


 **


 132:白雪姫

 こっちが落ち着かんの!!

 てかバルドルみたいに一方的じゃないから、部屋案内しないと……!



 133:名無しの召喚士

 あ~そういえば勝手に決められたんだっけかww



 134:名無しの召喚士

 ……あれ、でも、バルドルの部屋の近くって


 

 

 **


 ビームでめちゃくちゃになっている。あの惨状を思い出し、フユミは一瞬で死んだ目になった。ロキは相変わらず、神である自身ですら理解することのできない文字群を追っている。


 ぽん、ぽんと不規則に現れる文字列や、規則性があるようでないような、フユミの入力する文字は、彼の目にはどう写っていることだろう。


 日本語はこちらとは文法からして全く違う言語。こちらの世界は……どちらかと言えばのレベルだが、文法だけだと英語の方がまだ近い。


 そして日本語は前世でもトップクラスに理解の難しい言語である。


 ひらがな、カタカナ、漢字と3種類を混ぜ合わせている上に、漢字に至っては字だけでも多種多様でその上二字熟語など組み合わせもあり、隣に翻訳や説明があったとしても、理解できるまでには至らないだろう。


 それなのにこのヒントすらない状況、さすがのロキでも、オーディンですら分かるはずがない、とフユミも確信していた。


 実際に、どこかのスレでオーディンすら分からなかった、との報告を見たのだ。


 **


 144:白雪姫

 とりあえず、案内する。……まず最初に説明面倒くさいあの開放的な所行こうと思う。

 ガンバリマスッッ!!(吐血)



 145:名無しの召喚士

 頑張れーw



 146:名無しの召喚士

 たしかにワンチャン味方説あるな、バルドルみたいに攻撃的じゃないってことは


 脳筋、いってら!!



 **


 その言葉を見てフユミは覚悟を決める。


「えと……あの……」


「ん、なーに?」


 至近距離で見るロキの顔の破壊力はかなりのものだった。


 女性にすら見える中性的な顔は肌もつるつるな卵肌。コイツらはどこまで女子を敵に回せば気が済むんだろう。ヒゲとかどこに消えたんだって位にスベスベだ。


 そして何より……甘い。甘いマスクとはこのことか。どこからどう見ても好感を持たざる得ない……そんな顔立ちをしていた。


「……あの、屋敷……案内、しましゅ、す……」


 自然的にはほとんどありえない、青年の真っ赤な虹彩が揺らぐ。


「へー、ご主人サマが案内してくれるんだ? 

 うん、分かった。着いていくよ」


 その顔からスレへ、逃げるように視線を戻したフユミは聞き終わるといなや離脱宣言をした。


**


149:名無しの召喚士

だから行くならはよ行けとww



150:名無しの召喚士

何度も言うが、向こうは日本語わかりません!!!!



151:白雪姫

気持ちの問題ですぅ!! ジロジロ覗かれながら書くの嫌なんですぅ!!


だからとりあえず紹介終わって一段落ついたら書き込みます。今度は本当にじゃあな!!



あと多分もう実況しない!! 歩きスマホは駄目なんだぜ!! じゃあな!!



**


 そして現実世界へ向きなおる。


 スレ民達の非難等が聞こえる様な気がしたが、気にしない気にしない。


 今は目の前の事の方が大事である。


「えっと……じゃあ、案内します……」


 バルドルと遭遇しませんように、と願いつつフユミはその足を神霊の泉の入り口へと進めた。






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る